この記事を読むのに必要な時間は約 11 分です。

2024年度の国家予算は約112兆円と、過去最大だった2023年度に次ぐ過去2番目の金額。このうち、およそ6割が社会保障費や国債費ですので、残り4割の約50兆円が公共事業や文教費、また地方交付税交付金として地方自治体に提供され、その一部が予算化されたさまざまな事業を実施するための費用、つまり行政向けにビジネスをしている企業や事業が狙う売上のもとになります。

行政営業は、国や自治体といった行政が自分で予算化して自分たちのタイミングで公示するため、顧客が購買プロセスの主導権を握っている究極の「顧客中心営業」だとも言えます。また、公示された後では仕様書やその背景となる行政の方針を汲み取って提案しなければならず、いわゆるRFP(提案要望書)対応を学ぶ題材ともなりえます。

今回は行政向けの営業の基本をご紹介します。行政営業での顧客中心営業やRFP対応は民間企業向けの提案の参考にもなりますし、きっちりとしたスケジュールに沿って進むため営業の流れを理解する題材にもなりますので、行政営業に携わっていない方もぜひお読みください。

行政向け営業の「行政」とは

まず、行政営業の相手となる「行政」について。行政営業はB2G(Government)とも言われますが、相手となるのは経産省や厚労省などの「霞が関」と呼ばれる中央省庁や、都道府県や市区町村といった地方自治体です。

また、企業によってはそれら省庁や地方自治体と連携して事業を行っている商工会議所等の関係機関を含むこともあります。インバウンド復活が話題の観光事業を例にとると、それぞれの地方自治体は都道府県にある観光協会と連携していますし、最近では観光地域づくり法人(DMO)といった組織にも事業を委託しています。これらの関係機関も自ら行政の事業を受託して運営するだけでなく、民間企業からの入札を募って再委託する場合がありますので、これら関係機関の予算獲得/事業受託までを含めて行政営業だとする企業もあります。

これら行政組織に対する営業は、各行政組織が予算化した毎年の事業を受託し業務完了・納品するというもの。そこで大事になるのは、まず予算がどういうものかを理解することです。

行政営業の基本は当初予算の獲得

行政の予算は大きく「当初予算」と「補正予算」の2つに分かれます。当初予算とは、前年度の3月末までに成立した4月以降の年度予算のこと。冒頭でご紹介した2024年度の国家予算112兆円は、この当初予算にあたります。そして、補正予算は4月以降の年度内に追加・変更される予算のこと。ちなみにコロナ禍が始まった2020年度の補正予算は第1次と第2次の総額が11.5兆円。翌年の2021年度は総額でおよそ36兆円とかなりの規模となりました。

とはいえ補正予算はあくまでも例外的なもの。そのため、一般的な行政営業の場合は当初予算の獲得を基本とし、補正予算の動きを見ながら入札可能かを判断するということになります。それでは、当初予算がどういうスケジュールで成立するのかを見ていきましょう。

当初予算が成立するまでの基本スケジュール

中央省庁の当初予算が成立するまでのスケジュールは以下のとおりです。
前年度の5~8月:翌年度に実施する事業についての検討を担当する部署で始めます。
前年度の8~9月:各省庁の事業計画と予算の総額(概算要求)を財務省が取りまとめます。
前年度の10~12月:財務省が各省庁に事業内容のヒアリング/査定をおこなって、各省庁と調整をします。
前年度の1~3月:予算案が国会に提出されて成立します。

都道府県や市区町村といった地方自治体では、中央省庁より少し遅れて予算化の動きが始まります。
前年度の8~10月:翌年度に実施する事業についての検討を開始します。
前年度の10~11月:各部署は事業計画と予算案を財政課に提出します。
前年度の11~1月:財政課が各部署に事業内容のヒアリング/査定をおこなって、予算全体を調整します。
前年度の2~3月:予算案が各地方自治体の議会(都道府県議会、市区町村議会)に提出されて成立します。

このように中央省庁であれば5~8月、地方自治体であれば8~10月に翌年度の事業の検討を行いますので、このタイミングでいかに各行政組織の課題を聞き出して、翌年度事業の参考になるような情報を提供できるかが重要です。ここでしっかり営業活動ができていると、翌年度の事業計画について予算成立の前におおよその内容を把握できますし、仕様の中で競合よりも自社が有利になる条件を含められる可能性があります。

予算成立前の営業のポイントは「情報提供力」

このタイミングでの営業活動のポイントは、自社の売り込みばかりでなく、事業計画の参考になるような情報提供力にあります。他の省庁や自治体での先行事例や類似した取組についてご紹介したり、事業の目標数値やKPI設定の参考になるデータを提供したりするなど、行政が求める情報を探りながら提供していきます。特に最近はEBPMというエビデンス(証拠、根拠)に基づいた政策立案が求められていますので、「なぜこの事業をやる必要があるか」「見込める効果はどのくらいか」を数値で示せるようにサポートできると、他社との差別化ポイントにつながります。

このようにして前年度の3月末までに成立した当初予算は、中央省庁だと早ければ前年度の2月ごろから、地方自治体だと4月以降に事業の公示・入札が始まります。続けて、公示・入札について見ていきましょう。

予選成立後の公示・入札の進み方

行政が事業を委託する場合に事業受託を希望する事業者を幅広く募集することを公示と言い、それに対して受託を希望する事業者が応募することを入札と言います。公示は各行政組織のWebページで発表され、業務の目的や内容、目標数値やKPIが記された「仕様書」と、入札資格や審査の実施スケジュール、提出すべき書類の内容・形式・提出方法や、審査の評価項目などが記された「実施要領」が掲出されます。行政営業の担当者は仕様書と実施要領に沿って提案書類を作成・提出し、事業によっては審査員の前でプレゼンテーションを実施します。

入札でのポイントは、「事業の意図・背景を理解して提案する」「仕様書・実施要領に忠実に従って提案する」「行政のしきたりに沿って提案する」の3つです。

入札のポイント①「事業の意図・背景を理解して提案する」

「事業の意図・背景を理解して提案する」とは、単に仕様書に記載された情報だけをもとに提案内容を考えない、ということ。その事業が成立した背景には、各省庁や自治体として定めている基本計画がありますし、過去に実施してきた事業の経緯や中央省庁や政府が発表している国家戦略/方針なども影響しています。これらを踏まえた上で、事業がどのような位置づけのものなのかを正しく理解していなければなりません。

入札のポイント②「仕様書・実施要領に忠実に従って提案する」

ただ、提案書自体は「仕様書・実施要領に忠実に従って提案する」必要があります。この「忠実に従って」と言うのは、例えば仕様書に書かれている事業内容が大項目で1~5まであるとすると、提案書のページ構成はその大項目1~5の順に従って記載するというもの。そのため、「仕様書にはないけれど地域のためを思って追加で提案します」というのはムダですし、逆に「この追加提案が必要だとすると仕様に合わないから不採用」となるため、逆効果になってしまいます。

また、この「忠実に従って提案する」ことで、審査員がスムーズに審査できるようになります。ページ構成を仕様書に揃えるだけでなく、各ページに記載しているメリットや特徴が実施要領にある審査の評価項目のどれに関連しているかを記載する、仕様書で記載されている分量が多い=行政が重要視している項目はより詳細・具体的に設計する、といった工夫も有効です。

入札のポイント③「行政のしきたりに沿って提案する」

そして最後の「行政のしきたりに沿って提案する」について。行政が実施する事業は公平・公正であることが求められます。そのため、例えば地域でインバウンド促進のために旅館などの宿泊施設にキャッシュレス端末を展開しようとする場合、外国からの宿泊者数が上位10位までの施設に設置する、ということはできません。すべての宿泊施設にあまねく周知し、設置を希望する施設を募るなど、だれもが公平に機会を得られるように事業の進め方を設計する必要があります。

また、各自治体の場合は、事業を通じて地域に仕事や売上を還元することが大きな目的でもあります。そのため、外部パートナーと組む必要がある場合は該当地域に所在する企業や団体をパートナーに選ぶなど、地域のステークホルダーを巻き込んだ事業運営体制をつくることが審査の加点要素となる場合もあります。また、事業実施後の地域からの評価を高めることにもつながるので、当該地域の主要なステークホルダーを巻き込んで提案するのも行政営業に求められるスキルです。

これらのポイントを意識して提案することで、事業を受託する可能性を高められるのです。

トライツは行政営業もご支援しています

行政営業の基本についてご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。民間企業に対する営業活動と比べて勝手が違う部分がたくさんあることに驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、行政のスケジュールと意図や背景、事業者選定のロジックをしっかり理解していれば、そこまで難しくはありません。むしろ、明確なスケジュールに沿って予算化され、公示から事業執行へと確実に進んでいきますので、営業の基本を学ぶ場としても活用可能です。

また、行政営業は国や自治体を通じて日本全体や地域に貢献することができますし、事業によっては規模も大きくやりがいを感じて取り組むことができる、社会的な意義の大きい営業活動だとも言えます。

そのため、これまで行政営業に取り組んでいないという方も、事業拡大だけでなく営業担当者育成の場として行政営業に取り組んでみてはいかがでしょうか。トライツでは、一般企業向けだけでなく行政向け営業のご支援も行っています。ご興味ある方はぜひご相談ください。