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「AI(人工知能)」が流行語大賞候補としてノミネートされたのが2016年の末。それから4年経って、今やAIは私たちにとって身近で当たり前のものになっています。新聞やテレビでは、美味しいマグロを見分けたり果物が熟しているかどうかを判断して栽培・出荷管理をしたりするAIの実用化が伝えられ、洗濯機や冷蔵庫、掃除機といったいわゆる白物家電にも使い方や環境に合わせて自動で設定を最適化してくれるAIが搭載されています。私たちが気づいていない部分でもAIは広がっており、いつの間にかAIと共存する生活になっているのです。
しかし、日本のB2B営業ではAIとの共存はまだごく一部でしか始まっていません。つい先日、社内に機械学習エンジニアやデータサイエンティスト部隊を抱え、顧客向けにAIを使ったサービスを提供している企業の営業マネージャーと話をしました。顧客との会話を自動でテキスト化し、分析までしてくれるAIツールを導入したものの、まだまだ活用途上とのこと。私の知る限りでは現在AIを導入している営業組織はごくわずかで、この企業はおそらく日本のB2B営業組織の中では先頭集団に位置しているものと思われます。
このように日本ではまだ一部にしか広がっていないB2B営業でのAI活用ですが、海外では先行事例が出ています。そこで今回はその実際の使い方や具体的なツールなどをご紹介します。組織全体の営業活動を効率化したい、生産性を向上したいという方にとってヒントになる内容ですので、ぜひお読みください。
海外調査事例:「営業におけるAIの未来(とそれへの備え方)」
今回ご紹介するのはB2B営業・マーケティング向け情報プラットフォームSales Hackerに寄せられた記事「The Future of AI for Sales (And How to Prepare for It)」。この記事を書いたGreg McBeth氏は様々なB2B向けテクノロジー企業での実務・経営経験を持ち、現在はサンフランシスコでスタートアップ企業向けのアドバイザーをしています。自らも最近まで「Node.io」というB2B向けAIサービスの経営に携わっていた(※)こともあり、B2B営業で現在のAIができることを具体的に記述してくれています。が、かなりボリュームのある記事ですので、ポイントを抜粋してご紹介していきます。
※Nodeは2020年8月にSugarCRM社が買収
まず、記事の冒頭部分からの引用です。
一般的に、営業部門ではAIと自動化の技術の採用が遅れています。マーケティング部門ははるかに迅速に時流に乗って、これらの技術の導入を進めています。
冒頭でMcBeth氏は営業部門におけるAI導入の遅れを指摘した上で、ここ数年でようやく導入が加速してきていることを示す数字を紹介します。
2018年には21%の営業組織がAIを使っていましたが、2020年には54%の組織がAIを使っています。
この数字は私にとっては非常にインパクトが大きいものでした。新しい技術が市場で浸透していく段階を説明するモデルとしてイノベーター理論というものがあり、革新的な技術が市場で大きく広がるかどうかの境目であるキャズムという概念があります。これは、新しい技術がメインストリームに浸透するためには、16%の初期採用者(イノベーター&アーリーアダプター)の先の層に広がらなければならない、というもの。このモデルで考えると、少なくとも米国ではB2B営業におけるAI技術はキャズムを越えてメインストリームに浸透していると言えるでしょう。
そして、このようにAIの導入がメインストリーム化していることにより、この記事の後半ではB2B営業におけるAI活用の事例がかなり具体的に描かれています。3つの事例の中から、内容が充実している「顧客分析」と「コミュニケーション」の2つを以下にご紹介しますので、AIがどのように使われていて、どんな効果を上げているのかをイメージしながらお読みください。
AI活用事例①顧客分析
まず、顧客分析という業務においてAIがどのように効率化してくれるのかを見てみましょう。
見込客を見つけ、その客について調べ、CRM上のデータを最新の状態に保つという大変な作業は、営業組織の日々の時間とエネルギーを浪費するものです。顧客の分析用に設計されたAI技術を活用することによって、この仕事の大部分を自動化することができます。(中略)
この顧客分析AIの強みは、先に述べた業務の自動化だけではなく、複数の情報ソースにまたがるデータを連結・集約して、質の高い見込客を抽出するところにあると、McBeth氏は指摘しています。
AIは、従来の人手によるやり方では見落とされがちな、本当らしくは見えないものの実は期待値の高い見込客を見つけることができます。(中略)
私が自分の会社で営業トップを務めていたとき、自社の製品は年間売上高が2,500万ドルから2億5,000万ドルの営業組織向けのものだと信じていました。しかし、ターゲット企業の選定にAIを使ったところ、最適な見込客を判別する指標がその組織のマーケティング構造の複雑さにあることが分かり、年間売上高50億ドルクラスの企業にまでターゲット企業が拡大したのです。
他にも顧客の解約予測モデルをAIで作成した事例や、潜在的にニーズがあると思われる見込客をリストから抽出した事例が紹介されています。これらの共通点は人間の経験知や分析力だけでは見つけるのが難しい、新たな気付きをAIが与えてくれるというもの。手間のかかる面倒な作業を自動化できるだけでなく、人間では気づきにくい新たなビジネスチャンスを効率的に見つけられるというのも、AIで顧客分析を活用することによるメリットなのです。
AI活用事例②コミュニケーション
コミュニケーションにおけるAI活用の意味について、McBeth氏は数多くの見込客との基本的なやり取りを自動化できることを第一に挙げています。
多くの営業組織は、顧客との間の基本的なコミュニケーションのためにチャットボットを既に採用しており、営業担当者は顧客とのより深い関係構築や戦略的な会話のための時間を手に入れています。(中略)
- Driftのチャットボットでは、見込客が人間を介在せずに基本的な質問への回答を得られるように手助けしています。
- Conversicaなどの会話型AIサービスは、製品に関する基本的な質問に回答したり、人間を介入させずに会議をスケジュールすることができます。
しかし、コミュニケーションにおいてもAI活用のメリットは自動化だけではありません。より効果的なコミュニケーションの取り方をAIが教えてくれるというのです。
GongとChorusは、自社サービスの利用データからなる通話分析プラットフォームで収集した調査データを公開しています。最も効果的な声のトーンや、聞くのと話すのとの最適な比率、継続可能な最大通話時間など、無限の洞察を学ぶことができます。
OutreachやSalesLoftなどを利用することで、様々なコミュニケーションチャネルや頻度のデータの中から、ターゲットセグメントごとに最も生産的なコミュニケーションの手法を発見することができます。
私の会社ではOutreachを使用しており、見込客に対する最適な電話とメールの比率を発見しました。それは、通話とメールの数はほぼ同じ数が最適であり、通話後にリマインドメールを送ることでさらに効果が高まるというものです。
このように大量のコミュニケーション履歴データを分析することで、自社にとって最適なコミュニケーションがどのようなものかを知ることができるというのが、この事例でのAI活用の2つ目の意味だと思います。
さあ、AIを活用しよう!
新型コロナによって世界中の企業、営業組織のDXは大幅に前進しました。1年前はおっかなびっくり始めたWeb会議にもすっかり皆が慣れ、チャットツールを使いながら社内のコミュニケーションを取ることが普通の姿になっています。ただ、ここまでであればオフラインでやっていたことをただオンラインに置き換えただけ。デジタルツールを活用して新事業を創造したり既存事業を変革するという真の意味でのDXにはなっていないのです。
今回ご紹介した記事の中には、AIで基本的な業務を自動化・効率化するだけでなく、今までにないビジネスチャンスや今までよりも生産性の高い手法を発見する事例がありました。やはりAIはDXの強力なツールになると言えるでしょう。
記事の中でご紹介したチャットボットや通話分析、メールトラッキングなどのAIツールは、同様の機能を持つサービスが日本でも登場しています。記事の中にあるような海外の大手サービスと比べると、まだ知名度や使える機能などで見劣りする部分はありますが、日本語環境であってもB2B営業でのAI活用は夢の世界ではなくなっています。続々と登場してきている国産AIツールについても、今後は調査・レポートしていきますので引き続きご期待ください。
参考:「The Future of AI for Sales (And How to Prepare for It)」(Sales Hacker by Greg McBeth, Jan 22, 2021)