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産労総合研究所の2024年度の調査によると、従業員一人当たりの教育研修費は34,606円と、前年度より2,194円(6.8%)の上昇となったそうです。コロナ禍で大きく落ち込んだ2020年度の24,841円から、コロナ禍前の35,628円と肩を並べるくらいに回復してきました。ちなみに、過去最高はリーマンショック前の43,524円だそうです。
人的資本経営という言葉も広がっており、教育研修費を開示する企業も増えてきました。ただ、こと営業研修においては、体系化された研修メニューがあって継続的に提供している、という企業はまだ一握り。「これまでの商品説明会とは違う営業研修を始めたいのですが、何から始めればよいですか?」というご相談を受ける機会が多くあります。
そこで今回は、2025年5月に米国ワシントンD.C.で開催された人材育成のイベント「ATD 2025」から、「結果につながる営業研修の作り方」をご紹介します。どういうステップで営業研修を設計すればいいのか、そこでの成功のポイントが何なのか、一緒に学びましょう。
営業研修の専門家が開発・実践してきた「研修設計の5つのプロセス」
今回ご紹介するのは、著名な営業コンサルタントのジェブ・ブラント氏がATD 2025で行った講演「From Knowledge to Numbers: How to Make Sales Training Payoff」(知識を数字に変える:実績につながる営業研修の作り方)。このブラント氏はSales Gravyという営業研修会社を経営しており、またSales Gravy Universityというオンライン研修サービスも提供するなど、営業研修の専門家でもあります。
そんな専門家が開発し、これまで実践してきたという営業研修の設計プロセスがこちらです。
1. Align:研修を行う目的と得たい結果目標を連係させる(訳注:目的に応じた結果目標を設定する、という意味)
2. Design:研修で伝える内容とその伝え方、ワークの進め方、研修の実施場所(対面、オンライン)や回数などを設計する
3. Implement:設計した研修をテスト的に実施してみる
4. Optimize:実際の営業現場のニーズやメンバーの経験などに合わせて、研修内容と進め方を調整・最適化する
5. Operationalize:研修で伝える内容を営業現場で再確認し実用化できるようにプレイブックにまとめる
このブラント氏の5つのプロセスの解説に入る前に、いわゆる研修設計の常道を見てみましょう。
営業研修に限らず、研修設計の基本的なプロセスとして有名なのが「ADDIE」というもの。これは、以下の5つのプロセスの頭文字を取ったものです。
1. Analize:研修の必要性を調査・分析する
2. Design:研修で実現した目標を設計する
3. Development:研修の進め方と使うコンテンツ(教材、ワーク用のツールなど)を開発する
4. Implement:研修を実施する
5. Evaluate:研修の成果を測定し評価する
ブラント氏の5つのプロセスはこのADDIEモデルと似ている箇所がありますが、「分析」や「評価」が含まれていないなど、かなり中身が違っています。なかでも一番の違いが、ブラント氏のプロセスの4番目の「Optimize:最適化」と5番目の「Operationalize:実用化」の2つ。現場に合わせたきめ細かいチューニングと、実際の営業現場で再現できるようにプレイブックに整理する、というところに同氏のこれまでの経験から得られた知見が含まれているように思います。
営業研修はプレイブックまで作って現場での再現性を高めよう
この2つの中でも特に講演の中で強調されていたのが、5番目の「実用化」とそれを実現するためのプレイブックについて。なぜプレイブックがあることで研修内容が営業現場で再現されるようになるのか、ブラント氏は以下の3つのポイントを解説していました。
構造化と明確化:研修内容と組織の営業戦略、および既存の営業プロセスがどのようにつながっているのかが、わかりやすく構造的に示されている
研修メッセージの強化:研修で伝えた主要コンセプトを示し、何度も参照できるようになっている
反復&展開可能:研修で学んだ内容が手順レベルにまで実用化されているため、受講者は反復実践でき、受講者の周りにいる非受講者にも展開できる
この3つのポイントは、営業研修を設計する側にとってのプレイブック作成の指針にもなります。戦略や既存プロセスとの関連性・必然性がわかりやすく整理されているか。大事なコンセプトのみが記載されているか。反復&展開可能なレベルにまで手順が具体化されているか。いずれも大事なポイントだと思います。
営業研修の成功を左右する「関係者間での責任範囲の明確化と合意」
そしてブラント氏は講演の締めくくりに、営業研修を成功させるためには関係者の責任範囲の明確化と合意が大事だという話をしていました。
研修設計者(訳注:日本だと営業企画や研修・育成関連部署の担当者)
・自社の営業プロセス・手法に責任を持つ(訳注:開発・管理・維持すること)
・研修のファシリテーションを行う
・研修体系を構築・維持する
・研修の成果を測定・評価する営業担当者
・研修内容の習得に責任を持つ
・研修に積極的に参加し、事前事後のフォローアップも完遂する
・習得した内容を現場で適用する営業マネージャー
・営業現場への適用と取組強化に責任を持つ
・会議体や1on1などを通じた一連のコーチングで研修内容の実践を強化する
日本の営業研修の場合、この責任範囲についてなんとなく雰囲気で察してはいるものの、言語化して共有されることは少ないように思います。特に営業マネージャーにおいては、「メンバー向けの研修内容を理解している」という方は少数で、「部下がどんな研修を受けているか知らない」「部下が受けた研修とは真逆の指示をする」という方も多くいらっしゃるようです。
現場で実践し成功させるには、営業マネージャーにどこまでの役割を期待したいのかを明確にし、研修内容を企画・設計する段階からしっかりと巻き込み、研修で教える内容について理解してもらうだけでなく共感し、現場実践を後押ししてもらえる関係を作っておくことが欠かせません。さらに、そのように営業マネージャーを動かそうとすると、そのマネージャーたちに対して営業トップにどう働きかけてもらうかを考える、というように社内の動かし方もハッキリと見えてくるように思います。
今回はATD 2025の講演内容から、「成功する営業研修の作り方」の特に有用だと思われる箇所を抜粋してご紹介しました。営業研修を企画・設計される方は5つの設計プロセスと特にプレイブックによる実用化について、マネージャーやメンバーとして営業研修に参加される方はご自身および各関係者の責任範囲の考え方について、参考にしてみてください。
これまでトライツブログで取り上げてきたジェブ・ブラント氏関連の記事4選と推し活のご報告
ちなみに、このトライツブログでは今回の講演者であるブラント氏の著書やポッドキャスト番組を題材にした記事を、これまでに複数作成しております。今回ご紹介した内容に興味をお持ちの方は、ぜひ他の記事も試してみてください。
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このように何度もブラント氏の講演や著書に触れてきたことで、私自身も氏のちょっとしたフォロワーみたいな状態になっていたため、Sales Gravy社のブースでサイン本をゲットしてしまいました。

サインの文字は上段に「People First(訳注:リーダーシップについての本のため、ここでのPeopleは「部下・メンバー」の意味)」、下段にEの字を左右反転させた「JEB」の文字が書かれています。最後は推し活の報告みたいになってしまいましたが、今回のATD 2025に参加して一番嬉しかったお土産はこのサイン本かもしれません。
次回の参加レポートでは研修/ワークのアイデア生成用グッズをご紹介します
次回のATD 2025参加レポートは、これまでのような講演内容のご報告ではなく、会場で販売されていた研修設計者用の面白いグッズをご紹介したいと思います。営業研修の企画だけでなく、営業会議の中でのちょっとしたワークのアイデア出しにも使えますので、ぜひご期待ください。
参考:「From Knowledge to Numbers: How to Make Sales Training Payoff」(Jeb Blount, ATD 2025, May 20, 2025)