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Salesforceに代表されるSFA/CRM。Landscape社のuSonarといった企業情報データベース。LinkedIn社が提供しているSales Navigatorのようなソーシャルツールを活用した見込客発掘/育成ツール。これらの、主にB2B営業で活用されるシステム/ツールのことをセールステック(Sales Tech)と呼びます。

このセールステックはここ数年の間、世界中で急成長しており、著名なコンサルタントのナンシー・ナーディン氏が作成しているカオスマップ(一覧表)に掲載されているロゴの数は、2017年の400から2021年の1,000へと、倍以上の伸びを見せています。ここ数年は日本でも、SalesforceやSATORI、Cloud CIRCUS(クラウドサーカス)などの企業がTVCMに力を入れていますので、盛り上がりを体感している方も多いのではないでしょうか。

そんなセールステックの急成長が終わりを迎えるかもしれないという、気になる記事が最近発表されました。なぜ成長が減速するのか、日本ではどうなるのか、一緒に見ていきましょう。

インフレと金利急上昇で崩壊しつつある米国のセールステック・バブル

今回ご紹介する記事は「Is The Sales Tech Party Over?」。意訳すると「セールステックのバブルは終わったのか?」。Forrester Research社のアナリストであるマクバートリン氏が、セールステックに関わる米国企業への聞き込み調査をもとに執筆した力作です。が、本文はかなり専門的で難解なので、できる限り平易にかみ砕いてご紹介したいと思います。

まずは、セールステックのバブル終焉についての記述です。

ここ数か月の間に、セールステックのバブルがはじけ、この業界の中の全員が新しい現実に直面しているようです。ゼロ金利という金融緩和の時代が終わりを迎え、(中略)ウクライナ戦争や中国のロックダウンなどによるインフレも加わって、セールステック業界は今までにない厳しい状況となってきています。

変化の要因は、世界中で起こっている物流費・原材料費・人件費の高騰によるインフレと、それを抑えるために米国のFRBが実施している金利急上昇の2つ。これによって、セールステック業界の主な3つの登場人物、「投資家」「顧客企業」「セールステック企業」のそれぞれにマイナスの力が加わっている、と記事では述べています。

セールステック業界急成長の立役者「投資家」は今後冬の時代に

ここで、セールステック業界の登場人物の筆頭に投資家が挙げられていることに、違和感を覚える方がいらっしゃるかもしれませんね。

実は、ここ数年のセールステック市場の成長は、ベンチャーキャピタル企業が低金利のおかげで簡単に大量の資金を銀行から借りられて、それが様々なセールステック企業に潤沢に投資されてきたことによるものなのです。第2のSalesforceのようなユニコーン企業の発掘・育成を目指して、2021年にはセールステック企業だけで43億ドル、日本円に換算すると5,800億円もの金額が投資されました。

しかし、日本でも大々的に報道されているように、米国の政策金利はどんどん上がり続けています。そのため、ベンチャーキャピタル企業が資金調達しづらくなっており、短期間で確実にリターンが得られる案件に投資が限られてくる、と記事では予想しています。

顧客企業の利益率も下がり、セールステック企業の収益性と成長速度が低下する

また、顧客企業も、借入金にかかる金利の上昇や人件費・物流費・原材料費等の高騰によって利益率が低下するため、セールステックの新規導入が減少し、既存のシステム/ツールを費用対効果の観点からより厳しく精査することになるでしょう。

そのため、セールステック企業は、資金調達が難しくなるだけでなく、新規の商談数の減少と商談期間が長期化、さらには値下げへの顧客からの圧力といった要因によって、収益性と成長速度の両方が低下すると予測されています。

業界全体は厳しくなるが、顧客に価値を提供できる企業はかえって成長の好機に

このように、セールステックのバブルがはじけ、業界全体が厳しくなる一方で、真に顧客に価値を提供できる企業は引き続き堅実な成長が見込める、と記事では述べています。

業界を取り巻く環境が変化しているものの、顧客企業の営業DXが後戻りをすることはないでしょうし、営業生産性を高められるセールステックであれば需要が減少することもないでしょう。企業が利益を確保するのが難しい時代であるからこそ、B2B企業は顧客との関係を強化し、営業の効率を最大化するための営業DXにこれまで以上に注力しなければならないからです。

市場環境が厳しいから一律に市場全体がしぼむということではなく、顧客企業にとって真に価値あるテクノロジーはかえって導入が進むはずだ、というこの考察が記事のハイライトだと私は思います。事業環境が厳しいときこそやらなければならないのが、セールステックを活用した営業DXなのです。

マクロ経済環境は良好だが、デジタル化への意欲低下が懸念される日本市場

それでは目を転じて、日本国内でのセールステックはこれからどうなるのでしょうか。今の好況が続くのでしょうか。それとも米国のように厳しい時代を迎えるのでしょうか。

マクロ経済環境だけを見ると、今後も順調に拡大するように思われます。政府・日銀は今後も低金利政策を継続すると明言していますし、6月に閣議決定された「骨太方針2022」では、スタートアップ企業への積極投資の支援を政策の柱の1つに据えています。これらを見ていると、今後のさらなる伸びが期待できそうです。

しかしその一方で、社会全体が日常生活を取り戻すようになっていることで、営業DX、デジタル化への推進力が弱まり、コロナ禍以前の仕事の仕方に戻ろうとしている企業が、私の周りでも増えてきているように感じます。

Teamsではなく直接会って商談をしたり、Webinarではなく対面形式のセミナーをしたりすると、確かに営業している側はリモートでは得られない手ごたえを感じるものですし、「やっぱりデジタルよりも対面だ」と思うのも仕方がないとも思います。

デジタルの本来の価値を享受することができておらず「周回遅れ」な日本企業

しかも、多くの日本企業においては、顧客マスタや商品マスタが全社でバラバラだったり、複雑な商流のために、エンドユーザーのどこに何が売れているのかがわからないなど、デジタル活用の基本である「正しいデータ」が得られない状況になっていることが少なくありませんし、データを活かせる人材も不足しています。

残念ながら「デジタル活用」という面から考えると、日本企業は「周回遅れ」にあるのです。

そんな現状を例えると、建て増しを続けた使い勝手の悪い住宅に、最新のロボット掃除機を導入したら、掃除はしてくれるものの段差だらけで狭い範囲でしか掃除できず、本来の性能が発揮できない・・・となり、「これならば従来の掃除機の方が早い」と言われてしまっているような状況です。

ただ、その状況に関する認識が甘く、ゼロ金利が続いて政府支援が強化されはするものの、買い手側のデジタル化に対する意欲や需要が減少する可能性がかなりある、と個人的に推測しています。

営業やマーケティングのデジタル活用の流れを止めてはならない

金利の上昇やインフレといったマクロ経済環境の変化や、コロナ対策の緩和といった社会環境の変化によって、セールステック業界、私たちの視点から言うと営業のデジタル化には今後向かい風が吹くことがかなりの確率で予想されます。流行に敏感な人たちの間では、「もう営業のデジタル化は不要」などという声が出てくるかもしれません。

しかし、顧客の多くがデジタル/Webを使った購買活動に順応してきていますし、海外企業と比べて生産性の低い現状も少子化による労働人口の減少の中、大きな問題になっていくでしょう。それを解決する最も効果的な手段はデジタル活用なのです。

今回のレポートを読んで、私たちも改めて営業やマーケティングのデジタル活用の重要性について、これからも皆さんと一緒に考えていきたいと再認識した次第です。

参考:「Is The Sales Tech Party Over?」(Anthony McPartlin, Forrester Research, Inc., June 20, 2022)