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大谷正平選手が活躍しているMLBやNBAなど、アメリカのスポーツ番組を見ていると、「ダブルヘッダーの2試合で完封&本塁打を記録するのはメジャー史上初」「出場時間36分はフィルードゴールもフリースローも打たなかった選手として過去最長」といった、「こんなデータをよく記録していたなぁ?」というデータが紹介されます。そのたびに、つくづくアメリカはデータが大好きなんだなぁと感じます。

このアメリカ人のデータ好きを裏付けるような、変わった調査レポートが最近発表されました。その名も「Beyond The Classroom: Trends in B2B Sales Training」。なんと、B2B営業向けの研修だけに焦点を絞った調査レポートです。この調査をしたのはコーポレート・ビジョンズ社というB2B営業向けの研修会社。Selling Power誌が毎年発表している「営業研修のトップ企業リスト」に5年連続でランクインしている、著名な企業です。

営業向けの研修においてどのような課題があるのか、そしてその課題に対してコーポレート・ビジョンズ社がどのような提言をしているのか、レポートの中身を一緒に見ていきましょう。

調査データ①「営業研修の実施状況」

B2B営業向けの研修だけに焦点を絞ってはいるものの、およそ300社の営業リーダー/マネージャーから回答を集めたとのことですので、データとしての信憑性も大丈夫そうです。そう考えると、アメリカ国内ではB2B営業研修の市場が、このような調査を実施するのに十分大きな規模に育っているということがうかがえます。

この調査レポートの中から特に興味深いデータを抜粋してご紹介します。まずは、営業研修の実施状況についてです。

79%の企業で、必要な人数に対して研修を提供できていないと回答。
その理由のトップは、「現場から営業担当者を離すことに対するマネージャーの反対(56%)」で、2位の「予算(37%)」よりはるかに大きい。

およそ8割の企業で、十分な人数に対して営業研修をできていないとのこと。特にアメリカはここ数年の間継続してきた慢性的な人手不足と、昨年の秋口ごろから続いている景気後退懸念によって目標達成のプレッシャーが強まっていることから、営業現場がひっ迫している様子。「営業担当者の燃え尽き症候群」に関する記事も多く出ているような状況ですから、研修のために現場の仕事から引き離すのをためらってしまう気持ちはわからなくはありません。

調査データ②「効果の高い研修提供形態」

次のデータは、「対面」や「リモート」「動画」といった研修の提供形態についてです。

65%の企業が非対面(リモート、動画視聴)の研修予算を増やす計画を立てている。
その一方、最も効果的だと考えられている提供形態は「対面での研修(45%)」がトップ。2位は「マネージャーによるコーチング(39%)」で、「非対面での研修」を選んだのは9%。

主要10都市の平均出社率が50%と、都市圏を中心にすっかりリモートワークが定着しているアメリカでは非対面の研修が主流になりつつあります。しかし、その一方で学習効果という観点では、非対面よりも対面の方に軍配が上がるようです。実際に両方の営業研修を体験した人の中には、同じ意見をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

事例:非対面型コンテンツを対面研修化して実施

ちなみに、私が研修を支援した企業でも、動画コンテンツという非対面型の素材を使って対面研修を実施したところがあります。その企業は日本全国に営業所を構えているため、コロナ禍では本社やエリア支社に営業担当者を集めて研修をするのは不可能でした。そのため、各営業所に営業担当者に集まってもらい、全員で動画コンテンツを視聴。その中にあるワークは、それぞれの営業所長さんにファシリテーター兼進行役を務めていただくことにしました。

アンケートによると、対面でグループワークを行って営業所長や周りのメンバーからフィードバックを受けたことで、理解が深まったとのこと。動画コンテンツは効率的に情報を伝えられて便利ではあるものの、対面でチームとして学ぶことの大事さを改めて実感できた取り組みでした。

調査データ③「スキルベースの研修体系の重要性」

そして最後にご紹介するのは、体系的な研修カリキュラムの重要性についてのデータです。

70%以上の企業が、スキルベースの研修体系を持っておらず、自社の営業担当者に求めるスキルセットを定義できていない。

つまり、営業マネージャーやリーダーが「今はデジタルが大事だから、今年はデジタル関連の研修をしよう」「最近のメンバーの様子を見ていると問題解決力が弱いから、問題解決力向上研修に取り組もう」というように場当たり的に研修テーマを決めていたり、「チームリーダーだからリーダーシップ研修」というように役割から安直に研修テーマを決めている企業が主流だということ。そのため、レポートの最後でコーポレート・ビジョンズ社は以下のような提言をしています。

一般的な業務役割や営業マネージャーの思い付きから研修のカリキュラムを設定するのではなく、自分たちの営業に必要なスキルモデルを定義し、その評価スコアから提供する研修カリキュラムを決める仕組みを導入しよう。

営業のスキルモデル(営業育成ロードマップ)とは

ここでいうスキルモデルとは、営業に必要なスキル項目を特定し、それぞれの項目に対してレベルを定義しているもの。例えば下表のようなものです。

10個あるスキル項目のうち、1つ目の「顧客の購買支援力」が例として示されていて、一番低いスキルレベルE(beginner)から最高のスキルレベルA(expert)まで、求めるレベル要件が定義されています。

トライツコンサルティングではこのスキルモデルのことを「営業育成ロードマップ」と呼んでいますが、コーポレート・ビジョンズ社の提言はまさにこのロードマップ作りとそれに基づいた研修体系を組み立てることの重要性を指摘しているものなのです。

作るのは大変だがそれを補って余りある営業育成ロードマップのメリット

ロードマップが存在することで、営業担当者やマネージャーとして育成のゴールがわかりやすくなりますし、長期的・段階的なスキルアップが可能になります。また、場当たり的に研修テーマがころころ変わるということもなくなるので、運営も効率化できます。さらに、これを評価の一部に組み入れることができればさらにスキルアップのモチベーションは高まります。

とはいうものの、ロードマップ作りとその展開はもちろん一筋縄ではいきません。必要なスキルを共通言語化するのも大変ですし、客観的に評価できるようなスキルレベルの表現にするためのコツもいります。さらに評価の一部に組み入れようとすると、人事などとの調整も発生しますし、マネージャーが正しく評価できるようにするための説明会も必要になります。

しかしこれらの大変さを補って余りあるほどのメリットが、営業育成ロードマップとそれに基づく研修体系づくりにはあると私は思います。

調査データが教えてくれた、営業研修で大事な「当たり前」

今回ご紹介したレポートのポイントをまとめると、

  • テクノロジーにあまり依存せず、研修はできるだけ対面で行うことが効果的
  • 場当たり的な研修でなく、自分達のスキルモデルを定義し、体系的かつ長期的な研修カリキュラムを作って運営することが大切

この2点になるのではないかと思います。改めて見てみると「当たり前」のようにも感じますが、実はこの2点はコロナ禍という特殊な環境で研修部門が試行錯誤してきたことからの学びだとも考えられます。

ロックダウンや外出自粛によるリモート(非対面)での研修の実施に、一気に加速したデジタル化に対応するための各種研修テーマ。テクノロジーを活用し、今必要なスキルを身に付けるための研修が一気に進められていました。しかし、その結果を改めて確認してみたことで、対面研修の有効性や、スキルモデルをベースにした体系的な研修カリキュラムの重要性という「当たり前」の大事さが明らかになったのではないでしょうか。

このように、この数年間のコロナ禍において試行錯誤した結果を受けて、本当に大切な基本が何かをこのレポートは教えてくれているように思うのです。

参考:「Beyond The Classroom: Trends in B2B Sales Training」(Tim Riesterer and Erik Peterson, Corporate Visions, Inc., 2023)