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株主総会が集中する6月が終わりました。2021年の株主総会の流行と言えば、バーチャル総会でしょう。対面とバーチャルを組み合わせたハイブリッド型を採用している企業が多いようですが、東京証券取引所によると東証上場企業のうち14%に当たる232社がバーチャル総会を取り入れたとのこと。株主総会にもデジタル化の波が着実に押し寄せています。

そんな今年の株主総会でもう1つ話題になったのが、取締役のスキルマトリックス。取締役が持っているスキルを株主などが把握できるようにしようというものです。評価項目を各社が自由に設定できたり、取締役が自己評価もできるなど評価方法のルールもなく、まだまだ手探りでの運用ではありますが、各社が趣向を凝らしているさまがTVや新聞などでも取り上げられました。

今回のトライツブログは、経営陣のスキル、特にデジタルテクノロジー関連のスキルと会社業績との関連性についての調査データをご紹介します。スキルマトリックスの中でもDXやテクノロジーに関するスキル項目が多くの企業で採用されています。経営陣のテクノロジースキルと会社の業績にはどのような関連性があるのか、早速見ていきましょう。

調査レポート「ローテクなリーダーは高コスト」

今回ご紹介するのはMITスローン経営大学院が発行する「MIT Sloan Management Review」に掲載された記事をもとに書かれた「The High Cost of Low-Tech Leadership」(「ローテクなリーダーは高コスト」)。タイトル通り、リーダーがデジタルテクノロジーにうとくローテクな場合にどのような問題が起きているのかを、1,948社の取締役に対する大規模な調査をもとに分析したものです。

まずは、このレポートで言うところ「デジタルテクノロジーの精通度合」の定義から見ていきます。

「デジタルテクノロジーに精通している」とは、今後の自社のビジネスの成功に影響するデジタルテクノロジーについて、業務経験や教育・学習を通じて理解していることを表します。

この「デジタルテクノロジーについて精通している」とは具体的にどういうことなのかについて、記事の中ではグローバル展開するソフトウェア企業のマーケティング担当取締役の事例を紹介しています。この取締役は就任してからの数か月間で、自社のマーケティング・営業で使用するシステムを刷新しています。SFAをSalesforceに切り替えることから始まり、マーケティング担当者が企業単位でWebマーケティングの進捗を管理するシステム、メールやWeb会議などを使った顧客とのコンタクト履歴を一元管理するシステム、社内に蓄積されている顧客データを自動でアップデートするシステムなどを次々と導入していき、マーケティング・営業のプロセス強化とその結果としての収益改善を実現しました。

この事例は、決して「システムを導入するのがテクノロジーに精通している証だ」と言っているわけではありません。そうだとすると、Salesforceの導入だけを決めて具体的な使い方は現場に任せるだけ、というリーダーもテクノロジーに精通していることになってしまいます。そうではなく、事例の取締役は自社のマーケティングや営業の業務を評価した上で、業績を上げるためにどのテクノロジーが最適なのかを理解・選択し、それを導入して活用させるのに必要な知識・経験を持っていました。これこそが「デジタルテクノロジーに精通している」ということなのです。

調査結果①「リーダーがハイテクだと業績が高くなる」

続けて、デジタルテクノロジーに精通している「ハイテク」なリーダーと、それとは反対にデジタルテクノロジーにうといローテクなリーダーとで、企業の業績にどのような差が生じているかを見てみましょう。

経営陣の半数以上がデジタルテクノロジーに精通している企業は、他社よりも売上の成長率と株式評価額が48%高く、また純利益率も15%高くなっています。(中略)
それぞれの企業が属する業界の平均と比較して、デジタルテクノロジーに精通している度合が10%増えるごとに、収益性が0.4%ずつ、売上成長率が0.7%ずつ高まります。

特に興味深いのが2つ目のデータです。1つ目のデータで「経営陣の過半数がハイテク・リーダーである企業の業績が良い」というデータを示しているのですが、51%にしきい値があるわけではなく、テクノロジーの精通度合を10%ずつのように漸進的に高めていくことでもリターンを得られるとのこと。これからリーダーのデジタルテクノロジーを高めようという企業にとっては吉報だと言えるでしょう。

調査結果②「マーケティングと営業のリーダーにローテクが多い」

続けて、経営陣の中でもどういう役割の人がデジタルテクノロジーに精通すべきなのか、についてのデータを見ましょう。

企業の高業績とデジタルテクノロジーの精通度合の間の統計的な関連性が高いTop 5は、マーケティング責任者、経営責任者(CEO)、財務責任者(CFO)、社内外向けの広報責任者、コンプライアンス/法務責任者、の5つです。(中略)
デジタルテクノロジーに精通したリーダーがいる割合が高いのは、技術責任者(CTO)の47%、情報責任者(CIO)の45%、部門長/エリア統括の35%でした。マーケティング責任者の23%や、営業責任者の15%など、上記以外のリーダーはデジタルテクノロジーに精通している割合が25%未満でした。

マーケティングや営業にローテクなリーダーが多いのですが、その一方で、特にマーケティングではリーダーがハイテクになることでより業績向上につながりやすいということです。コロナ禍によって加速した、マーケティングのWeb化・デジタル化とも符合する、納得のデータなのではないでしょうか。

調査結果のまとめ「ローテク・リーダーは会社の業績にダメージを与える」

レポートのまとめ部分が良く書けているので、最後にご紹介します。

企業の経営陣は、自社で利用している個々のテクノロジーについて最も使いこなせるようになる必要はありません。しかし、企業業績に対するデジタルテクノロジーの重要性が高まっている現在では、自社の業績向上に不可欠なテクノロジーについての全体像を理解し、それらを十分に活用できているかを判断する能力が、経営陣の一人ひとりに必要とされているのです。

要点をかいつまんで「The High Cost of Low-Tech Leadership」を見てきましたが、いかがでしたでしょうか。このレポートの内容をまとめると、ハイテクなリーダーは会社の業績を高め、ローテクなリーダーは会社全体の業績を危機に晒す、の一言に尽きます。ローテクなリーダーはデジタルツールを使えずにいることで、秘書や周りの人の仕事を増やしているだけでなく、自社の業績向上に必要なテクノロジーを理解して導入・活用を判断・推進することができず、会社の業績にダメージを与えているというのです。

斬新な観点と強固な分析手法の優れた分析レポート

私が最初にこのレポートを読んだ感想は、「すごいデータを出してきたな!」というものでした。トップのデジタルテクノロジーの精通度合と企業業績の関連性を探るという、ありそうでなかった観点のデータだということが、1つ目の驚きです。そして、もう1つの驚きは分析の巧みさです。

「それぞれの企業が属する業界の平均と比較して、デジタルテクノロジーに精通している度合が10%増えるごとに、収益性が0.4%ずつ、売上成長率が0.7%ずつ高まります」というデータがありましたが、この「それぞれの企業が属する業界の平均と比較して」というところが良くできているのです。ここですべての企業をまとめて分析してしまうと、「デジタル活用が進んでいる業界とそうでない業界とを混ぜているから意味がない」という反論が成立してしまうのですが、それを防ぐために業界ごとにデジタルテクノロジーの精通度合の平均を求めて、それとの乖離度合と業績との関連性を分析するというひと手間を加えています。そのため、「うちの業界には関係ない」と知らんぷりを決め込むことができず、ぐうの音も出ない分析結果になっているのです。

そのような意味で、斬新な観点であり、さらに反論や否定を許さない強固な分析手法を用いた、非常によくできたレポートであると思います。

営業・マーケティングのリーダーを、デジタルテクノロジーへの精通度合で計測しよう

この分析結果を見たうえで、日本の産業界を見たらどうでしょうか。総務省の調査によるとCIOがいる日本企業は1割ほどで、その数少ないCIOにもDXなどを推進する実権も組織もない「名ばかりCIO」が問題となっています。また、先日逝去された中西・経団連前会長が2018年の就任早々に、会長執務室にパソコンを置いてメールを職員に送ったことが、これまでの経団連会長にはなかったこととしてニュースになったりもしました。このような例を見ていると、経営陣個人としてローテクな方が多いというだけでなく、デジタルテクノロジーの活用に対してまだ本腰を据えられていない企業が現在でもかなり多いように思えます。

しかし、冒頭で触れたように、東京証券取引所の要請を受けて、特に上場企業で経営陣のスキルマトリックスの開示が進むことが予想されます。そして、多くの企業が経営課題の1つにDXやデジタル化を挙げている以上、デジタルテクノロジーの精通度合が評価項目の1つとして採用され、そのスキルに見合うリーダーの抜擢が進むものと思われます。必要なスキルを備えた人が昇進せずに、年功序列や慣れ合い人事などと言われることが多かった日本企業の役員人事が、より機能的なものとして活性化する絶好のチャンスが訪れているのです。

レポートの中で出てきたハイテクなリーダーの定義「今後のビジネスの成功に影響を与えるデジタルテクノロジーについて、業務経験や教育・学習を通じて理解している」を念頭に置いて、皆さんの営業・マーケティング組織を見てみてください。現在のリーダーはハイテクですか。将来を嘱望されている次期リーダーはどうでしょうか。皆さんの組織の将来の成長性・収益性を占うスキルマトリックスの1つとして、今回ご紹介した「リーダーのデジタルテクノロジーへの精通度合」という項目で社内を見ることが、ハイテクなリーダーが選ばれ、テクノロジーを武器に業績を高められる組織になる第一歩なのだと思います。

参考:「The High Cost of Low-Tech Leadership」(Paul Nolan, Sales & Marketing Management magazine., May 5, 2021)