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自社のことを選び続けてくれて、さらには周りに推奨までしてくれる。ロイヤルティの高い顧客は企業にとってありがたい存在ですし、自社の商品・サービスや営業活動が間違っていないことを教えてくれる存在でもあります。

「顧客ロイヤルティが大事だ」ということが2000年ごろから言われるようになり、それをどうやって測定するかが営業企画・マーケティング担当者の悩みの種でした。一昔前でしたらLTV(Life-Time Value:顧客生涯価値)、最近ではNPS(ネットプロモータースコア)が主流となっています。

そして最近、NPSの発案者から顧客ロイヤルティを測るための新しい指標「獲得成長率」が提唱されていることをご存じでしょうか。NPSの欠点をカバーすると言われているこの新指標がどのようなものなのか、私たちB2B営業・マーケティングにとってどのような価値があるのか、早速見ていきましょう。

顧客ロイヤルティの測定指標「LTV」とその欠点

最新の指標について見る前に、これまでのLTVとNPSの概要とその欠点について、簡単におさらいしておきましょう。

まずLTVとは、顧客が自社にとって長期的にどれだけの価値があるかを測る指標です。ロイヤルティの高い顧客は長い期間購入し続けてくれますし、購入頻度や1回当たりの単価が上がったりもします。このような顧客維持年数と顧客の将来の売上を掛け合わせて、顧客であり続けてくれている期間全体の価値を測定しようというものです。

ただ、現在の顧客がどれだけの間買い続けてくれるのか、その金額がどれくらいまで上がるのかを正しく推測するのはとても困難です。また、将来の利益額を現在の金額に換算しようとするときは割り引いて計算しなくてはならない、という財務会計的な処理も求められるようになり、普通のビジネスパーソンでは理解不可能な複雑怪奇なものになってしまいました。

顧客ロイヤルティの測定指標「NPS」とその欠点

そのような複雑さをできるだけ排除してシンプルに顧客ロイヤルティを測れるようにしようと、フレデリック・ライクヘルド氏によって開発されたのがNPSです。これは自社の商品・サービスについて「親しい友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?」と顧客に質問し、10点(満点)から0点までの間の点数で回答してもらうもの。9点以上の推奨者が40%で6点以下の批判者が30%いれば、NPSは40%から30%を引いた10%(NPSでは+10と表記)となります。

LTVよりも圧倒的に簡単なNPSは、現在多くの企業で顧客ロイヤルティを測る指標として導入されています。私の知っているB2B企業でも、顧客満足度を定点観測するために毎年顧客にこのNPSを含んだ質問票を送付・回収し、分析しているところがあります。

しかし、このNPSにも欠点があります。それは、顧客の主観的な評価に基づくため、操作しようと思えば操作できてしまうというものです。例えば営業担当者が顧客に調査票を送る/渡すときに「私や支店の評価につながってしまうので、どうか基本は10点でご回答ください」と頼んだり、「10点でご回答いただけた方には○○をプレゼント」といったようなことができてしまい、得られたスコアの信頼性が失われてしまうというものです。

このNPSの課題については発案者のライクヘルド氏も最新の著書「『顧客愛』というパーパス<NPS3.0>」(原著「Winning on Purpose」)で、以下のように認めています。

信頼性の高いデータをいかにして作成するか。調査に基づくスコアを目標にすると、精度や効果を損ねてしまう。(中略)観察可能な行動に基づく、客観的で会計士が測定可能な数値を用いて、調査ベースのスコアを補強する必要がある。

LTVやNPSに代わる新指標「獲得成長率」の登場

このような問題意識から、新たに発明されたのが「獲得成長率」(Earned Growth Rate:EGR)です。この獲得成長率は新時代のNPSという期待を寄せられて、昨年(2021年)秋のHarvard Business Reviewでは「Net Promoter 3.0」というタイトルで論文が紹介されていますし。また、同時期に発売された「Winning on Purpose」という書籍はベストセラーとなるなど、米国では大いに話題になりました。

しかし、「Winning on Purpose」の訳書「『顧客愛』というパーパス<NPS3.0>」が最近(2022年9月30日)発売されたにも関わらず、なぜか日本では獲得成長率がほとんど話題になっていません。ただ、B2B営業・マーケティングに関わる方にとってとても参考になる内容ですので、このブログをお読みの方に簡単にご紹介したいと思います。

「獲得成長率」とは

獲得成長率の基本的な考え方は下の一本の式で表現されています。
顧客ロイヤルティ = 極めて低い離脱率 + 強力な顧客紹介
つまり、維持できている既存顧客と、既存顧客からの紹介や評判などによって獲得した新規顧客からの売上を「獲得(Earned)」と呼び、これの合計を顧客ロイヤルティの指標としよう、というものです。ちなみに、広告やキャンペーン、営業担当者の努力によって集めた新規顧客からの売上は「購入させた(Bought)」と呼んでいます。

具体的にどのように計算するのか、例を見てみましょう。

上にA社とB社の昨年と今年の売上構成比を図示しています。A社は昨年売上のうち、90%もの既存顧客を維持することができました。また、今年になって30%の新規顧客を獲得していて、そのうち既存顧客からの紹介である「獲得」が20%もありました。そのため、「既存顧客の継続」の90%と「獲得した新規顧客」の20%を合計した110%から、昨年の売上分の100%を差し引いた+10%がA社の獲得成長率です。

これに対して、B社は昨年から既存顧客の売上が50%も減少してしまっていますし、合計して70%もの新規顧客を集めているものの、既存顧客からの紹介である「獲得」は10%しかないため、獲得成長率は-40%とA社と比べると相当見劣りするものになっています。

賛否両論が入り乱れる「獲得成長率」

このように、獲得成長率の考え方はとてもシンプルですし、売上高という会計上の数値を使っているのでNPSであったような信頼性の欠点もなく、顧客ロイヤルティを測る優れた指標のように見えるのですが、米国では発表当初から賛否両論が入り乱れています。調査会社Forrester社の記事「Earned Growth」は基本的には称賛している側のスタンスでありつつ、反対派の意見も非常によく整理されていますので、ここから反対意見を抜粋します。

獲得成長率を計算するためには、顧客ごとの収支管理である「顧客ベースの会計」が必要だが、そのデータの収集は多くの企業にとって難しい

顧客は様々な理由の組み合わせで購入を決意するため、獲得型と購入型の2つには単純に分けられない

獲得型と購入型に分類する標準的な手法が確立していない

獲得した顧客についての評価を高めることは、組織に対立を発生させる可能性がある

一番最後の項目をわかりやすく言うと、既存顧客の維持や紹介が重要視されることでアカウント営業担当者や顧客サポート担当者が高く評価される一方で、一生懸命考えた広告やプロモーションで集めた新規顧客が軽視されることでマーケティング部門への評価が過剰に低くなってしまい、これによって対立が起きるということです。そして、自分たちの仕事を侮辱されたと腹を立てているマーケッターも実際にいたりします。

この発端として、ライクヘルド氏が著書の中で獲得成長率が低い企業のことを「販促活動や攻撃的な販売戦術を通じて成長を買うための過剰投資を続け、既存顧客を喜ばすことにちっとも金をつぎ込まない」と手厳しく非難してしまっているので、マーケッターからの反発もやむをえない話ではあったりするのですが・・・

売上安定性の測定と企業力向上の端緒として「獲得成長率」の活用方法を考えよう

とは言え、シンプルでかつ信頼性の高いものという要求に近い指標にはなっていますし、サブスクリプションなどによる既存顧客からの継続的な売上や、SNSによるクチコミの効果が重要視されている今の時代に即した考え方でもあります。また、B2Bであれば「既存顧客の紹介による新規顧客」と「広告やプロモーションによる新規顧客」の区別はつけられそうですし、SFA/CRMの普及によって顧客ベースの売上高管理は実現しやすい状況でもあります。これらの理由から、B2B企業の売上の安定性や持続可能性を測る指標として、獲得成長率は十分に活用できるように思います。

そして何より、NPSや獲得成長率の背景にある「既存顧客へ愛情をかけることが企業の成功の最大の要因だ」というライクヘルド氏の信念は、顧客ロイヤルティが重要視されるようになった2000年頃も2022年の今も変わらないはずです。どうやって計算するかという技術的な問題や論点はともかく、顧客ロイヤルティを客観的に測定する「獲得成長率」の基本的な考え方は、顧客対応力や商品力などを総合した企業力全体を高めるための便利なツールとして、もっと多くの日本企業で認知されてほしいと強く思います。

参考:
「『顧客愛』というパーパス<NPS3.0>」(フレッド・ライクヘルド&ダーシー・ダーネル&モーリーン・バーンズ (著)、 大越 一樹&髙木 啓晃 (監修)、 鈴木 立哉 (翻訳)、プレジデント社、2022年9月30日)
Net Promoter 3.0」(Fred Reichheld, Darci Darnell, and Maureen Burns, Harvard Business Review, November–December 2021))
Earned Growth: A Boon Even For Companies That Cannot Implement The Metric」(Maxie Schmidt-Subramanian, Forrester Research, Inc., November 18, 2021)