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突然ですが、皆さんにとって「良い顧客」とはどんな顧客でしょうか。 

「継続・安定して注文をくれる」「無理を言ってこない」「こちらの話を聞いてくれる」など、所属されている業界やこれまでの経験などによって、きっとまちまちなことでしょう。 

そこで今回は改めて「良い顧客」について考えてみたいと思います。皆さんにとっての「良い顧客」がどのような顧客なのか、一緒に考えてみましょう。 

「良い顧客」と「ペルソナ」「理想の顧客像」は別のもの 

具体的な話に入る前に大事なポイントを1点、確認しておきましょう。今回の記事でいうところの「良い顧客」とは、いわゆる「ペルソナ」や「ICP(Ideal Customer Profile:理想の顧客像)」とは異なります。 

ペルソナやICPは一般に、「受注可能性が高い」または「生涯価値(ライフタイムバリュー)が大きい」顧客の属性や特徴のことを指します。例えば、クレジットカード会社にとってのICP(理想の顧客像)は、「キャッシュレス決済の比率が高い海外に頻繁に旅行するシニア富裕層」「国内/海外の出張が多いビジネスパーソン」「百貨店や宝飾店などの高単価施設の利用者」などと、「収益性」という物差しが主になっています。 

これに対し、今回取り上げる「良い顧客」の物差しは「収益性」だけではありません。もちろん収益性を欠かすわけにはいきませんが、「こちらのことを大事にしてくれる」といった別の種類の物差しも含めて、トータルでどのような特徴の顧客が「良い顧客」なのかを考えようというものです。 

このことを踏まえて、「良い顧客」とはどういう顧客なのかを考えてみましょう。先を読み進める前にここで少し立ち止まって、皆さんにとっての「良い顧客」の特徴を思い浮かべてみてください。いくつか思い浮かんだら、先に進みましょう。 

ChatGPTが挙げる「一般的な」良い顧客の特徴 

まず、一般的に「良い顧客」とはどういう顧客なのか。ChatGPTに「B2B営業担当者や営業組織にとっての『良い顧客』の特徴をできるだけ多く、かつバラエティ豊かになるように列挙してください」と質問してみた回答はこちらです。 

1. 財務安定性:財務状況が良好で、支払い能力がある。

2. 継続的な取引:定期的に発注してくれる。

3. 迅速な支払い:支払いが迅速かつ遅延しない。

4. コミュニケーションが円滑:質問やリクエストに迅速に応答し、明確なコミュニケーションを取る。

5. 成長性:事業が成長しており、将来的な需要が見込める。

6. リファラル:他の潜在顧客を紹介してくれる。

7. フィードバック提供:製品やサービスに対する建設的なフィードバックを提供してくれる。

8. 長期的なパートナーシップ志向:短期的な取引ではなく、長期的な関係を築こうとする姿勢がある。

9. 契約遵守:契約条件をきちんと守り、約束を履行する。

10. 協力的な姿勢:問題が発生した際に協力的に対応してくれる。

11. 業界のリーダー:業界内で評判が良く、他の企業に対する影響力が大きい。

12. カスタマイズ要求が少ない:標準的な製品やサービスで満足し、特別なカスタマイズをあまり求めない。

13. 契約の拡大が期待できる:初期の契約から追加発注や契約の拡大が見込める。

14. ブランド価値の向上:自社製品やサービスを使用していることが他の顧客への信頼感を高める。

15. 技術力が高い:最新の技術やトレンドに敏感で、それに対応できる能力がある。

16. 市場の多様性:複数の市場にまたがるビジネスを展開しているため、景気変動の影響を受けにくい。

17. 信頼性:言ったことを守り、常に信頼できる行動を取る。

18. 環境や社会的責任に配慮:環境保護や社会的責任に関する取り組みをしている。

19. 透明性:ビジネスプロセスや意思決定が透明である。

20. ロイヤリティ:競合他社に簡単に乗り換えず、忠誠心を持ってくれる。

確かにどの特徴も「良い顧客」を表現するものとして当てはまっているように思えます。「財務的安定性」や「継続的な取引」「成長性」「リファラル」など収益性に関連する特徴も多数ありますが、「コミュニケーションが円滑」や「長期的なパートナーシップ志向」「協力的な姿勢」といった、ドライな取引関係だけではない良質で継続的な関係性を表現したものも多く含まれているようです。 

営業の専門家が考える「良い顧客の特徴」とは 

それでは、AIではなく営業の専門家はこの質問についてどのように回答しているのでしょうか。アメリカでの営業初心者向けの入門書「Selling All-In-One For Dummies」(バカでもわかる営業 完全版)に書かれている「良い顧客の特徴」をご紹介します。 

その前に、この書籍について補足説明させてください。「バカでもわかる」というタイトルではありますが、この本は650ページ以上もある大作で、著者は米国では著名なトム・ホプキンス氏という人。氏は10代のころから不動産営業を始めて30代でミリオネア(億万長者)入りした叩き上げの営業パーソン。1980年に出版された営業のバイブル「How to Master the Art of Selling」は何度も内容を刷新されていて、2005年版は日本でも「営業の魔術」(日本経済新聞出版社、2005年)として翻訳・出版されています。 

営業バイブルの著者が挙げる「良い顧客の特徴」5つ 

そのような半世紀近くも営業の専門家として業界を牽引してきたホプキンス氏が挙げる「良い顧客の特徴」は以下の5つです。 

1. あなたを一番に思い浮かべてくれる:あなたが提供している製品やサービスについて顧客が考えるとき、一番にあなたを思い浮かべます。

2. 適正な価格を支払ってくれる: あなたが提供する製品やサービスに価値を見出しているため、顧客は対価を喜んで支払います。

3. 挑戦させてくれる: 顧客から常にハードルを上げられ、知識の拡大、新しいスキルの向上や追加、生産性の向上などを求められることによって、顧客はあなたのビジネスを改善してくれているのです。

4. 得意なことをさせてくれる: 顧客はあなたのビジネスを十分に理解しているため、専門外の分野の仕事を無理やりやらせようとするのではなく、得意な分野での活躍を求めます。

5. 新たな機会を与えてくれる: あなたにとっての最高の顧客とは、あなたとWin-Winの関係にある企業です。このような顧客は、あなたのビジネスにとって新しい市場や顧客に参入する機会を提供してくれます。この特徴はこれまでの4つよりもひときわ重要だと私は捉えています。

1番目の「あなたを一番に思い浮かべてくれる」はAIの「ロイヤリティ」と重なってはいるものの、それ以外はAIでは出てこなかった特徴が並んでいます。そしてさらに詳しく見てみると、残り4つの特徴は、「適正な価格を支払ってくれる」「得意なことをさせてくれる」というこれがないと顧客との関係が破壊的なものになってしまう「衛生要因」と、「挑戦させてくれる」「新たな機会を与えてくれる」という私たちの成長を後押しする「動機付け要因」の2つに分けられそうです。 

ちなみにここでいう「衛生要因」と「動機付け要因」というのは、アメリカの心理学者であるフレデリック・ハーズバーグ氏が提唱した有名なモデルで、仕事の不満足を引き起こさないための「衛生要因」と、仕事の満足をもたらす「動機付け要因」はそれぞれ別のものであるという考え方。ただ、良い顧客の特徴という文脈だと表現がピッタリきませんので、以降「衛生要因」を「安全指標」に、「動機付け要因」を「成長指標」に置き換えます。 

皆さんが思い浮かべた中に「成長指標」はありましたか? 

ここまでお読みいただいて、皆さんが思い浮かべた「良い顧客の特徴」はどうでしたでしょうか。「挑戦させてくれる」「新たな機会を与えてくれる」といった成長につながる成長指標は含まれていたでしょうか。それとも、「適正な価格を支払ってくれる」や「得意なことをさせてくれる」のような安全指標ばかりだったでしょうか。 

ここで改めて確認しておきたいのですが、成長指標が含まれていないことが即問題だ、というわけではありません。「挑戦させてくれる」はともすると「無理難題を吹っかけてくる」ことになり得ますし、「新たな機会を与えてくれる」は「面倒を押し付けてくる」ことにもなりかねません。 

ただ、良い顧客の特徴に成長指標がまったく含まれていないとすると、後々振り返ってみたら「あのプロジェクトは自分に挑戦させてくれた」「あの案件をきっかけに新しいビジネスが花開いた」となっていたかもしれない「挑戦」や「機会」を、「ブラックな案件っぽいから」「下請けいじめまがいだから」という理由でみすみす見逃してしまう可能性があります。そして、「挑戦したい」「新たな機会に取り組みたい」と思っている顧客はそれに賛同してくれる競合の方をより大事にするでしょうし、それらを避けていると自分たちのビジネスやスキルセットがジリ貧に陥ってしまいます。 

思い浮かべる「良い顧客の特徴」は私たち自身の心の持ちようを映し出す鏡 

皆さんが思い浮かべた「良い顧客の特徴」のうち、破壊的な関係にならないための安全指標以外に、成長指標はどれだけあったでしょうか。挑戦や新しい機会を前向きなものと捉えているか、ブラックなものだと忌避しているか。私たちが思い浮かべる「良い顧客の特徴」は、私たち自身の成長志向の度合を映し出す鏡のようなものでないかと思うのです 

ちなみに、ChatGPTに英語で「良い顧客の特徴」を質問したら、「イノベーション志向である」や「問題解決に前向きに取り組む」といった成長指標がいくつも返ってきました。もしかしたら、日本よりも英語圏のChatGPTの方が成長志向なのかもしれませんね。 

参考:「Selling All-In-One For Dummies」(Tom Hopkins, John Wiley & Sons, Inc., 2012