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「B2B営業担当者の6割近くが『新しいデジタルツールの導入が仕事全体の効率化の妨げになっている』と回答している」
実はこのデータ、日本ではなく米国(2022年、Gartner社)のもの。様々な営業デジタルツールが導入され、デジタル活用先進国とされている米国の営業組織でも、日本と同様にデジタルツールの導入・活用に頭を悩ませているようです。

そのような中、B2B営業向けの情報サイトSelling Powerで「Five Ways to Increase Sales Technology Adoption」(営業デジタルツールの導入を促進する5つの方法)という記事が発表されました。

コロナ禍以降、日本でもWeb会議システムや動画の作成/編集ソフトなどデジタルツールの導入が進み、多くの組織が今は一息ついているところではないでしょうか。ただデジタルツールは導入したものの、それを使いこなせているか、生産性や業務効率を高められているか、と聞かれると答えに窮する組織も少なくないように思います。

デジタルツールの導入をスムーズにし、その目的である営業生産性向上や効率化を実現するためにどうすればいいのか、一緒に学んでいきましょう。

営業デジタルツールの導入を促進する5つの方法

「5つの方法」の前に、この記事の記者であるダン・ゴットリーブ氏について簡単に解説します。氏は冒頭で紹介したデータの調査会社Gartner社のシニアディレクターアナリスト。Gartner社に移るまでの10年以上、SaaS企業で実際にデジタルツールの販売と導入支援に携わってきた経験がある実践型のスペシャリストです。この人が今の時期に改めて何が大事だと考えているでしょうか。順番に見ていきたいと思います。

方法①パイロット実践チームで成功させる

1つ目は「パイロット実践チームで成功させる」。
いきなり全社展開するのではなく、ちゃんとパイロットチームで成功体験をさせようということです。そして記事の中では
・マネージャーがデジタルツールの導入ではなく、それを通じた業務課題の解決にコミットしていること
・支援メンバーをチームに含めること
の2点が成功体験づくりのために特に重要なポイントとして記載されています。

このことは以前から言われてきたことで、SFAなどではいきなり全社導入するのでなく、パイロットチームでの導入からとされることが多いように思います。ただ、それはどちらかというとシステムが自社に合っているかを確認したりするもので、「成功させる」というところまで至っていないのではないでしょうか。

「これは成功だ」と言えるところまで徹底的にやってみることが重要だということだと感じました。

方法②営業現場で受け入れられる新しい業務プロセスを採用する

2つ目は英文をそのまま訳すと、「営業現場で受け入れられるデジタルツールを採用する」でした。この文だけを読むと、日本の営業組織でデジタルツール導入の際によく耳にする「今までの業務手順を変えたくない」「既存のシステムとできるだけ同じ見た目/操作になるようにカスタマイズしてほしい」という話のように思えてしまいますが、まったく違います。

記事の中では「デジタルツール導入による新プロセスがどのように問題を解決し、営業担当者のエクスペリエンスにどう影響するかを確認しよう」と書いてありますので、「デジタルツール導入=既存業務プロセスの改善」という図式が大前提となっています。現状の業務プロセスに課題があることを認識し、その解決のためのデジタルツール導入だということを踏まえたうえで、新しいプロセスが現場の営業担当者に受け入れられるものになるように選定しよう、ということなのです。

従って、ついコストと時間を掛けて既存の業務プロセスにシステムを合わせようとカスタマイズしがちな日本においては、「営業現場で受け入れられる新しい業務プロセスを採用する」とした方が良いと考えました。

方法③デジタルツール導入で解決したい業務課題をブランディングする

3つ目は「デジタルツール導入で解決したい業務課題をブランディングする」。
ブランディングと言われるとちょっとハードルが高い感じがしてしまいますが、記事で言っているのは「デジタルツールの導入を目的とするのではなく、それによって引き起こしたい自分たちの変化を目的とした、変化のストーリーを作って伝えよう」ということ。

これまでの経験を思い出してみても、デジタルツール導入の際に「変化のストーリー」を作っている営業組織はほとんどないように思います。システム部門が主導で導入しようとすると、どうしてもツールの導入や活用が最終目的となってしまうので、自分たちのビジネスの変化のストーリーを描くことができないのです。

その一方で、「環境変化によって自社の戦略/ポジショニングを大きく変えなければならない。営業プロセスをもっとマーケティング重視のものにする。そのプロセスではこの新しいマーケット情報分析ツールを使う」というように、デジタルツールの導入・活用がより大きな目的の手段になっていたケースでは、比較的すんなりと導入が進んでいました。この例のようにデジタルツールの導入・活用を、自社戦略の変更のようなより大きな変化のストーリーの必須構成要素として位置付ける、というタイプの「変化のストーリー」づくりも有効だと思います。

方法④導入/改善/拡大のサイクルを繰り返す

4つ目は「導入/改善/拡大のサイクルを繰り返す」。
これを端的に言うと、営業現場からのフィードバックを反映しながら、導入先を段階的に広げていこう、ということ。多少見た目がイマイチでも、自分が工夫して作った料理は美味しいもの。現場から要望を集めては、迅速に反映することで現場のユーザーにとってなじみと愛着のあるシステムへと育てていくことが可能なのです。

方法⑤実践的でアジャイルな学習の場を提供する

そして最後の5つ目は「実践的でアジャイルな学習の場を提供する」。
ここでいうアジャイルは「短サイクル&高頻度」を意味しています。長々とした研修ではなく、短時間の解説動画を分割して配信するといったことです。

また、記事の中では「コミュニティを通じた学習の場」の重要性が説かれています。仲間同士でお互いの工夫を共有したり、相談にのれるようなユーザーコミュニティがあると、困ったときに役に立つことでしょう。

「デジタルツール導入=既存業務プロセスの改善」という大前提を忘れずにDXに取り組もう

以上、「営業デジタルツールの導入を促進する5つの方法」を1つずつご紹介してきました。全体を通して見ていて私の印象に強く残ったのが、「デジタルツール導入=既存業務プロセスの改善」という基本的な考えが一貫していることでした。1つ目にあった「営業マネージャーは業務課題解決にコミットすべし」というポイント。2つ目にあった「デジタルツール導入による新プロセスがどのように問題を解決するかを確認し、現場から受け入れられるものを選ぶべし」という内容。そして3つ目の項目ではタイトルそのもので「デジタルツール導入で解決したい業務課題をブランディングする」とありました。

ここ数年のDXブームの中で、「既存の業務プロセスをそのままにして単にデジタル化するだけでは意味がない。デジタル化に合わせてより良いプロセスに変えてこそのDXだ」という話をよく見聞きするようになりました。デジタルツールの導入・活用を目的とするのではなく、それを手段とする業務プロセスの改善とその先にある生産性向上/効率化をゴールとして見据える。今回ご紹介した記事から私たちが学ぶべきは、「5つの方法」だけでなくその根底に一貫して存在していたDXの本質そのものなのではないでしょうか。

参考:「Five Ways to Increase Sales Technology Adoption」(Dan Gottlieb, Gartner Inc., Personal Selling Power Inc., 2022)