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2023年5月5日のこどもの日に、皆さんもご存じの企業が満20歳の誕生日を迎えました。その企業とはビジネス系SNSの代表格であるLinkedIn。この記事をお読みの中には、すでに登録している方もいらっしゃるのではないでしょうか。 

ここで「なんだ、SNSの話か。それなら自分には関係ないや」と思われた方は、ちょっとお待ちください。今回の記事はSNSを使った営業の話ではなく、LinkedInが20周年を記念して発表した調査記事をベースに考えようというものです。 

それは「How B2B Sales Has Changed Over the Last 20 Years – And How to Best Respond」(この20年でB2B営業はどのように変化したか、そしてどう対応するのが最善か)です。20年前の2003年ごろからのB2B営業の変遷をまとめ、これからも勝ち続けるための指針を示してくれています。 

このLinkedInの記事を参考にしてB2B営業の20年の変化を概観し、何が本当に大事なのかを考えてみたいと思います。AIなどのテクノロジーが浸透するこれからのB2B営業の世界で、人間である私たちにしか提供できない価値は何なのか、一緒に見ていきましょう。 

今とはまるで別世界の20年前のB2B営業の風景

20年前の2003年を思い返すと、ビジネスの風景は今とはまったくの別世界のようです。SFAは存在していましたがあまり普及しておらず、今のSalesforceなどと比べると使い勝手も洗練されていませんでした。携帯電話はありましたがスマホはまだ存在しておらず、動画の撮影や編集はプロにお願いするものでした。

営業研修もありましたが立て板に水の応酬話法のロールプレイが多かったように思いますし、企業もようやくホームページを作り始めたくらいで、Webで手に入れられる情報は今ほど多くはありませんでした。そして、リモートワークなんかは夢のまた夢。満員電車に乗って9時前に会社に到着し、ホワイトボードに一日の予定を書いてから客先を訪問し、会社に戻って残業して同僚と近場の居酒屋で一杯飲んでから帰るという働き方が普通でした。

B2B営業に起こった3つの大きな変化

そのような20年前と比べてB2B営業に起こった3つの大きな変化について、LinkedInの記事の前半は以下のように整理しています。

1. 顧客は、あなたの製品についてはるかに多くの情報を得るようになりました
20年前は営業担当者が製品についての主要な情報源でしたが、今やその情報はすべてWeb上にあります。顧客の購買活動のうち、営業担当者と話す時間はたったの13%。3社の営業担当者と商談をしているとすると、個々の営業担当者は顧客の購買プロセスのわずか3~5%にしか関与できていません。

2. 顧客は、自社のビジネスや業界、自分自身について知られることを期待しています
営業担当者も顧客の業界やビジネス、そしてSNSを通じて購買担当者のことを簡単に知ることができるようになりました。そのため、それらを調べずに質問することは、営業担当者がリサーチするほどの関心がなく準備もせずに現れたというメッセージを顧客に送ることに等しくなってしまいました。

3. 営業チャネルの多くがデジタル化し、コンタクトを取るのは簡単でも、つながりを築くのは難しくなっています
営業担当者が現在使っているテクノロジーは20年前には存在していなかったものばかり。そして、ツールの普及が必ずしも良い結果につながっているわけではありません。MAツールは顧客にとって意味のない迷惑メールをまき散らすものになり、Web通話でミーティングを簡単にできるようになりはしたものの、人脈を形成するのはより難しくなっています。

3つのトレンドとも、とても納得できるものばかりですね。この3つを一言で言うと、B2B営業はこの20年間で「対面主体で営業担当者主導の営業活動から、デジタル主体で顧客主導の購買活動を支援すること」に変化したということだと思います。

個人的にはChatGPTなどの生成AIの登場が触れられていないのが気になりますが、LinkedInが次の10年を振り返るときにはきっと一番目の(もしかしたら唯一の?)大きな変化として、ピックアップされているはずです。

生身の人間である営業に求められる3つのポイント

では、このような大きなトレンドの変化を経たこれからのB2B営業において、生身の人間である営業担当者や営業マネージャーには何が求められるのか。記事の後半では、3つのポイントが挙げられています。

1. 顧客の業界の専門知識と洞察力で差をつける。
顧客の業界のビジネスコンサルタント、プロの問題解決者となる。もしくはそれができる専門家を顧客に引き合わせられるようになる。

2. 少なく深い営業に集中する。
テクノロジーを駆使した浅い売り込みが雪崩のように起きている中で、少数の見込客に対してパーソナライズされたアプローチで仕掛け、クライアントに最も役立つカスタマイズされたソリューションを作り上げる。

3. 自分自身を大事にする。
仕事以外で、よりよいパフォーマンスを発揮するための習慣を持ち、生活の中に組み込む。

1つ目と2つ目のポイントをもう少しかみ砕くと、「自社製品の専門家ではなく、顧客の業界の専門家になる」「幅広い見込客への浅いアプローチはテクノロジーに任せ、人間はパーソナライズ/カスタマイズした深いアプローチに特化する」ということだと思います。テクノロジーを否定するのではなく、うまく分業することで生身の人間が営業することの意味や価値を見出そうとする、上手なまとめ方だと思います。

B2B営業の一般的な光景

先日事務所に出社したときのことですが、複合機・プリンターの新しい営業担当者が引き継ぎの挨拶にやって来られました。現在使っている複合機に不具合もなかったので、ファイアウォールなどのネットワーク機器を軽く紹介するだけで帰っていきました。B2B営業でよくある一般的な光景だと思いますが、向こうにとっては商談化することもなく、私にとっては役立つ情報を聞けたわけでもなく、双方にとってあまり意味のある時間になっていませんでした。

もし、今回のLinkedInの記事にあるようにその新しい担当者が、私たちの事業について事前に調べてきて、役に立つ情報提供から話を始めていたらどうなっていたでしょうか。
「B2B営業の人材育成のサービスをやられているんですよね。新しい研修の進め方とそれを可能にするデジタルツールを、事例形式でご紹介できるのですがお聞きになりますか」
「今度セミナー開催されるんですね。コンサルティング企業などで成果が出ている、SNSを活用したセミナーやイベントの集客テクニックをまとめたコンテンツがあるのですがご覧になりますか」
などと切り出してくれていたら、10分で帰っていただくことなく、お互いにとって有意義な時間になっていたのではないかと思います。このような例でイメージすると、自社製品の専門家ではなく、私たち顧客の専門家になってくれて、カスタマイズしたアプローチで顧客に接することには、確かに価値があるように思います。

ホモ・デウスの「無用者階級」にならないために、人間だからこそ意味のある役割を担おう

生成AIの登場によって、様々なホワイトカラーの仕事がAIによって置き換えられてしまうのではないか、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書『ホモ・デウス』にあったような「ユースレスクラス(役立たず/無用者階級)」に自分たちがなってしまうのではないか、といった心配の声も出ています。海外では、映画脚本家やイラストレーターといった職業の人たちがAI利用に反対するストライキを行ったりもしているようです。

以前のトライツブログで取り上げたような、ほぼ自動でAIが提案書のストーリーを考えてスライドを生成してしまう様子や、見込客向けの営業メールや顧客からされるであろう質問への回答を事前に準備する様子を見てしまうと、同じようなことがB2B営業という仕事でも起こってしまう可能性がゼロではありません。

しかし、その一方で「顧客の業界の専門家」「パーソナライズ/カスタマイズした深いアプローチ」はAIでもできなくはないですが、自分たちが進めようとしている購買活動について相談したい顧客にとって、人間だからこそ意味のある役割・接し方です。AIをうまく活用しつつ、AIではなしえない役割を高いレベルで担うために、顧客にとってのコンサルタントとして自分を磨き続けることがこれからより重要になってくる。このことをLinkedInの記事が教えてくれているように思うのです。

これからも、トライツブログでは、テクノロジー以外の生身の営業としての役割やスキルについて引き続き情報収集・発信していきますので、一緒に学んでいきましょう。

参考:「How B2B Sales Has Changed Over the Last 20 Years – And How to Best Respond」(Paul Petrone, LinkedIn Sales Blog, May 2, 2023)