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先日からお届けしている、今年(2023年)9月に米国で開催されたB2B営業向けカンファレンス『Sales 3.0』の聴講レポート。これまでの3回はそれぞれ1つの講演を選んで、その中で特に面白い部分や、私たちの参考になる箇所をご紹介してきました。 

今回は趣向を変え、1つのテーマについて複数の講演で話された内容をまとめてご紹介します。そのテーマは「営業担当者の学習」。リスキリングをはじめとする学びによって自らの価値を高めることが求められる現在。米国のカンファレンスではどのようなメッセージが発せられているのか、そしてその背景はどのようになっているのかを見ていきましょう。 

2日間の講演で何度も強調されていた自己投資と自己研鑽 

B2B営業向けのカンファレンス『Sales 3.0』での2日間の講演を聞いていて、全体を通じて強く感じたのは営業担当者や営業組織の学びを鼓舞するメッセージが多かったことです。いくつか抜粋してご紹介します。 

あなたが自分自身に投資しないのに、どうして他の人があなたに投資する(あなたから買う)と思えるのか。 ―ティファニー・ボバ氏 

何かを習得する唯一の方法は、それを何度も何度も長期間にわたって繰り返すことだ。 ―エドワード・カー氏 

あなたの未来の生活を知りたければ、現在のあなたの行動を見なさい。あなたの過去の生活を思い出したければ、現在のあなたの状況を見なさい。 ―ロン・カー氏  

上記の3つのメッセージはいずれもSales 3.0の初日の講演で語られていたもの。これ以外にも、学習や自己投資、自己研鑽の重要性を語るメッセージが色々な講師から話されていました。 

日本でも特に近年はリスキリングや社会人学習の重要性が語られていますが、さすがにここまでしつこく何度も強調されてはいないように感じます。なぜアメリカでは自己投資や自己研鑽の必要性・重要性がここまで強く語られているのでしょうか。 

欧米に存在する「学びたいから学ぶ」社会人 

その理由の一端がわかったのが、2日目の午前中に行われた、マーク・マクナマラ氏の講演。同氏は以下の図を用いて、社会人の学習が近年では大きく変化していると述べていたのです。 

従来の社会人の学習は1~3の「公式な学習」がメインでしたが、現在では個人が自ら積極的に学ぶ「非公式な学習」が主になってきているというのです。4番の「ソーシャル」とはYouTubeなどのSNS上にある動画等のコンテンツを使った学習のことを、5番の「ネットワーク学習」はプライベートの個人的なつながりや、職場の仲間同士が集まってともに教え合い学び合うスタイルの学習のことを表現しているそうです。 

マクナマラ氏はこのような学習の変化に対応して、営業組織や人材開発部門は個人の学習を後押しする会社のしくみやシステムを構築・運用すべきだと述べていました。 

この図から言えるのは、欧米特にアメリカには社会人が会社から与えられた研修をただ受動的に受講しているだけではなく、自ら学習に取り組む層が一定数存在しているということです。そのため、特に4~5番の「学びたいから学ぶ」非公式な学習を煽るようなメッセージが、Sales 3.0の講演の中で何度も繰り返されていたということなのでしょう。 

自己研鑽が自己実現の前提条件となっている 

このような自ら学ぶことが半ば強制されているような社会的な規範について、ドイツの社会学者アンドレアス・レクヴィッツ氏は『幻想の終わりに:後期近代の政治・経済・文化』(翻訳:橋本 紘樹ら、人文書院、2023年)で以下のように論じています。 

ポスト工業化時代の新しい中産階級である知識労働者にとって(中略)、 
自己研鑽への内向きの追求と、社会における成功への外向きの追求が(中略)、 
自己実現のための前提条件となった。  

このように、欧米では自己実現をするためには常に学習・訓練して自己研鑽を積まなくてはならない、という考え方が主流になっているというのです。これは先ほどのマクナマラ氏の「学びたいから学ぶ」層の存在にもつながりますし、Sales 3.0の初日で多くの講師が学習の必要性を何度となく語っていたことの理由として、納得できる仮説だと思います。 

Sales 3.0以外のカンファレンスにも複数参加してきましたが、確かにアメリカでは自己研鑽への熱心さや執着が日本の比ではないと感じます。特に営業担当者個人をターゲットとしたOutbound 2022では私が話をした人のうち半数程度が会社の費用ではなく、旅費や日本円に換算すると10万円以上もの参加費を個人で支払ってその場に来ていました。多くの人が成功するために、または少なくとも今の状況を維持するために、自分の資金を投じてまで学習しているのです。 

「学びたいから学ぶ」組織/個人と「必要だから学ぶ」組織/個人に分かれる日本の営業 

では、同じようなことは日本でも起こるのか。「学びたいから学ぶ」営業組織や営業担当者が日本でも主流になるのでしょうか。 

現在の大きなトレンドを見ていると、能力主義やジョブ型の職務/雇用を導入する企業が少しずつ増えてきていますし、政府も雇用の流動化を目指すと明言しています。そのため、常に自己研鑽が求められる知識労働者としての営業組織や担当者の割合はおのずと高まってくるものと思われます。しかしその一方で、JTCと呼ばれるような伝統的な日本企業に勤めている人の中には、そのような変化をせずに「必要だから学ぶ」公式の学習だけしかしない人も相当な割合で残り続ける。つまり、自ら進んで自己研鑽する組織/個人と、必要最低限の学習のみをする組織/個人とに分かれるのではないかと思います。 

もちろんどちらが幸せなのかは一概には言えませんし、どちらを目指すべきかを断言することもできないでしょう。ただ、私たちが自由に意思決定できる顧客の購買担当者だとしたら、自ら進んで自己研鑽する組織/個人と、必要最低限の学習のみをする組織/個人の、いったいどちらとビジネスをしたいと思うでしょうか。まさに最初に引用したティファニー・ボバ氏の発言、「あなたが自分自身に投資しないのに、どうして他の人があなたに投資する(あなたから買う)と思えるのか」ということなのだと思うのです。 

「学びたいから学ぶ」個人を組織として評価するしくみをつくろう 

それでは、「学びたいから学ぶ」個人を後押しするために、組織としてどのようなことができるでしょうか。 

新しいスキルを身に付けたらそれを活かせる部署に異動して、それに応じた賃金が支払われるというのが理想ですが、なかなかそういうわけにはいきません。サイボウズのCMでは企業の部長に扮する豊川悦司さんが自分で業務アプリを開発して悦に入っていますが、若手がこれをできるようになったところで、便利屋さんとして仕事を積み増しされてしまうのが関の山。そうなると、もうその若手やその様子を見ている周りの人も積極的に新しいスキルを身に付けようとはしなくなってしまいます。 

そうなってしまわないようにするには、例えば個人の目標管理や職務要件の中に「創意工夫改善力」「スキル開発力」のような項目を入れるなど、個々の学習や創意工夫をきちんと組織として評価するしくみをつくるのが有効だと思います。 

「学びたいから学ぶ」競合から市場/顧客を守るために学びを加速させよう 

今回はSales 3.0の2日間を通して感じた、自己投資や自己研鑽の重要性とそれが日本以上に強調されている背景について、深掘りしました。日本でもこれから増えてくるであろう、「学びたいから学ぶ」営業組織や担当者。そのような競合から自分たちの市場や顧客を守るために、私たちもさらに学びを加速させなければならないように感じています。 

参考: 
The Velocity Mindset: Break Through the Glass Ceiling」(Ron Karr, Founder, Karr Associates, Inc., Sales 3.0 Conference, September 7, 2023 
Business to Everyone is the New Sales Experience」(Tiffani Bova, Executive Strategist, Sales 3.0 Conference, September 7, 2023 
Many Ambassadors, A Unified Approach: Optimize Your Company’s Language to Drive Growth」(Edward Kerr, Co-Founder and CEO, Practis, Sales 3.0 Conference, September 7, 2023 
Accelerating Performance: How to Master Effective Readiness and Enablement」(Marc McNamara, Founder and CEO, The Enablement Group, Sales 3.0 Conference, September 8, 2023