この記事を読むのに必要な時間は約 12 分です。
2025年5月18日から21日までの4日間、米国ワシントンD.C.で開催された人材育成の世界最大のイベント「ATD 2025」に出席してきました。今回はそのセッション紹介第1弾として、「賢い失敗から学べる組織になる方法」をご紹介します。
営業活動をしていると、失注などの失敗はつきもの。ただ、組織によっては、その失敗がオープンにされてそこから学びを得ているところもあれば、その失敗が給湯室や昼休みなどの雑談でこっそりと話されるだけで、全体としての学びにつながっていないところもあるようです。失敗から学べる組織になるためにどうすればよいのか、そして学びにつながる失敗がどういうものなのか、一緒に見ていきましょう。
「心理的安全性」の第一人者が語る「失敗から学んで成長する組織になる方法」
今回ご紹介するのは、ATD 2025のメインスピーカーであるエイミー・エドモンドソン氏の講演「Unlocking Growth Through Intelligent Failures: Strategy is Advantage of Embracement Fallibility」(賢い失敗を通じて成長の鍵を開ける:失敗を受け入れることの戦略的優位性)。講演タイトルにもあるように、失敗から学んで成長する組織になるための調査・研究成果を熱気たっぷりに語っていました。
中身に入る前に、エドモンドソン氏の経歴を軽くおさらいしましょう。日本でも本屋で平積みされ、ビジネス本としては異例の8万部を売り上げた「恐れのない組織――『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」の著者と言えば、「本のタイトルだけは聞いたことがある」という方もいらっしゃることでしょう。他にも「チームが機能するとはどういうことか」という書籍も出ているなど、組織論の第一人者です。そんなエドモンドソン氏が昨年出版した新刊「Right Kind of Wrong」(邦訳「失敗できる組織」)の内容をコンパクトにまとめ、さらに最新の考えを加えたのが今回聞いてきた講演でした。
失敗の3分類
新刊の邦訳タイトルは「失敗できる」とありますが、ここには注意が必要です。エドモンドソン氏は、どんな失敗でも歓迎しようと言っているわけではありません。講演は失敗を3つの分類に分けるところからスタートしました。
1. 単純な失敗:既知の領域で、単一の原因によって起こる失敗
2. 複雑な失敗:既知の領域で、複数の要因が偶発的に絡み合うことで起こる失敗
3. 賢い失敗 :未知の領域で、十分な準備を行ったうえで生じる予期せぬ失敗
頭の中でこの3つの分類を図でイメージされた方はお気づきかと思いますが、この3分類には抜け漏れがあります。未知の領域で準備をせずに行ったことで生じる、言うなれば「賢くない失敗」というものがあるはず。ただ、そのような賢くない失敗を防ぎ、未知の領域での予期せぬ失敗をできるだけ「賢い失敗」にしようというのが、この講演でのメインメッセージでした。
「賢くない失敗」を防いで「賢い失敗」をする5条件
それでは、「賢くない失敗」を「賢い失敗」にするために何が大事なのか、「賢い失敗」の条件としてエドモンドソン氏が挙げていたのは以下の5つです。
1. 新しい未知の領域で起きた
2. 実現したい目的を目指していて起きた
3. 事前に関連できる知識を入手していた(事前の想定・準備がされていた)
4. この失敗について理解するために、同じ失敗を必要としない
5. 失敗からの学びが特定され、共有され、活用されている
要するに、新しいチャレンジであったとしても、明確な目的や意図、事前の準備もされていないようなものは、「賢い失敗」ではないと言うことです。では、この3分類を見た上で、いったんATD 2025の講演から離れて、私たちB2B営業の世界に戻りましょう。営業の世界における「単純な失敗」「複雑な失敗」「賢い失敗」とは、それぞれどういうものでしょうか。
営業における「単純な失敗」「複雑な失敗」「賢い失敗」
一番わかりやすいのが「単純な失敗」です。例えば、メール送信時の誤字脱字や宛先に関係ない企業の人を入れてしまう、顧客向けの提案書の表紙の宛名が別の顧客企業名のまま、などがこれに該当するでしょう。このような失敗には組織として学ぶ価値はありません。事前チェックの習慣をつける、他の人に見てもらう、などによって予防するべき失敗だからです。
営業においてよくあるのが、次の「複雑な失敗」。これは例えば大型案件の失注などが該当するでしょう。このような失敗の場合、顧客の複数の関係部署の連携ミスや、商談時のキーパーソンの巻き込み不足。予算負担部署の認識違いに、顧客社内での手続の不備。またこちら側での準備不足や営業担当者のスキル不足、相談相手の巻き込み不足など、複数の問題が絡み合って起きる失敗です。
このような失敗を防ぐには、事前にそのような商談を経験したことのあるマネージャーや先輩に相談して、起こりうる問題を事前に想定して、それを予防・軽減するための手を打つ、ということになるでしょう。私が知っている企業では、こういった「複雑な失敗」を防ぐために、社内の営業ノウハウをデータベース化して社内AIに学習させ、営業担当者の相談相手にしている、という取組を行っています。
そして最後の「賢い失敗」ですが、これはあまり頻繁に出会うことはありません。例えば、これまでになかった新ジャンルの新商品の提案や、完全に新規マーケットへの提案、研修で学んだ新しい手法を活用した提案、といったものが該当します。また、既存顧客が他社と合併して顧客の購買プロセスとキーパーソンがこれまでと様変わりしてしまった、というのも「賢い失敗」の条件である「新しい未知の領域」に該当します。いわば、現状に安住せずに新しいことにチャレンジした名誉の勲章とでもいうべきものが、「賢い失敗」なのです。
失敗を組織の学びに活かすための3つの処方箋
このような未知の領域で起こる失敗を、賢い失敗にして組織としての学びに活かすために何が必要なのか、ATD 2025の講演に戻り、エドモンドソン氏の処方箋を見てみましょう。
1. 学びの場を整える
・場の目的を強調する
・組織の背景・文脈に留意する2. 探索にいざなう
・失敗に対して視点を拡げ、事実を掘り下げる良い質問をする
・実験の機会を設ける
・「賢い失敗」と「防げた失敗」の違いを明確にする3. 失敗に対応し組織を強化する
・「賢い失敗」を歓迎する
・失敗からの学びを可能なかぎりシェアする
・失敗について話してくれた人を称賛する
ご覧いただいてどうでしょう。このようなお話をしていると反応は大きく2つに分かれます。「うちはだいたいやれていますね」という組織と、「うちでは無理です」という組織です。失敗を報告したら怒られて、失敗が起こった要因を深掘りして学びを得ようとしても個人への非難や叱責に終始して「吊し上げ」のようになってしまう組織では、失敗から学べないですし、そもそも失敗が共有されること自体がほとんどないでしょう。
処方箋の中にある「組織の背景・文脈」というのがまさにこのことで、エドモンドソン氏の前著「恐れのない組織」で解説されていた「心理的安全性」そのものです。失敗したことで個人への否定や攻撃がされないような組織の背景・文脈が、未知の領域での失敗を「賢い失敗」に変えるために不可欠なのです。
心理的安全性を高めて失敗から学ぶために、失敗を「無毒化」する
この心理的安全性を高めて失敗から学ぶ組織になるための考え方として、講演に出てきたキーワードが「失敗を無毒化する」(Detoxify Failures)というもの。確かに何か失敗がおこると「誰がやったんだ」などと犯人捜しをしたり、少しでも自分に悪影響がないようにと無関係を装ったり、逃げたりして、まさに「毒」のような扱いになりがちです。
それをまず「無毒化」させるということは、皆が安心して冷静にそのことについて考えることができる状態にするということだと思います。単に「個人を責めない」などと言うだけでなく、目の前のトラブルであればまずは鎮火させることでしょうし、感情的にならずに本音で話せる環境づくりも大切なことです。
トライツでクライアントと一緒に過去の成功事例や失敗事例を分析する機会がありますが、そこでの探索/ファシリテーションで留意しているのはまさに「無毒化」そのもの。失敗した個人を攻撃するのではなく、そこで使われていた営業のプロセスやツール、社内のルールなどの「しくみ」部分に注目し、皆さんが冷静に正確な情報をアウトプットできることだけに意識を向けています。
どうしても社内の見知った仲間同士だと、「あの人は前もそうだった」「あの人にはそういうところがある」などと個人を良く知っているがゆえに原因を個人に帰属させてしまいやすくなるもの。予備知識が少なく、人間関係の渦中にいない外部のコンサルタントだからいろいろな過去の失敗も、まるでワクチンを打つように「無毒化」しやすいのだと、講演を聞きながら改めて腑に落ちました。
新しいチャレンジでの失敗から営業のしくみを成長させよう
今回はATD 2025の講演から「失敗を組織の学びに活かす方法」について、見てきました。エドモンドソン氏の冒頭のスライドに大書されていたのは、「学ぶ組織こそが成功する組織」(Organization Succeed, Organization Learn)という文字。新商品の提案や新しい営業手法へのチャレンジなどの、新しい領域での失敗から学びを得るためのヒントとして、営業会議やコーチングの進め方の参考にしてみてください。
次回以降も引き続きATD 2025から日本の営業組織にも役立つ情報をご紹介します。ぜひお楽しみに。
参考:「Unlocking Growth Through Intelligent Failures: Strategy is Advantage of Embracement Fallibility」(Amy Edmondson, ATD 2025, May 25, 2025)