この記事を読むのに必要な時間は約 10 分です。
営業にもDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が押し寄せてきています。SFAやMAをはじめとして、多くのデジタルツールが使われるようになっているものの、日々生成されているデータを分析・活用して、営業の生産性向上につなげられている、という組織はまだ多くありません。せっかくデジタルツールを入れてデータを利用できる環境が整っているのに、それを分析できる人材が圧倒的に不足しているのです。
前回の記事「無理なくデータサイエンス人材を育成する方法」では、現在様々な組織で進められているデータサイエンス人材の育成方法と、そのボトルネックについて見てきました。今回の記事では続けて、B2B営業のデータ分析に必要な十分なデータサイエンス人材に求められるスキルセットと、その習得方法について考えてみたいと思います。
前回記事のまとめ:無理のないデータサイエンス人材の育成方法を考え直そう
具体的なスキルの話に入る前に、前回の記事を手短におさらいします。
データサイエンス人材を育成しようとする際に、大きな壁になっているのが「学術的な知識の理解」と「特殊なツール・環境への対応」の2つです。
一般社団法人データサイエンティスト協会が定めているスキルカテゴリは、統計学や機械学習などの分野の学術的な理解を必要とする「データサイエンス力」と、データベースの操作やプログラミング等のスキルからなる「データエンジニアリング力」、そしてビジネス課題を見つけてデータ分析の結果に基づいてその解決へとつなげる「ビジネス力」の3つに分類されます。この分類自体は良くできていて、専門家・第一人者を育成するために重要なスキルが網羅されていると思います。
しかし、データサイエンスの専門家ではなく、営業企画などの営業支援部門のメンバーを普段の業務の中でデータ分析ができるように育成しよう、という場合には先ほどのスキルカテゴリ項目はあまりにも広大すぎますし、そこで求められているスキルレベルはあまりにも高すぎます。これまで統計学を学んだことがなく、プログラミングもしたことがない人であっても、無理なく育成できるように、実務で必要となるスキル項目とその現実的な習得方法を考え直さなければならないのです。
B2B営業のデータ分析における4つの特徴
それでは、B2B営業のデータ分析をする際に、どのようなスキルが必要になってくるのでしょうか。それを考えるために、現在のB2B営業でのデータ分析業務における4つの特徴を見てみることにしましょう。
第1の特徴は「扱うデータの量が少ない」ことです。B2C営業や工場IoTなどでは十~千億単位のデータ件数を扱いますが、B2B営業のSFAやMAに入っているデータは、多くても数十万件程度。事業部単位で分けて分析すると、せいぜい十万件程度でしかありません。
第2の特徴は「扱うデータの種類がシンプル」なこと。今後SFAやMAといったツールが進化することで変わる可能性はありますが、現在分析対象となるデータは売上高などの「数字データ」に、顧客や商品分類に担当者名などの「カテゴリデータ」、あとは担当者が商談の結果を文章で入力する「テキストデータ」くらいのものです。画像や音声、動画などの容量が大きく、分析するまでの加工が面倒なデータを扱うことはまずありません。
第3の特徴は「分析したい内容が限定的」なことです。これまでB2B営業の色々なデータを分析してきましたが、基本的な分析の切り口は以下の3つしかないと私は考えます。
1. 商品/拠点/担当などの分類ごとに、売上高や受注率の傾向や差を知りたい
2. 商品や顧客などの分類同士の類似度や関連性を知りたい
3. 顧客の属性情報や商談情報、Web利用状況などのマーケティング情報の中から、売上高や受注率に影響を与える要因を知りたい(さらにその要因をもとに売上高/受注率を予測したい)
そして第4の特徴は、データ分析のビジネス活用全般について言えることですが、「理論や手法の先進性・独自性よりも実用性や説明の容易さが優先される」ということです。
4つの特徴から見えてくる、B2B営業のデータ分析に必要なスキル
これらの4つの特徴から、B2B営業のデータ分析に必要なスキルを考える際の方向性が見えてきます。
まず第1と第2の特徴から言えるのは、データ分析の環境として大掛かりなデータベースやDWH(データウェアハウス)などは必要なく、普段使いなれているExcelでも十分だということです。
そして第3と第4の特徴から、分析ツールは最新の理論をカバーしていたり、数多くの分析手法を搭載した高度なものである必要はなく、必要最低限の基本的な手法が搭載されていれば十分だ、とも言えます。私はExcel上で動いて必要最低限の手法が揃っている「エクセル統計」(株式会社社会情報サービス)と、シンプルで使いやすいテキストマイニングツールの「KHCoder」(樋口耕一、立命館大学)を愛用しています。
このように考えると、データサイエンティスト協会が定める3つのスキルのうち、データベースの操作やプログラミングに関する「データエンジニアリング力」のスキルの多くは不要ですし、統計学や機械学習等に関する「データサイエンス力」のうち実際に扱う範囲はかなり狭くなってきます。また、その狭い範囲についても、学術的に積み上げて理解させるのではなく、分析目的と使うデータの種類を決めたら適する分析手法が一目で分かる「早見表」や「分析ガイドブック」を用意しておけば、必要とするスキルレベルを大幅に下げることが可能になります。
B2B営業のデータ分析に必要な8スキルと習得レベル
これらを前提として、B2B営業でデータ分析をするのに必要十分なスキルセットを私なりに組み立て直したのが下の表です。
8つのスキル項目を、データサイエンティスト協会のスキルカテゴリと関連付けています。また、スキル習得レベルも、実際に内容を理解して身に付ける必要があるもの(理解・体得)と、分析の目的や元データ、アウトプットなどのパターンを見て適する作業を選べれば十分とするもの(パターン処理)の2つに分けて設定しています。
その結果、36もあるデータサイエンティスト協会のスキルカテゴリのうち、上の表に含まれるのはちょうど半分の18スキルで済み、さらに理解・体得レベルが必要なのはさらにその半分足らずの8スキルしかなくなりました。この8スキルはほとんどがビジネス力であり、技術的なスキルは「データ加工」だけ身に付けていれば十分だということになります。これが現実的に育成可能なスキル項目だと私は思います。
B2B営業のデータ分析で実際に使用する分析手法
さらに、先ほどご紹介した3つの分析の切り口に当てはまる分析手法を整理したのが次の表です。
切り口ごとに複数の分析手法が並んでいますが、それぞれ扱うデータの種類や特性によって、実際に使う分析手法が決まります。こうやって見ると、実際に使う分析手法がそれほど多くないことが分かるかと思います。上の分析手法のうちテキストマイニング以外のものは、「エクセル統計」に搭載されている分析プログラムの中のわずか15%でしかありません。こんなところでも「20対80の法則」はちゃんと働いていて、15%の分析手法でB2B営業のデータ分析のほとんどは事足りてしまいます。
本当に理解・体得が必要なのは「ビジネス力」
ここまで、B2B営業のデータ分析の特徴から、営業組織で本当に必要となるスキルについて見てきました。
そこで分かったのが、「データサイエンス力」や「データエンジニアリング力」といった技術的・専門的なスキルの多くは必要でなく、分析の目的や元データに合わせた分析手法やパラメタの選定も「パターン処理」でまかなえてしまうということ。そして、実際に理解・体得することが求められるのは、ビジネス上の課題を設定し、それをもとに何のデータをどう分析するかを企画・設計し、分析結果をもとに解決策を導き出す「ビジネス力」の方なのです。
そして、この「ビジネス力」を高めるためには、営業活動を個別の商談の集合体としてではなく、1つの体系・モデルとして捉えることが必要だと私は考えます。自社の営業の売上高や受注率にどのような要素が影響するのか、商談や顧客の情報をどのように構造化するのかということを考え、それらのデータを蓄積できるようにSFAやMAのデータ構造を工夫する。そこから、現在の営業を分析的に考える思考が養われ、実際にデータ分析するときの具体的な切り口が見えてくるのだと思うのです。
トライツコンサルティングでは、SFAなどに蓄積された営業データの分析企画・実践とその内製化をサポートしています。営業組織内に蓄積されたデータの有効活用や、営業DX推進のためのデータサイエンス人材の育成についてご興味のある方はぜひご相談ください。