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このブログをお読みの皆さんは、世の中の平均的なビジネスパーソンよりも営業やマーケティングについての情報収集に積極的な方ばかりだと思います。これをはじめとするビジネスブログ、YouTubeなどの動画やWebセミナー、書籍に展示会など様々な情報源を活用しているのではないでしょうか。 

私もこのブログのネタを探すために多様な情報源に日々接するようにしているのですが、最近ドキッとする本が出版されました。そのタイトルは『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。確かに仕事が忙しくて疲れているときなどは、本を読むのが億劫になって、SNSの投稿を流し読みしたりYouTubeをダラダラと見続けたりということがありますよね。 

そこで今回はこの本を題材にして、私たちの「仕事に役立つ情報収集の問題とその対策」について考えてみたいと思います。今まさに疲れているという方は流し読みでも結構ですので、ぜひ気楽にお読みください。 

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で描かれる労働と読書の歴史 

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、明治以降の日本の近現代において、労働と読書に代表される情報収集のあり方がどのように変化したのかを振り返り、なぜ現代の私たちが本を読めなくなっているのかを考察したものです。ざっくりとその流れを概説すると、以下のようになります。 

明治のころは仕事に役立つ情報として自己鍛錬を目的とした修養がブームになり、『西国立志編』がベストセラーとなりました。その後、太平洋戦争の前後にかけては、文学や哲学・歴史といった教養が重視され、『現代日本文学全集』や『世界文学全集』などの全集ものが家庭に広まりました。 

その後、情報収集の効率が重視されるようになり、1960~70年代は『英語に強くなる本』や『記憶術』などのハウツー本が、1980年代は雑誌Big Tomorrowに代表されるような処世術を記したものが売れるようになったのです。 

そして1990年代から2000年代にかけては『脳内革命』や『「超」勉強法』、『夢をかなえる象』などの自己啓発書が売れるも、徐々に読書離れが進んでいき、2010年代のスマホの登場によって、知りたくて役に立つ情報に即座にアクセスできるSNSや動画といった「インターネット的情報」からの情報収集が増えてきています。 

現代の私たちはノイズの少ないインターネット的情報にも慣れ、かつ自己実現や自己責任のために全力で仕事に取り組むことが求められているため、知りたい情報に出会えるまでの文脈や周辺情報といったノイズが多い本を読む余裕がなくなっているのだ、というのが大筋の流れです。 

いかがでしょうか。「そういえば実家の本棚に本当に読んでいたかわからない全集が揃っていたなぁ」「確かにカッパ・ブックスとかのハウツー本が流行っていたなぁ」「『「超」勉強法』とかあったなぁ」など、読みながら懐かしさを感じられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。 

本が読めなくなる理由は社会学的なものだけでなく、生理学的なものも 

また、「確かに本を読むよりも、スマホを眺めている時間の方が増えたなぁ」と思われている方もいることでしょう。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の冒頭でも、このようなシーンが描かれています。 

本を開いても、目が自然と閉じてしまう。なんとなく手がスマホのSNSアプリを開いてしまう。夜はいつまでもYouTubeを眺めてしまう。

同著ではこのようになってしまう理由を、ノイズのないインターネット的情報に私たちが慣れたことと、日々の仕事のプレッシャーといった「社会学的」なものとして紐解いています。しかし、もう1つ「生理学的」な理由が医学分野から最近提唱されています。それは皆さんも見聞きしたことがあるかもしれない、「脳疲労」です。 

スマホからの大量の情報インプットで本が読めなくなる「脳疲労」 

脳疲労とはこのようなものです。 

スマホなどのIT機器から「情報を過剰に入れ続ける生活習慣」によって引き起こされるもの。情報のインプットが処理しきれないほどに多いのにもかかわらず、その情報を活かしたアウトプットをしていないために、脳が「情報メタボ」とでも言うべき状況に陥ってしまっているのです。そして、こうしたインとアウトのバランスが偏った生活を長く続けていると、もの忘れ、記憶力低下、思考力・集中力低下などの困った症状が表れるようになり、だんだん脳の機能が低下していってしまうというわけです。

このように集中力が低下してしまうと、本を読んでもその中に書いてある内容が頭の中に入らなくなってしまいます。その様子を、2020年のベストセラーである『スマホ脳』の記述から見てみましょう。 

記憶するためには、集中しなければいけない。そして次の段階で、情報を作業記憶に入れる。そこで初めて、脳は固定化によって長期記憶を作ることができる。ただし、インスタグラムやチャット、ツイート、メール、ニュース速報、フェイスブックを次々にチェックして、間断なく脳に情報を与え続けると、情報が記憶に変わるこのプロセスを妨げることになる。(中略)脳はあらゆる情報を処理することに力を注ぎ、新しい長期記憶を作ることができなくなる。だから読んだ内容を覚えられないのだ。

このように、スマホに絶え間なく流れてくるメールやSNS、ネットニュースの情報などを続けて多量に摂取してしまうことで、脳が疲弊して目の前の本にも集中できなくなり、読んだ内容を覚えられずに楽しくないのでおのずと読書を遠ざけるようになってしまうというのです。 

脳疲労では本からだけでなくスマホからの情報も頭に残らない 

とはいえ「本が読めなくてもノイズの少ないネットの情報をたくさん吸収する方が効率的なのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。残念なことに、先ほど引用した『スマホ脳』の「読んだ内容を覚えられない」という記述は本だけに限った話ではありません。ネットニュースなどのスマホで流れてくる情報を間断なく入れ続けると、それらの情報も頭の中に残らないのです。 

確かに私もちょっと時間が空いたときに、スマホでTEDや‘Pivotなどのファスト教養系の動画を見ることがあるのですが、ついつい漫然と眺めてしまうため、せっかく良いことを聞いたはずなのに寝る前には何も記憶に残っていない、ということがしばしばあります。 

脳疲労は物事を記憶したり深く思考したりする機能も損なう 

また、スマホからの情報を大量に浴び続けることによって、深く考える力が失われていくとも言われています。 

スマホやパソコンから日々大量の情報をインプットしている「スマホ脳」の人の場合、来る日も来る日も「浅く考える機能」ばかりを使って、さんざんワーキングメモリーを酷使していることになります。また、こうした方々には、時間さえあればスマホを見ている人が多いため、「前頭前野の深く考える機能」をほとんど使っていない傾向が目立つのです。そして、こうした状態が長く続くと、「ワーキングメモリーの浅く考える機能」のほうは処理能力が追いつかずに疲弊していくようになり、「前頭前野の深く考える機能」のほうはろくに使われないまま錆びついていくようになります。

このように見てみると、インターネット的情報に慣れてそれを浴び続けることで、本を読んだり物事を記憶したり深く思考したりといったことが生理学的にできなくなってしまうということのようなのです。 

現代の営業に求められる深く考える活動が脳疲労でできなくなる? 

トライツブログではこれまでに、現代の営業に求められるスキル/行動として顧客の意思決定をガイドするコンサルティング営業について記してきました。大量の情報に圧倒される顧客を支援すべく、必要な情報とそうでない情報とを切り分け、顧客の状況に応じて最適な購買のストーリーを組み立てるセンスメイキングという活動のためには、上述の「深く考える機能」が不可欠です。 

このように考えると、スマホで浅く考える機能ばかりを酷使してしまうことは、新しい情報が頭に入らなくなってしまうのみならず、営業として顧客に価値提供することが難しくなるという、現代の営業にとって致命的な状況をもたらすともいえるのです。 

受け身で情報を浴び続けるのではなく、能動的・主体的に情報を選んで吸収しよう 

とはいえ、今やスマホのない生活には戻れません、SNSで顧客のキーパーソンとつながったり、外出中のメールやTeamsなどへの連絡を確認したりということをやらないわけにはいきません。大事なのは次々に流れてくるSNSの投稿や、次から次へとおススメされるYouTubeの動画ばかりを受け身の状態で浴び続けるのではなく、自分から能動的・主体的に情報を得る時間の割合を増やしていくことだと思います。 

書店に行って話題作や気になる作品を手に取って眺めてみる。購入した本を読むときはスマホを視界に入らないところに置いて、ペンを片手に気になった箇所をメモしたりしながらじっくり読む。展覧会に足を向けてみる。 

スマホやパソコンから一時的に離れるデジタルデトックスというものもありますが、大事なのはスマホなどを通じて一方的に流れてくる情報を浴びるのを止め、深くゆっくりと考えながら情報を咀嚼・反芻・消化する時間を持つことなのだと思います。 

これからも「深く考える」情報源としてのトライツブログにご期待ください 

今回は最近の話題作『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を題材に、仕事に役立つ情報収集の仕方について、考えてみました。皆さんが情報収集の仕方について改めて考える一助になれば嬉しく思います。これからも営業やマーケティングについての役立つ情報収集源となるよう努力していきますので、一緒に深く考えていきましょう。 

参考: 
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」(三宅香帆、集英社、2024年4月) 
「その物忘れはスマホ認知症だった」(奥村歩、青春出版社、2017年7月 
「スマホ脳」(著:アンデシュ・ハンセン、訳:久山葉子、新潮社、2020年11月)