この記事を読むのに必要な時間は約 10 分です。

営業だけに限らず、DXに取り組もうとするときに避けては通れないのが「人材育成」。新聞や雑誌を読んでいると、AI・機械学習やビッグデータなどを操るデジタル人材の育成を開始した、という企業のニュースを頻繁に目にします。

トライツコンサルティングでも営業DXをサポートする上で、クライアントの営業組織におけるデジタル人材の育成は重要なテーマだと考えています。先日開催したセミナー(「御社のSFAを蘇らせる5つの施策」)でも、SFA内のデータを分析できる人材の育成について、時間を割いてお話させていただきました。

そのような中、デジタル人材の育成についてのヒントが詰まった本が最近出版されたのですが、お読みになっているでしょうか。ヤフー株式会社CSOで、慶應義塾大学環境情報学部教授、データサイエンティスト協会の理事兼スキル定義委員長でもある安宅和人氏の著書『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』(以下、『シン・ニホン』)です。各書店の売上ランキングで上位に入っていますのでお読みになった方も多いでしょうが、まだだという方に向けて概要をご紹介するとともに、B2B営業のDXに取り組む方にぜひ考えていただきたいポイントをご案内したいと思います。

『シン・ニホン』の概要

450ページ近くもある本の内容を一言でまとめるのは乱暴かもしれませんが、私は『シン・ニホン』を「AI×データ化が進んでいる世界の中で一人負けを続けている日本の産官学への叱咤激励の書」だと思っています。全6章の構成は以下のようになっており、各章の構成は、事実情報に基づいた舌鋒鋭い問題提起(叱咤)とそれへの解決策(激励)となっています。

1章 「AI×データ化」を中心に、世界で起こっている歴史的な変化
2章 「AI×データ化」で負け続けてきた日本の実態とこれからの勝ち筋
3章 「AI×データ化」の時代に必要な人材・スキル
4章 「AI×データ化」の時代に必要な人材の育成のあり方
5章 「AI×データ化」時代の人材育成のために変わるべき科学技術政策
6章 現在の地球環境問題とその解決のための取組事例

このように見てみると、企業におけるデジタル人材の育成、というテーマを考えるために欠かせないのは1~4章まで、ということになります。もちろん一冊通してお読みいただきたいですし、一気に読ませるエネルギーに溢れた文章なのですが、どうしても時間がないという方はまずは4章まで、全体の6割程度となる260ページ辺りまでを読んでいただくのが良いでしょう。

『シン・ニホン』の全体像を確認したところで、「AI×データ化」の時代に必要なデジタル人材の育成についてのヒントを見ることにしましょう。と言っても、1~4章までの間に数えきれないほどのヒントが書かれているので、その中からB2B営業組織でも参考にしていただけそうなポイントを3つに絞ってご紹介します。

デジタル人材育成のヒント1「ミドル・マネジメント層を育成しよう」

1つ目のポイントは、デジタル人材育成のターゲットの1つは「ミドル・マネジメント層」というものです。

『シン・ニホン』ではこのミドル・マネジメント層に対して、2章で手厳しく批判をしています。

おそらく500~1000万人程度いると思われるミドル・マネジメント層(中略)にこそビジネス課題とサイエンス、エンジニアリングをつなぐアーキテクト的な人材が必要だが、ほとんどの会社で枯渇している。(中略)
このような激変する時代に彼らが生き延び、未来の世代や事業のじゃまにならない人材であるためにはスキルを刷新しなければいけないが、身に付ける方法が分からない上、学ぶ場がない。このままでは、この方々が先に述べた既存業種を守るための規制をロビイングで山のように作り、日本のあらゆる産業の刷新を止め、AIネイティブな世代を引き上げることもなく、この国をさらに衰退につないでしまう。

しかしその後の4章では、人口動態的にボリュームも大きく、社会の中での存在感があって知的水準も高いこのミドル・マネジメント層が、AI×データに関する知識を持って、業務をデジタル化する変革担当として活躍することが解決策の1つだと述べています。

データサイエンティスト協会ではデータサイエンティストに必要なスキルを、統計解析や機械学習に関する「データサイエンス力」、データベースの処理やプログラミング等の「データエンジニアリング力」と、それらのスキルを活かして実際の業務で課題を設定し解決策を実行できる「ビジネス力」、の3つだと定義しています。現在、大学等の教育機関で力を入れ始めているAI×データ教育では、データサイエンス力とデータエンジニアリング力は高められますがビジネス力は対象外です。そのビジネス力を既に身に付けているミドル・マネジメント層を育成し強化しようというのが、1つ目のポイントの意味なのです。

デジタル人材育成のヒント2「サバティカルを導入しよう」

とは言え、ミドル・マネジメント層を育成しようにも「身に付ける方法が分からない上、学ぶ場がない」という課題があります。そこで参考になるのが2つ目のポイント、人材育成の仕組みとしての「サバティカル」の導入です。

誰もが少なくとも10~15年に一度は“サバティカル”的に半年~1年程度スキルを刷新する社会が望ましい。サバティカルというのは、特にアカデミアでよく行われる「使途に制限なく、長期で職場を離れることができる制度」で、単なる休暇と言うより、外部機関での長期研究、執筆などに使われることが通常だ。正にこれを世界に先んじて、人材再生の仕組みとして日本で入れてはどうだろうか。

この「サバティカル」というのは、大学教授も兼任しているからこその面白いアイデアだと私は思います。現在、一部の企業では主に若手社員のスキル向上のために企業内大学を開設して人材育成に取り組んでいますが、そこにミドル・マネジメント層を対象としたデジタル人材育成コースを作り、日常業務から半年ほど離れてもらってデータサイエンスなどの知識・スキルを身に付けてもらう。そこで出来上がったコースは他社にも有償で開放する、と言うのは結構現実的な解であるように感じます。

デジタル人材育成のヒント3「AI×データをリアルな体験から学ばせよう」

しかし、日常業務から隔離したとしても、これまで統計学やプログラミングなどに触れてこなかった人たちには、デジタル人材となるための勉強はハードルが高そうです。そこで参考になるのが3つ目のポイント、データ×AIを「リアルな体験から学ばせる」です。

データ×AI技術を道具として学ぶのは高等教育を受ける人のさらに一部しかいない上、必ずしもリアリティを持って教えられていない。この解決のためにはとにかく使って価値と力を実感してもらうことが大切だ。

この「とにかく使ってもらい、リアルな体験から学ばせる」というのは正にその通りだと思います。私は主に仕事でしかパソコンを使わず動画の編集もできないのですが、中学生の息子は文化祭の展示や新入生向けの部活動紹介などの行事ごとに、部活動の内容をまとめてちょっとした動画をササっと作ったりしています。とは言え私の息子が特別な訳ではなく、スマホやPCのアプリを使えば簡単にできるので、息子の周りでもやっている子供が結構いるようです。このようにハードル低く体験してみる、と言うのは新しいスキルを身に付けるのに適した方法なのです。

現在では、ユーザーローカル社の「AIテキストマイニング」など、統計学やプログラミングなどの知識が全くなくても分析を体験できるツールが出てきています。これらのツールにまず触れることから始めれば、ミドル・マネジメント層の方々でも十分にデジタル人材になれる可能性があるでしょう。

『シン・ニホン』を通じて営業DXと私たちの将来を考えよう

ここまで『シン・ニホン』の中から、デジタル人材育成のためのヒントを見てきました。「営業DXと言われても、やれる人材がいない」「どうやって育成したらよいか分からない」という方には参考にしていただけたのではないでしょうか。

ただ、今回ご紹介したのは『シン・ニホン』のほんの一部ですし、著者の「日本はもう一度再生できる」という熱いメッセージまでは伝えきれていないと思いますので、ぜひ書店で手に取って読んでみてください。営業DXについてももちろん参考になりますし、今起こっている世界の大転換と日本の現状について理解し、日本という国として、企業として、個人としての今後の目指すべき方向性を考えるという意味でも、ぜひ皆さんにお読みいただきたい名著だと私は思います。

トライツコンサルティングでは、SFAなどによる営業DXを実現するための、営業デジタル人材育成のロードマップ作りから教育までをサポートしています。「営業DX人材の育成」についてご興味のある方はぜひご相談ください。

参考:「シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成」(安宅 和人、NewsPicksパブリッシング、2020年2月20日)