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IoTやRPA、AI活用といったDXの広まりとともに、PoC(プルーフ・オブ・コンセプト:概念実証)という言葉がビジネスの世界でも使われるようになっています。これは新商品・サービスを本格的に開発する前に、主に技術的な側面で実現可能性を検証するというもの。日本経済新聞でも2016年の初出以降、100件近くの記事で取り上げられていますので、目にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そんな中、最近では海外のB2B営業関連の記事や調査レポートで、PoCならぬ「PoV」という言葉が使われるようになっています。どうやら、顧客の購買プロセスが複雑化・長期化している現在において、顧客の意思決定を加速させるために有効な施策だとか。

今回のトライツブログでは、B2B営業におけるPoVがどういうものなのかをご紹介します。高価格帯の商品・サービスを扱っている方や、ソリューション営業に取り組んでいる方には特に参考になる内容ですので、ぜひお読みください。

デジタルの世界で以前から使われていたPoCとPoV

最初にお伝えしなくてはならないのは、「PoV」という言葉は以前からデジタル周りで使われていた、ということです。

冒頭でご紹介したように、本格的にシステム開発をする前に本当にそれが技術的に実現可能なのか、簡易的な実証実験をやろうという考えのもと、デジタル周りで最初にPoCという考え方が広まりました。そしてそれからほどなくして、技術的に実現可能か実証するだけでなく、ビジネス課題を解決できるのか、コストダウンや生産性向上などのビジネス上の価値を生むものなのかまで検証する必要がある、という考えが出てきました。これがPoV(プルーフ・オブ・バリュー:価値実証)です。

日本国内ではこのPoVはPoCほどには広まっておらず、2022年7月現在で日本経済新聞の記事では一度も登場していません。しかし、海外ではシステム開発だけでなくB2B営業の文脈でも使われる事例が増えてきています。そのため、ここではB2B営業の文脈で使われるPoVをシステム開発文脈で使われるものと区別するために、「営業PoV」と呼ぶことにします。

営業PoVとは顧客の環境で自社商品・サービスを使ってもらい価値を検証すること

この「営業PoV」がどういうものなのか、B2B営業に関する調査記事を数多く掲載しているWebサイトSales &Marketing Managementの最新記事「Proving Business Value in the Software Sales Process」の解説を読んでみましょう。

営業PoVとは、PoCのような技術的な検証ではなく、新しいソリューションを採用することで顧客が得られる、ビジネス上の価値を証明するものです。(中略)そのソリューションが顧客の課題解決に適していること、そして期待される利益目標を達成できることを証明するのが、営業PoVなのです。(中略)
特に複雑な課題を持つ顧客と商談をする場合には、この営業PoVによって顧客の意思決定を促進し、商談サイクルを短縮することが可能になります。

営業PoVの具体例は以下のようなものです。
・顧客のシステムにつないだり、実際のユーザーデータを取り込んだりして行うシステムのデモ
・顧客の生産ラインや現場に、自社の機器を短期間だけ無償で貸し出して行う試験稼働
・顧客の希望する処方に合わせて自社素材を配合して作るラボ試作

要するに、顧客の実際のビジネス環境の中で、自社の商品・サービスを使ってもらい、生産性の向上や効率化などの顧客が求める価値が得られたかを実証するのが営業PoVです。複雑で高価格帯の商品を扱っている営業組織であれば、すでにやっていることが多いのではないでしょうか。

ちなみに、机上で行う費用対効果のシミュレーションはPoVには入りません。顧客の実態に合わせてそれらしい数値を入力し、利益アップやコストダウンのシミュレーションをすることがよくありますが、これは言わば絵に描いた餅。PoVは実際の顧客の環境で顧客が試してみるという工程を踏みますので、机上のシミュレーションとは顧客の納得度合が大きく異なります。

このように、営業PoVは斬新で奇抜なコンセプトではまったくなく、今まで多くの営業組織がやっていた活動に、「顧客にとっての価値があることを実際の顧客環境で検証する」という目的が明確になるよう、PoV/価値実証という名前が改めてきちんと付けられた、というものなのです。

デジタルのPoC/POVから学ぶ営業PoVのチェックポイント

しかし、営業PoVの面白いところはここからです。世界中で多くの企業が取り組んだデジタル/DX分野のPoCやPoVから得られた教訓をもとに、どのように営業PoVに取り組むべきかが整理されつつあります。先ほどの記事の続きから、営業PoVのチェックリストを抜粋してご紹介します。

予算が確保されていて、PoVの結果によって購入を進める意思があることを事前に確認する
 
顧客の意思決定者を巻き込んで実施する
 
課題、目的、求める成果とその評価基準を顧客と握っておく
 
PoV実施前に、顧客のPoV出席者に対して自社の課題とソリューション、PoVで実施しようとしていることをレクチャーする
 
(システムの場合)顧客社内のセキュリティルールなど、PoVの障害になりえる要素について事前に確認しておく
 
PoV実施後には、顧客の担当者および意思決定者がPoVの結果を確認するための、レビューミーティングを予定する

今までに営業PoVを実施したことがある人にとって、耳の痛いチェックリストになっているのではないでしょうか。色々な営業組織で課題解決営業の一環として営業PoVに取り組んでいる様子を見てきましたが、手間をかけて社内の技術メンバーにも協力してもらったのにそこから先が思うように進まない商談は、このチェックリストのどれかに引っかかっているように思います。

皆さんがこれから営業PoVを行う際に、本当に実施して良いのか、事前の段取りに抜け漏れがないかをチェックする際のリストとして、参考にしてみてください。

営業PoVに欠かせない「顧客の業務理解」

そして最後に、実際に取り組んだことのある方は痛感されていると思いますが、営業PoVは単なる製品紹介やデモとは異なり、顧客の業務に対する深い知識が必要です。システムであれば、顧客の環境としてどのようなバリエーションがあって、データ形式や設定等でカスタマイズすべき箇所がそれぞれどこなのか。生産機械であれば、前後のライン設備や工場環境に合わせて機器の設定を変えたりオプションを付ける必要があるか。

一例をご紹介します。重点顧客に対して営業PoVを武器に新規案件の獲得を狙うというプロジェクトで、食品素材を扱うある企業とご一緒したことがありました。そのプロジェクトでは、顧客が求める商品イメージをヒアリングして自社素材を入れたレシピを考え、サンプルを作成することを営業PoVとしていました。

この際に大きなハードルとなったのがメニュー開発力でした。自社素材に明るいだけでなく他社素材と組み合わせたトータルの味づくり、冷凍やチルドなどの顧客が望む温度帯に合わせたアレンジ、またパウチなどの包装材料によっても使える素材や加工方法が変わるなど、知っておくべきことが多岐にわたっていたのです。そのため、顧客に対するアプローチの仕方を考えるのと同時並行で、営業と技術合同でメニュー開発力を高めるための勉強会を行いながらプロジェクトを進めました。

営業PoVで成功するために、自社営業の顧客業務理解力を高めよう

多くの企業が課題解決型の営業スタイルを取るようになっている現在では、営業PoVの優劣がそのまま営業力の差となります。競合より優れた価値を提供できることを実証し、顧客の意思決定を促進するためには、今回ご紹介した営業PoVのチェックリストを活用するのはもちろんのこと、顧客の業務課題を解決できるだけの深い顧客業務理解が欠かせません。

自社の営業は営業PoVを通じて顧客の業務課題を解決できるだけの知識や経験があるか、それを身につけさせるためにどのような打ち手が必要なのか、についてもこの機会に改めて考えてみてはいかがでしょうか。

参考:「Proving Business Value in the Software Sales Process」(Randy Hopkins, Sales & Marketing Management, July 7, 2022)