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ジョルトコーラという飲料が1990年代にありました。フライデー襲撃事件の後の謹慎処分から戻ってきて間もないころのビートたけしがCMに起用されており、他社のコーラと比べてカフェイン量が2倍で強炭酸という特徴的な味わいから、ジョルト(Jolt:日本語で「衝撃」)コーラと名付けられたそうです。 

その「ジョルト」を掲げた斬新な営業本があります。1年以上前に英語圏で出版され、B2B営業界隈で多くの講演者が引用するなど注目を集めてはいるものの、まだ日本語訳は出ていません。その名も「ジョルト・エフェクト(The JOLT Effect)」。日本でも話題になった「チャレンジャー・セールス・モデル」の著者であるマシュー・ディクソン氏が約1年前に出版した最新作です。 

このジョルト・エフェクトがテーマとしているのは、顧客の「優柔不断(Indecision)」。今のままではいけないことは分かっているものの、結局決め切れずに購買に至らない。営業に取り組んでいる方には思い当たる実際の顧客がいらっしゃることでしょう。このような優柔不断な顧客に対し、前進できるような衝撃(JOLT)を与えて、購買の意思決定を後押ししようというのが基本メッセージです。 

今回はおそらく本邦初公開となる、このジョルト・エフェクトの概要をご紹介します。顧客の優柔不断がどれだけ重大な問題なのか、そしてそれを乗り越えるために営業である私たちには何が求められているのか、一緒に学んでいきましょう。 

コロナ禍によるリモート営業化から生まれた「優柔不断」な顧客を支援する4つの処方箋 

実はジョルト・エフェクトの発端はコロナ禍なのだそうです。多くの都市でロックダウンが実施されてほぼすべてのB2B営業がリモートに切り替わったことで、大量の商談データをデジタルで集められるようになりました。また、B2B営業向けの言語解析AIがすでに英語圏で実用化されていたことから、250万件もの商談データを分析できたとのこと。そこから見えてきたのが顧客の「優柔不断」という問題であり、高業績者とそうでない営業担当者とを比較した結果、その問題に対する処方箋だったのです。 

私たちが調査したすべての(訳補:購買に至らなかった)案件において、顧客の現状維持志向が原因であった商談は全体の44パーセントに過ぎないことがわかりました。残りの56パーセントの顧客は、提示された解決策に取り組んで現状を打破したいという意思を示したにもかかわらず、何らかの理由で決断を下せなかったのです。

ジョルト・エフェクトは44%の「現状維持(Status Quo)」ではなく、残り56%の「優柔不断(Indecision)」に対する処方箋について書かれたもの。そして、タイトルのJOLTは、以下の4つの処方箋の頭文字を並べたものなのです。 

Judge the indecision(顧客の優柔不断度合を見極める)

Offer your recommendation(お勧めの解決策を提示する)

Limit the exploration(顧客の果てしない情報探索を制限する)

Take risk off the table(検討の俎上からリスクを取り除く)

それでは、この4つの処方箋 (JOLT)について1つずつ手短に見ていきましょう。 

処方箋①「顧客の優柔不断度合を見極める」 

1つめのJ「顧客の優柔不断度合を見極める」では、4つの観点から顧客の優柔不断度合をチェックすることを提唱しています。 

1. 曖昧さを受け入れられる顧客か、とことん確実性を求める顧客か

2. 選択肢を構造的に比較できる顧客か、それができない顧客か

3. 必要十分なもので満足する顧客か、完璧でなければ満足しない顧客か

4. 意思決定を先延ばしにしている顧客か、意思決定すること自体から逃げようとしている顧客か

2番目の「選択肢を構造的に比較できる」がわかりにくいので解説します。これは、価格と品質、納期などのようにトレードオフの関係になっている評価基準の構造について理解した上で、提示された選択肢を評価できるかというもの。これができない顧客だと、安くて早くて高品質という吉野家のキャッチコピーのような解決策を求めてしまうため、意思決定が難しくなってしまいます。 

4つの観点で、右側(後者)に該当する顧客ほど優柔不断で意思決定が難しくなります。まず、目の前の顧客がどちらのタイプなのかを見極めた上で、意思決定のサポートをしなければならないというのが、1つめのJ「顧客の優柔不断度合を見極める」です。 

処方箋②「お勧めの解決策を提示する」 

2つめのO「お勧めの解決策を提示する」は、さまざまな選択肢の中から最適なものを選べないのではないかという顧客の不安を解消するための処方箋です。 

混乱した顧客に何が欲しいかを尋ねるのではなく、何を買うべきかを伝えるのです。そうすることで、顧客が複雑だと思い圧倒されてしまうような決断であっても、合理的で達成可能なものだと感じさせることができ、最終的に顧客が後戻りせずに前進する確率を高められるのです。

Webなどで大量の情報を簡単に集められるようになった現在では、顧客の比較対象となる選択肢の数は確実に増えています。例えば、スーパーマーケットに並んでいるジャムの種類が多すぎると、顧客の多くが何も買わずに店を出るという心理学のデータもあります。最善の選択肢を専門家として示すことは、顧客の意思決定のハードルを下げる有効な行為なのです。 

処方箋③「顧客の果てしない情報探索を制限する」 

3つめのL「顧客の果てしない情報探索を制限する」は、意思決定に必要な情報を集めきれていないのではないかという顧客の不安を解消するための処方箋です。 

過度の情報収集によって「分析麻痺(Analysis Paralysis)」という状態になります。情報収集の抜け漏れというリスクを減らそうとすることで、意思決定の遅れという別のリスクを増大させてしまうのです。

これを解決するための手法として、顧客に「これさえ見ていれば大丈夫」という情報源のリストを営業担当者が提示するべきだ、などのアドバイスが同著で示されています。際限のない情報収集の泥沼に顧客がはまり込まないようにするために、これも専門家としての営業に求められる大事な役割だと思います。 

処方箋④「検討の俎上からリスクを取り除く」 

そして4つめのT「検討の俎上からリスクを取り除く」とは、意思決定によって期待するメリットが得られないかもしれないという顧客の不安を軽減するための処方箋です。 

書籍の中では 
「取引が成立する前の段階で、詳細なプロジェクトプランを作成する」 
「解決策のいくつかを試してみて、顧客が満足してから残りの部分も併せて購入してもらう」 
「まずは少額・小規模の解決策を購入してもらい、時間をかけて本来求めていた大規模な解決策を購入してもらう」 
など、クロージングの一般的なテクニックとして私たちにもなじみのあるアドバイスが示されています。 

どうしても「優柔不断」化してしまう現在の顧客に対する4つの処方箋を示した『ジョルト・エフェクト』 

駆け足で「ジョルト・エフェクト」の概要をご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。具体的なアドバイスがまだ弱い部分はありますが、「優柔不断」という問題にスポットライトを当て、「顧客の優柔不断度合を見極める」「お勧めの解決策を提示する」「顧客の果てしない情報探索を制限する」「検討の俎上からリスクを取り除く」という4つの基本的な処方箋を実際の高業績者のデータから抽出できたというのは、十分に衝撃(JOLT)的な内容だと思います。 

この書籍のテーマである顧客の優柔不断は、私たち日本の営業にとっても大きな問題です。顧客が利用できる選択肢の数は増えていますし、それらについて調査するのに使える情報量も増えており、課題解決にかかるコストやリスクが上昇しているため、どうしても現在の顧客は洋の東西を問わず優柔不断にならざるをえないのです。 

4つの処方箋はこれからのハイタッチ営業のあるべき姿 

これまでのトライツブログでは、Webで変化する顧客の購買活動に対し、人間しかできないハイタッチ営業の重要性をお伝えしてきました。今回ご紹介した「JOLT」という4つの処方箋は、ハイタッチ営業における重要なポイントを具体的に示してくれていると感じました。単に知っていることを語るだけでなく、情報過多の中で「どうしようかな・・・?」「とは言ってもな・・・」と優柔不断になりがちな顧客に対し、ビシッと4つの処方箋で自分の考えを伝え、顧客をリードするというのは、これからの営業のひとつのあるべき姿になると思います。 

参考:「The JOLT Effect: How High Performers Overcome Customer Indecision」(Matthew Dixon, Ted McKenna, Portfolio.inc., September 20, 2022