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先日からお届けしている、今年(2023年)9月に米国で開催されたB2B営業・マーケティング向けカンファレンス『Sales 3.0』の聴講レポート。今回はその第3弾として、日本でも最近見聞きする機会が増えた「セールスイネーブルメント」に関する講演のエッセンスをご紹介します。

セールスイネーブルメントとは、営業全体のパフォーマンスを従来の人/組織単位ではなく、プロセス単位/施策単位で測定して継続的に改善しようというコンセプト。セールスイネーブルメントの対象となる営業施策には、展示会での販売促進や興味付け用のコンテンツ整備、営業プロセスのパフォーマンス分析とそれに基づく標準化/改善など色々ありますが、その中でも「営業人材の継続的な育成」というテーマに絞ってご紹介します。

営業人材の育成に興味がある方には特に参考になる内容ですので、ぜひお読みください。

ブーム開始とほぼ同時に設立。セールスイネーブルメント特化型コンサルThe Enablement Group社の講演

セールスイネーブルメントというブームが米国で始まったのが2014~2015年ごろ。このトライツブログでも2016年に最初の紹介記事を公開しています。その1年後の2017年に米国ニューハンプシャー州に設立された、セールスイネーブルメント特化型のB2B営業コンサルティング会社 The Enablement Group(以下、TEG社)の創業者兼CEO、マーク・マクナマラ氏の講演内容をご紹介します。

ちなみに、このTEG社はよくあるセールスイネーブルメント・ツールの開発・販売会社ではなく、それぞれのクライアント企業に合わせて最適なセールスイネーブルメントの業務を設計し、それに合わせてシステムの選定や構築・改修をアドバイスするというタイプのコンサルティング会社。トライツはセールスイネーブルメントに対応範囲を限定していませんが、個社ごとに業務設計しつつ最適なシステムを選定するというあたりは、近しいものがあるなぁと思いながら話を聞いていました。

講演テーマ「営業人材を継続的に育成する6つのステップ」

さて、話をもとに戻して、以下ご紹介するマクナマラ氏の講演タイトルは「Accelerating Performance: How to Master Effective Readiness and Enablement」。日本語にするなら、「営業パフォーマンスを加速する:効果的なセールスイネーブルメントを体得する方法」でしょうか。

「営業人材の継続的な育成」について、マクナマラ氏は以下の6つのステップで取り組むことを提唱していました。

  1. 営業担当者の輪の中に入る
  2. 学ぶべきことについての気づきを作り出す
  3. 学習内容を作成し、営業担当者の学びを促進する
  4. 学習内容の理解を確かなものにする
  5. 実践の場を運営する
  6. 成果が出るまで支援する

この6つのステップの特徴について見ていく前に、大前提を確認しておきましょう。欧米ではこのセールスイネーブルメントという業務に対し、大企業であれば営業組織の中にイネーブルメントチーム/グループといった組織や、イネーブルメント担当者といった専任組織/担当が設置されています。

日本の営業組織でこのような活動を取り入れようとすると、営業マネージャーや営業企画の担当者が他の業務をやりながら片手間に取り組む場合が多いと思います。しかし、米国で一般に言われるセールスイネーブルメントという仕事は、マネージャーが片手間で回せるようなものではなく、専任の担当者がじっくり取り組まなくてはならないボリュームの業務なのです。

イネーブルメント組織/担当に求められる、営業現場への徹底的な関与

この6つのステップの全体を通して言えるのは、営業現場への徹底的な関与だと思います。1番目の「輪の中に入る」の具体的な方法として、営業担当者とイネーブルメント担当者が継続的に情報をやり取りするコミュニティづくりを推奨しています。そのコミュニティの中で営業活動における課題を特定するのです。また、研修を提供したら終わりではなく、ちゃんと「実践の場」を用意・運営し、「成果が出るまで」ずっと関わり続けなければならないというのです。

これだけ営業現場に深く/長く関与しようとするのであれば、営業マネージャーが片手間で取り組むのは難しいですし、営業についての最新の情報を持っていない人事/育成部門に任せるのも非現実的。イネーブルメント専任組織/担当者が必要な理由もよく理解できます。

日本企業では難しい?営業担当者の自発性・自立性に任せる運用

また、もう1つの特徴は、「気づきを作り出す」や「学びを促進する」とあるように、研修を押し付けるのではなく営業担当者の自発性や自立性を重視していることです。「このスキルが大事だからこの研修を受けろ」ではなく、「今の自分たちの営業にはこのスキルが大事なんだ」と営業担当者自身が必要性を感じるように仕向け、「このスキル習得に役立つ動画コンテンツがこれだよ」と提示されたものを営業担当者が自ら選択して学ぶというもの。

ただ、この営業担当者の自発性や選択に任せるというのは、アメリカならではのように感じます。どの会社に所属しているかよりも、自分がどの職種の専門家になりたいかを考え、自己研鑽のための投資が当たり前とされているビジネス文化だからこそ成立する。ここまで強烈な自己研鑽の文化に染まっていない日本企業だと、「みんなで受講して、共通言語にする」という方が現実的でしょう。

日本企業で実践するにはかなりチューニングが必要ではあるものの、営業人材を現場で育成するためのステップやその背後にある姿勢がよくわかる、参考になる6ステップではないでしょうか。

根底にあるセールスイネーブルメントの「システム化」

ご紹介した「営業人材の育成」の6ステップの根底にあるのが、取り組むべき手順を明確に定めようという考え方。マクナマラ氏の講演の中で何度も「システム化(Systemize)」という単語が出てきましたが、その場に合わせてやることを決めたり、最新のテクノロジーに委ねたりするのではなく、やるべき手順を明確に定めてそれに沿ってセールスイネーブルメントに取り組むべき、ということを強く主張していました。

しつこいかもしれませんが、この「システム化」はITシステムの導入という意味ではありません。どのような研修/営業コンテンツを、どういう順番/条件で提供して、その時の形式(動画、ドキュメントなど)はどうするかということをしっかりと定めてシステマチックに運用できるようにしよう、という意味ですのでご注意ください。

ITツール頼みのセールスイネーブルメントから脱却する

2014~2015年ごろの登場以来セールスイネーブルメントは、営業向けの育成プラットフォームや、営業コンテンツの管理ツール、SFAと連携した営業プロセス分析ツールなどの様々な機能のITツールが導入され、それを各営業組織が取り入れることで発展してきました。そのため、セールスイネーブルメントはITツールありきという考え方が主流になっていたように思います。

しかし、今回のマクナマラ氏の講演では、営業人材の継続的な育成に取り組むためのステップが明確に示されていました。また、紙幅の都合でご紹介できなかったのですが、営業プロセスを標準化・改善するための5つのステップも提示されるなど、体系的にシステマチックにセールスイネーブルメントに取り組むことの重要性が示されていたと思います。

既存の組織/リーダーになんでも任せるのはやめて、機能分化で生産性を向上させよう

そして、もう1つ私たちの参考になるのが、きちんとセールスイネーブルメントの専任組織/担当者を任命して進めることです。経済学を勉強された方は、アダム・スミスのピン工場のお話を聞いたことがあるかもしれません。これは、熟練した職人が一人でピンを作るよりも、経験があまりない作業者を大勢集めて手順に沿って分業させることで、生産性が格段に向上するというお話。セールスイネーブルメントの専任組織/担当者を立ち上げようという発想は、この機能分化による生産性向上という考え方によるものなのです。

翻って日本のB2B営業組織を見てみると、セールスイネーブルメントに限らず専任組織/担当者を任命して機能分化している企業はあまり多くないようです。たいていの場合は、営業マネージャーや営業企画部門が業務プロセスの標準化や人材育成、パフォーマンスの分析とプロセス改善などの多様な業務を一手にかつ片手間に担っているので、忙しいわりに中途半端なままになってしまっている。

コストを掛けずにいろいろな施策に取り組もうとすると、既存の組織やリーダーにいったん任せざるを得ないというのは仕方のない話なのですが、いつまでもそのままだとその既存組織/リーダーが抱えている機能の多くが機能不全に陥ってしまいかねません。

ITツールに頼らずにステップを明確にシステマチックにして取り組む。セールスイネーブルメントなど組織としてしっかり取り組む必要のあるものについては、専任組織/担当者を任命して機能分化を進める。マクナマラ氏の講演には、私たちが営業の生産性を向上させるための大事な考え方が含まれているように思うのです。

参考:「Accelerating Performance: How to Master Effective Readiness and Enablement」(Marc McNamara, Founder and CEO, The Enablement Group, Sales 3.0 Conference, September 8, 2023)