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「タレントパレット」に「カオナビ」「ハーモス」など、自社の従業員の情報を集約管理するタレントマネジメントツールがここ数年ブームになっています。また、研修だけでなくOJTや中長期のキャリア開発までを含めて、人材育成を設計・運用しようという「タレントデベロップメント」というコンセプトが登場するなど、人材育成の業界では「タレント」が重要なキーワードです。

では、その「タレント」はどこまで含まれるのでしょうか。営業組織のタレントということで考えると、営業マネージャーやリーダー、メンバーは確実に含まれますね。では、営業企画のメンバーや派遣で来てくれているアシスタントスタッフ、提案を一緒に考えてくれる社外のプランナーやコンサルタントはどうでしょうか。

今回のブログでは、この「タレントの範囲」について、先日情報収集に行ってきたHR系のカンファレンス「UNLEASH AMERICA 2023」の講演内容をもとに考えてみたいと思います。皆さんの営業組織が成果を上げ続けるために必要なタレントは誰で、その人たちをどのようにマネジメントしたらいいのか、一緒に考えましょう。

米国では当たり前の「タレントの範囲」とは

4月下旬に開催されたHR系カンファレンス「UNLEASH AMERICA 2023」のセッションの1つに、「HRテックについて喋ろう」というものがありました。Amazon Web Services(以下、AWS)で人材育成・管理を担当しているマネージャーが、アメリカのタレントマネジメントツールのリーディング企業2社(EightfoldとParadox)のプロダクト責任者と、HRテック利用における課題と取組事例を語るというもので、非常に興味深く聞いていました。

始まってから10分くらいのところで、AWSのマネージャーがタレントマネジメントの課題について以下のように語っていました。

今や、管理すべき「タレント」って、自社のメンバーだけではないですよね。自社にとっての「タレント」は組織の内外で私たちの仕事とメンバーを支えてくれる人たちまで含む、いわば自社の「生態系」全体だと思うんですね。

この発言に対して2人の責任者は「その通り」「まったくそうですね」と軽くうなずいてから、その社内外の「生態系」全体をどう管理するかについての話にさらっと進んでいきました。この登壇しているメンバーにとって当たり前のことで、このセッションを聞いている周りの人たちもこの発言をノートやPCにメモしている人は少ししかいなかったのですが、私にとってこの発言は全然当たり前ではない、かなりショッキングなものでした。

日本のタレントマネジメントはまだ自社従業員まで

実際に私たちが顧客に価値を提供しようとすると、社外にいるさまざまな人たちの存在が必要です。顧客に一緒にサービスを提供するパートナー企業に、企画を一緒に考えてくれるプランナーやコンサルタント。自社のSFAをメンテナンスしてくれて定期的に分析レポートを出してくれるシステム会社の担当者。若手営業担当者向けの研修を継続してお願いしている研修講師/トレーナー。こういった人たちの協力があるからこそ、自社の価値を顧客に安定的に届けられているのです。

しかし、このような自社の「生態系」のメンバーをタレントとして捉え、マネジメントしている企業はほとんどありません。5月中旬にビッグサイトで開催されたHR Expoに行った際に各社のパンフレットや事例動画を見たところ、タレントマネジメントツールが日本を代表するさまざまな企業で導入されているようです。しかし、そのツール内に格納されている人材情報は基本的に社内の従業員ばかり。社内外のパートナーまで含めた生態系全体を管理しよう、というお話はついぞ聞くことがありませんでした。

AWSのマネージャーが語っていたような考えについては、2021年ごろからコンサルティング会社のデロイト日本が複数のレポートを発表して提唱しているものの、残念ながら日本ではまだ広まっていないようです。そのため、日本のタレントマネジメントの考え方に慣れ親しんでいた私にとって、初耳でありショッキングだったのです。

そもそも「なんのためのタレントマネジメント」か?

この背景には、「なんのためのタレントマネジメントか」という考え方の根本的な違いがありそうです。従業員の労働時間や賃金、職能にキャリアパスなど人事に関連する様々な事務を効率的に処理しようとするのであれば、自社の正社員に限ったタレントマネジメントでまったく問題がありません。しかし、「組織の内外で自分たちの仕事とメンバーを支えてくれる人たちまで含めよう」というのは、自社としての中長期的なパフォーマンス最大化のためのタレントマネジメントなのだと思うのです。

ですので、人事に関する様々なタスクを効率化したい人事部が自社正社員のみをターゲットとするのは至極当然で、さらにその先の安定的にパフォーマンスを発揮できる環境の構築をミッションとしている人/組織でないと、タレントに組織内外の生態系全体を含める必要がないのです。

既存組織体制の枠の中で新しい考え方やシステムを考えがちな日本と、シンプルに「稼ぎを増やすためにどうするか」を考え、そこから柔軟な発想をしようとする米国の違いをここでも感じることになってしまいました。

事例:生態系のタレントマネジメントの一部に着手

しかし、日本でもこんな事例があります。私のクライアント企業で、多くのパートナー企業と協力して官公庁や自治体といった公共向け事業に取り組んでいる営業組織の話です。公共事業は継続事業が多いため、パートナー企業と長く良好な関係を作るのがこのビジネスの大事なポイントなのですが、そのパートナー企業の情報が個々の営業担当者やプランナーの頭の中だけにしかない、という状態になっていました。そこで、パートナー企業をみんなでリストアップし、SFAツールの中に入れて組織全体で共有するという取り組みを始めました。

それぞれのパートナー企業とそこで自社を担当してくれている担当者をリストアップし、どういった仕事をどの自治体に対してどれくらいの期間一緒に取り組んできたのか、どういったことが得意で何が不得意なのか、仕事や人柄に対する自治体からの評価はどうか、一緒に仕事をする際の注意点は何か、といったことを入力し、半年ごとに更新しています。これによって、クライアント企業の営業担当者が異動する際の引継ぎが楽になりましたし、来年度の予算を提案するといった早期の営業活動の際に同行してもらいやすくなったなど、効率化につなげることができています。

とはいえ、これはまだタレントマネジメントのごく一部分でしかありません。AWSのマネージャーの発言を適用するならば、パートナー企業の担当者のスキル開発や後任の育成、適正な業務発注量の管理、長期的に仕事の幅を広げていくためのキャリア開発や企業対企業の関係性向上などにも、パートナー企業と一緒に考えなければならない。少なくとも、パートナー企業がどのように取り組もうとしているかを理解し、よりよい関係を継続するために足りないことがあれば、それをリクエストする必要があるということなのです。

事業に必要不可欠な社内外の人材をタレントとして扱っているか

皆さんの事業にとって、必要不可欠な社内外の人材を思い浮かべてみてください。その人のスキルや今後目指しているキャリアについてどこまで理解しているでしょうか。反対に、自社の事業方針や戦略、これから伸ばしたいことについて、どこまで理解してくれているでしょうか。そもそも、その人たちの最新情報を必要な関係者と共有できているでしょうか。これらを一言で言うと、その人たちのことを自分たちの生態系の「タレント」として扱っているか、ということになります。

「広義のタレントマネジメント」は要注目!

人的資本経営という言葉が企業の主要な経営課題になるなど、日本企業でも人材やタレントに注目が集まっています。もちろんまず第一にマネジメントすべきは、社内のメンバーであることは間違いありません。しかし、いろいろなパートナー企業と組んで仕事に取り組むことが当たり前になっている今の状況では、マネジメントすべきタレントはそれだけでは不十分です。

自分たちの仕事に関わるタレントを、社外のメンバーまで含めた生態系として捉え、理解し、開発/育成する。より広いタレントマネジメントの必要性について、よく理解することができました。今後、この「広義のタレントマネジメント」の事例などが、出てきましたらいち早くご紹介したいと思います。ご期待ください。

参考:「HR Tech Debate: Taming the Talent Lifecycle」(Sabina Joseph, Amazon Web Service, Unleash America 2023, April 26, 2023)