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ブランディングとは、自社の社名や特徴を広く知ってもらうこと。Appleの「Think Different」やIntelの「インテル入ってる」などが有名です。また、衣料品メーカーのパタゴニアのリサイクル活動なども、同社のエコを重視する価値観を伝えるブランディングの一種だといえるでしょう。
ただB2B企業の場合は、「狭い業界でお互い見知っているから必要ない」「テレビCMをやるような会社/業界の規模でもないし、展示会などの販売促進で十分」など、「特に何もやっていない」ところが多いようです。ところが、この「特に何もやっていない」ことによって営業活動に悪影響がもたらされている、という気になる記事を見つけてしまいました。
そこで今回は、営業の観点からB2B企業のブランディングについて改めて考えてみたいと思います。自社のブランド認知にお悩みの方も、「ウチの業界/会社にブランディングなんて要らないでしょ」とお考えの方も、ぜひお読みください。
オランダで開催されたカンファレンス「SaaSiest Amsterdam 2024」の講演から抜粋してご紹介
今回ご紹介するのは、欧州のB2B SaaS系企業向けのコミュニティサイトSaaSiestの「B2B Sales Broken? Discover the Surprising Fix That Can Boost Your Deal-Closing Success」(B2B 営業がうまくいかない?受注率を高める意外な解決策を見てみよう)という記事。実はこれ、今年(2024年)の10月1日から2日にかけて、オランダのアムステルダムで開催されたSaaSiestのカンファレンス「SaaSiest Amsterdam 2024」の講演の聴講録なのです。
そこで講演していたのは、LinkedInのマーケティングスペシャリスト、ミミ・ターナー氏。同氏によると、B2B営業の受注率を高める意外な解決策が「ブランディング」だというのです。いったいどういうことなのか、まずはB2B営業がうまくいかない理由の分析からスタートしましょう。
商談の40%以上が顧客内の「合意の欠如」で停滞してしまっている!?
彼女の研究で最も驚くべき発見の一つは、顧客の購買関係者間での「合意の欠如」によって取引のじつに40%以上が停滞していることです。この原因は製品の複雑さや激しい競争ではなく、「何かを意思決定するよりも、何もしない方がまだましだから」だと説明します。(中略)
B2Bの意思決定は、失敗や損失に対する恐れ、大勢の前で間違った選択をしてしまうことへの恐れによって影響を受けます。「損失の痛みは利益の喜びよりも大きい」という心理によって意思決定はより消極的になり、ベストな選択肢より最もリスクの少ない選択肢を選ぶ傾向があります。
この合意の欠如によって商談が停滞してしまうという出来事については、以前の記事「海外で話題の営業本『ジョルト・エフェクト』から学ぶ!優柔不断な顧客を支援する『4つの処方箋』」でも触れています。意思決定できない顧客という問題は、日本やアメリカと同様にヨーロッパでもあるようです。では、ターナー氏が考える「最もリスクの少ない選択肢」がどういうものなのか、続きを見ていきましょう。
顧客が合意できないのは、その企業が知られておらずリスクだから
彼女の発見によれば、81%の商談では購買関係者全員が既に知っているブランドからのみ購入され、わずか4%の商談で一部の購買関係者だけが知っているブランドから購入されます。これは、よく知られたブランドであることが大きな利点である理由です。「他の条件が同じであれば、知名度の低い企業は却下される」と彼女は説明します。(中略)
法務部門や財務部門などの「隠れた購買者」は、製品の機能についてではなくその企業と取引するリスクを理由として、候補に挙がった企業の半数以上を却下しています。
つまり、顧客が意思決定しようとするとき購買関係者全員にとって「この企業ならよく知っているし安心だ」と思われないと、「よく知らないから今回はやめておこう」となり取引が流れてしまうというのです。確かに普段の行動パターンが「このレストラン/定食屋はまだ入ったことないから、試しに入ってみよう」という人であっても、会社のお金で上司や関係部署とベンダーを選ぶ際は「よく知らないからいったん見送ろう」となることでしょう。
受注率向上のために、隠れた購買者に対して信頼を醸成するブランディングが必要
そのため、ターナー氏はB2B営業の受注率を高めるために、顧客社内での認知度が低いであろう企業こそ積極的にブランディングしなければならない、と主張しています。
B2Bでは、技術的な側面にあまり関与していないが重要な意思決定力を持つ、「隠れた購買者」に対してマーケティングを行うことが重要です。この人たちは、買おうとしている製品の機能や性能ではなく、ブランドの印象やそれがもたらすリスクに基づいて製品を評価しているからです。(中略)
ブランドがより親しみやすく信頼されるほど、顧客の購買を成立させ、長期的な関係を築くチャンスが高まります。成功への道は、人々が信頼するブランドになることなのです。
というわけで、B2B企業のブランディングの目的は、顧客社内の隠れた購買者に対して「親しみ」と「信頼」を醸成することで購買の成立を後押しすることだ、というのがターナー氏の主張です。単に広く認知度を高めたり自社の特徴を理解してもらおうというだけでなく、隠れた購買者をターゲットに信頼されるようなコミュニケーションを取ろう、というところにターナー氏のアイデアの独創性があるように思います。
顧客から信頼される自社流のブランディングを考えよう
このように考えると、例えばSalesforce 社が毎年開催している一大イベントDreamforceなどは、目の前の商談相手だけでなく関係者も広く招いて、自社SFAを使ってビジネスを成功させているユーザー(Trailblazers)の講演を聞かせることで、まさにこの信頼を一気に醸成している、すぐれたブランディングだと言えると思います。
とはいえ、そのような巨大ホテルの複数フロアを何日も貸切る規模が絶対に必要なわけではありません。自分たちがどのような会社で、いかに安定して着実にビジネスに取り組んでいるかが伝わるようなものであれば、自社主催のイベントでも業界団体が主催する展示会への出展でも大丈夫でしょう。
また、忙しくて来られない方向けには動画での会社紹介や顧客の声などを取りまとめた資料でもいいですし、大規模な展示会で講演などできるのであれば、そのことがわかるチラシを見せるだけでも有効なはずです。大事なのはお金をかけることでなく、製品の独自性や技術の先進性を伝えることでもなく、信頼して仕事を任せられる相手だと感じてもらうことだからです。
自社のことを顧客の購買関係者たちはどう思っている?
以上、B2B企業におけるブランディングの価値や役割について、SaaSiestの記事、そしてその元となったSaaSiest Amsterdam 2024の講演をご紹介してきました。その記事の中に「ブランドとは、他の人が自分たちに対してどう思っているかをまとめたもの」という表現があります。
そこで、ブランディングに取り組む前に、普段お会いしている顧客の担当者、その方の上長、上位の意思決定者、そして購買部門などの「隠れた購買者」が皆さんの会社についてどう思っているかを情報収集してみてはどうでしょう。
そしてもう1つ、これまでお伝えしてきた企業単位でのブランディングだけでなく、営業担当者の個人単位でのブランディングでも同じことが言えるはず。皆さんが営業をされているのであれば、「隠れた購買者」が皆さんのことをGoogleやChatGPTで検索したときにどんな情報が出てくるのかを知ることも大事です。皆さんの企業、そして皆さん自身について「隠れた購買者」がどのような情報を受け取っているのかを確かめることで、どのような情報発信をすべきかが見えてくるのだと思います。
参考:
「B2B Marketers Have One Job: To Give the Buyer Group Permission To Agree」(Mimi Turner: Head of EMEA & Latin America, LinkedIn., SaaSiest Amsterdam 2024, October 1, 2024)
「B2B Sales Broken? Discover the Surprising Fix That Can Boost Your Deal-Closing Success」(The SaaSiest Company, October 21, 2024)