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コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニー社が毎年発表しているB2B営業の調査レポートに、「B2B PULSE」というものがあります。このブログでも何度か取り上げてきましたので、見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。通常は1年に1回発表されていたのですが、コロナ禍のころは年に2~3回のペースでB2B営業に起きている変化を伝えてくれていましたので、とても頼りになる情報源でした。

そのB2B PULSEの最新版が発表されました。今回のブログではそのレポートから、「コロナ禍を乗り越えて成長するB2B企業の成功のカギ」をご紹介したいと思います。現在のB2B営業で市場シェアを拡大するには何が必要なのか、一緒に見ていきましょう。

混乱の時代でも市場シェアを伸ばした成功企業に共通する5つの戦略とは

今回ご紹介する最新版のB2B PULSEのレポートタイトルは「The multiplier effect: How B2B winners grow」。意訳すると「B2Bで成功するカギは乗数効果」。

コロナ禍以降のウクライナ危機とそれによるエネルギー価格高騰、中国のロックダウンによる世界的な物流の大混乱、そして物価や賃金の高騰とそれを防ぐための金利の急上昇など、ここ数年の欧米企業のビジネス環境は混乱を極めていました。そのような環境でも市場シェアを10%以上拡大したB2B企業をこのレポートでは「成功企業」とし、共通する5つの戦略を抽出しています。タイトルにある「乗数効果」というのは、この5つの戦略は単独でも市場シェア拡大に効果がみられるものの、それを多く組み合わせて取り組んでいる企業ほどより大きく市場シェアを拡大していることを表しています。

それではB2Bの成功企業に共通する5つの戦略を見ていきましょう。ただ、以下にご紹介する内容は、戦略の間の関連性がわかりやすくなるように順序を入れ替え、それらの戦略の概要を端的に解説している個所を抜粋・編集しています。

まずは1つ目と2つ目からです。

戦略1&2:ハイパーパーソナライゼーションを可能にするテクノロジーの導入と実践

1. ハイパーパーソナライゼーション
これまでの行動、購入経験、検索内容に基づき、個人に特化したコンテンツを提供する。

2. 高度な営業テクノロジーの導入
顧客の興味関心を予測するための予測分析ツールと、コンテンツをパーソナライズするツールの導入。そのほかに、見込客に優先順位をつけて、マーケティングとセールスのプロセスを自動化して実行するツールを導入する。

最初の2つは徹底したパーソナライゼーションと、それを実現する自動化テクノロジーの導入です。ここでのポイントは、従来の企業単位のカスタマイゼーションではなく、顧客企業の中にいる購買担当者一人ひとりに合わせたパーソナライゼーションが重要だということです。

ちなみに、先日東京ビッグサイトで開催されたデジタルマーケティングEXPOに行ってきたのですが、日本市場にもB2B営業向けパーソナライゼーションツールがいよいよ出てきました。ある企業に話を聞いたところ、まだSFAとメールの情報を使ったパーソナライズしかできないそうですが、今後はSNSやチャット、Web会議などパーソナライズの元となるデータを拡張していく予定だとのこと。技術開発が進んでいけば、日本でも当たり前の営業ツールになる可能性が大いにあると思います。

話を戻しましょう。なぜパーソナライゼーションが必要なのか、それはB2Bの購買活動がどんどんB2Cのオンラインショッピングに近しくなってきているからです。続けて3つ目と4つ目の戦略を見ていきましょう。

戦略3&4:マーケットプレイスを含むeコマースの導入

3. マーケティングから営業までをカバーするeコマースの導入
B2B購買は完全にB2C化している。B2B購買担当者のうち35%が、最も効果的なチャネルとして「eコマース」と回答。「対面販売(26%)」や「Web会議(12%)」などを抑えて、第一位のチャネルとなった。また、B2B顧客の意思決定者の70%が、1回のeコマースでの購買に50万ドル(6~7千万円)を払ってもよいと回答している。

4. 第三者によるマーケットプレイスの活用
市場シェアを拡大した企業の48%が、第三者が運営するマーケットプレイスを利用しているのに対し、シェア低下した企業で利用しているのは13%のみ。

ここで衝撃のデータが現れます。B2B購買担当者が「eコマース」を効果的なチャネルの第1位に選出したとのこと。また、この35%という割合は、「対面販売」と「Web会議」という営業担当者が関わる2つのチャネルの合計38%に肉薄する割合になっています。

そしてもう1つの発見が、高額商品・サービスの購買であってもeコマースが選ばれているということです。これまで、eコマースは事務用品やソフトウェアやPC周辺機器などの安価で比較的シンプルな商品の購買に向いていて、高額だったり複雑な内容の商品・サービスを購入する場合は営業担当者との対面の商談が向いている、という認識があったように思います。しかし、現在では高額な商品・サービスでも営業担当者を介さずにeコマースが選ばれるようになっているため、それを導入することが市場シェア拡大には不可欠だというのです。

戦略5:対面とデジタルの両方をカバーするハイブリッドな営業チーム/担当者の育成

5つ目の戦略は、営業組織・担当者の役割/スキルについてです。

5. ハイブリッド営業チームのアサインとスキルアップ
これまでの営業キーマンは対面を担当するアカウント営業担当者だったが、現在は複数のチャネルをつなぐハイブリッドセラーがキーマンとなっている。これは、バーチャルでのデモンストレーションから、デジタルチャネルでの関係構築、そして営業プロセスの各段階で必要なときに直接対応できる、ハイブリッドな担当者が重要になるということである。

今回のレポートの中で私が一番面白いと思ったのが、この5つ目の戦略。タイトルでは「ハイブリッド営業チーム」とありますが、記事を読み進めていくと、これからはチーム単位で対面とデジタルをカバーする「ハイブリッド営業チーム」から、営業担当者一人ひとりがそれぞれ対面とデジタルの両面で顧客の購買を支援する「ハイブリッドセラー」にならないといけない、と書いてあるのです。

そして、このハイブリッドセラーの守備範囲も、対面もやるしWeb会議もやるというだけではありません。これまでに紹介した4つの戦略を活用すること、つまりSFAやWebの閲覧情報、メールの開封情報などからパーソナライズされたコンテンツを作ってメールやSNSでタイミングよく送信することや、顧客の好みに応じてeコマースに誘導してそこで購買させることなど、これまではマーケティング部門の仕事だとされていたことまで含みます。

記事の中では、様々な購買チャネルをまとめてコントロールするハイブリッドセラーの役割を、アメリカンフットボールの司令塔である「クオーターバック」になぞらえています。どのチャネルにどの顧客がいて、順調に進んでいるのか困っているのかに目を配り、その状況に合わせて各チャネルに指示を出したり、時には自らもプレーに参加する。日本人の私たちには馴染みの薄いアメリカンフットボールですが、クオーターバックというたとえは現在のハイブリッドセラーの役割を表現するのにぴったりだと思います。

「eコマース」と「ハイブリッドセラー育成」は要注目テーマ

久しぶりにご紹介したマッキンゼー社のB2B PULSE。今回もとても面白く、参考になるレポートだったと思います。

5つの戦略とそこから得られた提言をギュッとコンパクトにまとめるなら、「必要なテクノロジーと営業人材育成に投資して顧客のeコマースとパーソナライゼーションの要求に応えないと、B2B営業に未来はない」ということ。対面での営業活動にこだわり続けて、eコマースなどのデジタル基盤の整備やそれを扱える人材の育成を怠っていると、ビジネスチャンスが、ひいては市場シェアが手の上からどんどんこぼれ落ちてしまうということです。

購買チャネルとしてのeコマースの整備と、営業担当者へのWebマーケティングスキルの装着。この2つのテーマは日本のB2B営業においても今後重要になってくると思います。このトライツブログでも引き続き情報収集し、トレンドや成功事例をご紹介していきます。これからも一緒に学んでいきましょう。

これから旬になる『両利きの営業力』もお読みください

「営業担当者一人ひとりが対面とデジタルをカバーするハイブリッドセラーにならなければならない」
実は、この話は弊社代表の角川が昨年出版した『両利きの営業力』そのもの。今回の記事を読んで真っ先に「出版のタイミングが少し早かったのかもしれない・・・」と思ってしまいました。1年前の本ですが、これから日本でも旬になる内容です。こちらのリンク先から、「はじめに」と目次を無料でご覧いただけますので、まだお読みになっていない方はご一読ください。

参考:「The multiplier effect: How B2B winners grow」(Julia McClatchy, Candace Lun Plotkin, Karolina Sauer-Sidor, Jennifer Stanley, and Kevin Wei Wang, McKinsey & Company, April 13, 2023)