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企業による社会貢献のことを、最近ではフィランソロピーと呼ぶようです。ビジネス経験が長い方は「企業メセナ」という呼称の方が馴染みがあるかもしれませんね。ちなみに公益社団法人企業メセナ協議会が社会貢献活動で優れた企業にメセナアワードという賞を毎年与えていて、昨年(2022年)はTOPPAN(当時は凸版印刷)による障がい者アートの認知向上の取組が大賞となっていました。

社会貢献や慈善活動というと、ついついB2B営業から縁遠いもののように感じてしまいがち。しかし、つい最近の海外B2B営業・マーケティング向けWeb雑誌に、「慈善活動のメリット:B2B企業が社会に利益還元する方法」という記事が掲載されており、これからは顧客企業がパートナー企業を選定する基準の1つになるかもしれません。

今回は上記記事を中心にB2B顧客の購買方針の変化について見ていきます。商品・サービスの機能や価格以外に、顧客が何を意識して購買するようになっているのか、早速確かめてみましょう。

もはや顧客はQCDだけで購買先を決めない?

B2B顧客の購買方針の変化について、トライツブログでは2022年の3月に「『安さ』の時代の終焉?変化する顧客とサプライヤーの関係」という記事を作成しています。この記事では海外の実証研究をもとに、企業の購買活動の重心が従来のQCD(品質、価格、納期)からサステナブルへ移動してきていることをご紹介しました。

また、今年(2023年)米国で開催されたB2B営業のカンファレンス「Sales 3.0」では、「顧客企業の55%がRFP(提案依頼書)にダイバーシティ(DEI)に関する要件を記載している」というデータが紹介されていました。売り手企業が人種や性別、障がいの有無などといったダイバーシティを大事にしているかが顧客の選定基準の1つになっているのです。

社会貢献・慈善活動でブランド認知の向上/構築

このように、海外ではB2B顧客の購買方針にサステナブルやダイバーシティといった観点が加わってきています。このような状況で発表されたのが、今回ご紹介する記事「The Benefits of Business Benevolence: How B2B companies can give back to their communities」(善活動のメリット:B2B企業が社会に利益還元する方法)です。

記事の冒頭では、B2B企業が社会貢献・慈善活動に取り組む意義とメリットについて解説しています。

ほとんどの企業は、社会的責任感が強い人々や企業とビジネスを行うことを好みます。(中略)

社会貢献や慈善活動によって、既存の顧客企業や将来クライアントになる可能性のある企業でのブランド認知を向上/構築する機会が得られます。

このように、社会貢献や慈善活動の有無や内容が、売り手企業を選ぶ基準の1つとなってきているというのです。

顧客企業から評価される社会貢献・慈善活動とは

では、B2B企業はいったいどのような活動に取り組んだらよいのか。記事では続けて4つの代表的な活動を紹介しています。

1. 地域コミュニティで開催されるイベントでのボランティア活動

2. 慈善団体への寄付

3. ボランティア講師や無償の商品提供など、専門知識を無料でシェア

4. 芸術や科学、スポーツへのパトロン

私は博物館や美術館を巡るのが好きなのですが、確かにそれぞれの展示には冒頭で紹介したTOPPANなどの企業が協賛しています。また、プロやアマのスポーツでも、キリンチャレンジカップなど企業がスポンサーしている大会が数多くあるのは、皆さんもご存じでしょう。

ただ、これらのような芸術・スポーツ等への協賛やスポンサーだけでなく、さらに手厚く社会貢献や慈善活動に取り組んでいる企業が増えてきています。自ら財団を立ち上げたビル&メリンダ・ゲイツ夫妻に、様々な団体に多額の寄付を施しているジェフ・ベゾス氏。そして、B2B営業に携わる人なら一度は耳にしたことがあるであろうSalesforce社では、多くの従業員が自発的かつ主体的に社会貢献活動に参加しています。

典型例は「1-1-1モデル」のSalesforce社

2020年に発売された「トレイルブレイザー: 企業が本気で社会を変える10の思考」では、Salesforce社を創業したマーク・ベニオフ氏の社会貢献に対する熱い思いと、就業時間の1%・株式の1%・製品の1%を社会に還元する「1-1-1 モデル」が紹介されています。就業時間の1%を使って、同社の従業員は学校やNPO団体でのボランティアなど、自分が選んだ方法で社会貢献に取り組んでいます。また製品の1%では、教育機関やNPO向けにサービスを無償提供しています。

「トレイルブレイザー」を読んだ方や、先ほどの文章でSalesforce社の社会貢献について知った方の多くは、収益を社会のために還元する同社の活動や姿勢に対して、良いイメージをきっと持つことでしょう。そのため、ご紹介した記事の冒頭にあったように「ブランド認知の向上/構築」に役立つというメリットは確かにあると思われます。

社会貢献・慈善活動重視の落とし穴

しかし、その一方で、企業が積極的に社会貢献や慈善活動に取り組む様子を肯定的に見ない人や組織も一部にはあります。社会的責任に目覚めた人や企業のことを「ウォーク(Woke)」と呼びますが、最近では社会活動にかまけて本来の事業をおろそかにしているという意味や、日本で言うところの「意識高い系」のように揶揄する意味合いで「ウォーク」という言葉が使われるようになっています。

そのため、先のSalesforce社も「企業の利益はESGや社会貢献ではなく、株主利益を最大化するために用いられるべき」という思想の資産運用会社、Strive Asset Management社(以下、SAM社)から非難声明を出されたりしています。SAM社いわく、「Salesforce社は経済的な利益よりも政治、人種差別の排除、美徳などを優先しており、そのために経済的な目的のために同社に投資してきた何百万ものアメリカ人に損害を与えている」とのこと。

また、社会貢献や慈善活動に積極的な姿勢を表明することでその企業の認知度やブランドが向上するため、派手なスローガンをWebや投資家向け説明会では実施するものの、実際にはそのような活動や寄付を一切しない「ウォッシュ(Wash)」と呼ばれる企業も問題になりつつあります。

このように、企業による社会貢献や慈善活動にはおおむねプラスの効果があるものの、一部からは好意的にとらえられていないこと。また、派手なスローガンを打つだけで実態を伴っていない企業の場合は逆効果になることは、意識しておく必要があると思います。

「顧客が何を大事にしているか」「自社が何をしているか」を確かめよう

サステナブルやダイバーシティといった価値観は、B2B企業の購買に大きな影響を与えています。製造業を中心にサステナブル調達方針を定める企業が増えていますし、2023年3月期から有価証券報告書等でこれらの情報開示が義務付けられています。また、ステークホルダー資本主義という言葉が生まれるなど、地域コミュニティや社会への還元・貢献についても、良い市民企業であることを示す大事な側面になりつつあります。

では、このような変化を受けて私たちはどうしたらいいのでしょうか。

まず大事なのが、私たちの顧客、そしてその先のエンドユーザー(企業、消費者)が何を大事にして購買の意思決定をしているかを意識することだと思います。まだ日本では海外ほど大きく変化していませんが、これからサステナブルやダイバーシティ、社会貢献などへの関心が今後高まっていくものと思われます。従来通りのQCD(品質、価格、納期)を大事にしているのか、それが変化しつつあるのか、意識してウォッチするようにしましょう。

そして、もう1つ大事なのが、自分たちの企業がどのような活動をしているのかを確かめることです。企業の中には社会に役立つ素晴らしい活動に長年取り組んでいるものの、現場の社員はそのことについてほとんど知らなかったり、それが自社ブランドの向上に役立つことに気付いていなかったりします。自社がどんな社会貢献やサステナブル等の活動をしているのかを知ることで、それらを大事にしている顧客に伝えられる。自社の新たな魅力がきっと見つかるはずです。

自社の社会貢献・慈善活動はインスパイアプレゼンの大きな武器になる

実は、B2B営業においてここまでご紹介してきた「社会貢献」は使える武器になるのですが、あまり積極的に使われていないようで、もったいないと常日頃から感じています。どのような使い方かというと、顧客向けに新しい取り組みをスタートさせるためのプレゼンテーションのシナリオに組み入れるというものです。

自社の魅力と共に実現したい世界観/将来の姿を顧客に訴求し、一緒に新しい取り組みを始めるイメージを喚起するプレゼンテーションのことを、トライツではインスパイアプレゼンと呼んでいます。プロジェクトや研修でこのプレゼンのシナリオをクライアントのメンバーと作成することがあるのですが、メンバーが作成した当初案にこのせっかくの社会貢献や慈善活動が入っていないことが多いのです。

そこでいろいろ試行錯誤していくと、誰かが思い出したように「アレを言ってみればいいのでは?」出てくるアイデアの中に「創業の理念」や「それに基づいてどのような団体・活動に資金提供しているか」「就業時間内のボランティア活動を推奨しているか」といったことがあったりして、今更ながら気づく・・・ということが少なくありません。

営業担当者が意識していないのですから、顧客がそれを知っていることはなく、改めてメンバー個人の思いや体験談を交えて伝えたことで、大きなビジネスが始まるきっかけになったという場面をこれまでに何度も見てきています。

自社の社会貢献や慈善活動がきっかけとなって顧客と新たなビジネスを始められる可能性がある。そのような意識で自社の活動について調べられれば、これまで以上に興味を持つことができるでしょうし、それを熱を込めて顧客に伝えられるようになると思うのです。

参考:「The Benefits of Business Benevolence: How B2B companies can give back to their communities」(Oscar Collins, Editor-in-chief of Modded, Sales & Marketing Management, September 7, 2023)