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一度起こってしまったらもう元には戻らない。そんな変化のことを不可逆的な変化と呼びます。高校時代に物理で勉強した熱力学の第2法則「熱は高温の物体から低温の物体に移動し,その逆は自然には起こらない」で有名な熱伝導や、爆発などが不可逆変化の代表例ですね。

コロナ禍をきっかけとして現在進行しているデジタル化なども、不可逆的な変化だと言われています。例えば2021年分の確定申告から、マイナポータルアプリを使えば今まで必要だったICカードリーダーが必要なくなり、医療費やふるさと納税などの控除申告をこれまで以上に簡単に済ませられるようになりました。このようなデジタル化はこれからもさらに加速していくでしょうし、地域の税務署で行列を作っていた以前のやり方に戻ることはまずないでしょう。

このような不可逆的な変化はB2B営業・マーケティングの世界でも起きています。その代表格が、対面やリモート面談、Webなどの複数のチャネル(経路)を組み合わせて顧客とやり取りする「オムニチャネル」です。コロナ禍以降、皆さんも対面とリモート面談、Webマーケティングなどを組み合わせたオムニチャネルで営業活動をされていることでしょう。

今回のトライツブログでご紹介するのは、B2B営業・マーケティングでのオムニチャネル化の最新状況。顧客は対面とリモート、Webをどのように使い分けているのか等について、世界各国と日本の最新データを見比べていきます。コロナ禍から丸2年が経過し、世界の顧客は様々なチャネルをどのように利用しているのか、早速見ていきましょう。

調査レポート①オムニチャネル化により満足度が高まる世界の営業

今回ご紹介するのはマッキンゼー社が定期的に実施・公開しているB2B営業・マーケティング調査「B2B Pulse」の最新版「The new B2B growth equation」。コロナ禍以降のB2B営業の変化、特にオムニチャネル化がどのように進んでいるかについて、世界全体を対象にした興味深いアンケート調査を定期的に行っています。

最初に、B2B営業組織はオムニチャネル化への変革によって成果を上げられるようになっているのか、2年前のコロナ初期からの推移を確認しましょう。

オムニチャネルは従来の対面主体の営業モデルよりも効果的です。対面、リモート、デジタルセルフサービス(訳注:eコマースやチャットボットや診断/簡易見積ツールなど、顧客が自分で操作するWebサービスのこと)を使ったやり取りをできるようにしたことで、企業の営業モデルへの満足度は飛躍的に高まっています。世界のB2B企業の90%以上が自社の営業モデルについて、コロナ禍以前と同等以上に効果的だと回答しています。

上のグラフにもあるように、2021年12月の最新データではコロナ禍以前と同等以上と回答したのが92%、より効果的になっていると回答したのが70%と、世界のB2B企業の多くがオムニチャネル化による成果を実感しているようです。

調査レポート②例外のないオムニチャネルの「3等分の法則」

それでは、成果につながるオムニチャネル化とはどういうものなのか、そもそもオムニチャネル化は本当に万国共通のソリューションなのか、調査レポートの要約部分を見ていきましょう。

ポイント1. オムニチャネル化はシェア拡大への王道である
より多くのチャネルを用意すればするほど、市場シェアは大きくなる。

ポイント2. オムニチャネル化に例外はない

業界や国/地域、商談の規模、顧客の購買プロセスに関係なく、すべてのB2B顧客はオムニチャネルを求めている。

ポイント3. オムニチャネル化は顧客ロイヤルティに影響する
顧客は優れたオムニチャネル体験を得るためのサプライヤー変更に、これまで以上に抵抗を感じなくなっている。

ポイント4. 数字がすべて

優れたオムニチャネルの基準は、「対面」「リモート」「デジタルセルフサービス」の3つの区分で10以上のチャネルを常に提供していること。

この要約が断言しているのは、オムニチャネル化は現在のB2B営業にとって「絶対条件」だということ。国や地域に関係なく、購買プロセスの初期段階でも最終段階でも変わらず、取り扱っている商品が特殊で高額なものであっても、オムニチャネル化が必須だというのです。レポートの中で、関連するデータがいくつか紹介されているので見てみましょう。まずは購買プロセスに関するデータです。

「3等分の法則」を私たちは発見しました。対面、リモート、デジタルセルフサービスの3つの区分について、世界中のB2B購買担当者はそのすべてを購買プロセスを通じて均等に利用しています。

2020年8月時点では、「①探索・調査」や「②比較・評価」といった購買プロセスの前半では圧倒的に「リモート」の割合が高かったものの、最新のデータではどのプロセスでも対面、リモート、デジタルセルフサービスの3つの区分がきれいに均等に利用されるようになっていることが分かります。続けて、金額の高低や商品・サービスの複雑さといった特性ごとのデータです。

高価格な商品や複雑な商品・サービスを購入する場合は、対面の割合がやや高くなっているものの、多くの購買担当者は高価な商品や複雑な商品であってもリモートやデジタルセルフサービスを活用して快適に購買しています。

今まで、低価格でシンプルな商品はリモートやデジタルセルフサービス向きで、高価格で複雑な商品はこれまで通り対面じゃないと買ってもらえない、というのが多くの方の共通認識だったと思うのですが、それが覆されるデータとなっています。「3等分の法則」には例外がないことが、このデータからも証明されています。

調査レポート③「3等分の法則」を立証してしまっている日仏両国のオムニチャネル化への遅れ

そしてこの法則についてのもう1つのデータが、国/地域別のデータです。続けて見ていきましょう。

3等分の法則を破ると、顧客だけでなく、売り手も不幸になります。その証拠に、フランスと日本のB2B企業では、他の国と比較して営業モデルに満足していると回答した割合がかなり低くなっていますが、両国ともに共通してB2B企業がコロナ禍以前の営業モデルに固執しており、対面でのやり取りを好む傾向があります。

残念なことに、オムニチャネル化の取り組みが進んでいない国の満足度が低くなっているのは、オムニチャネルの有効性を逆説的に証明するものだ、という文脈で日本とフランスが紹介されています。日本の満足度が高くなっていれば、「世界ではオムニチャネル化が進んでいるらしいが、我が国では対面主体で十分効果的な営業ができている」と胸を張れるのですが、満足度が他の国より低くなっているので、このように評されてしまうのも仕方がないように思います。

最後にこのレポートの〆めの文章を見てみましょう。

これらの調査データが示していることは、シンプルかつ明確です。顧客ロイヤリティと市場シェアを獲得するために、B2B企業はオムニチャネルを自社の営業・マーケティングの基盤としなければなりません。事業の収益性と成長は、オムニチャネル化にかかっているのです。

日本とフランスのオムニチャネル化が遅れている理由を考える

これまで、日本のB2B営業でオムニチャネル化が進まない理由は、横浜などを含めた東京近県に多くの企業が集積していて、対面で通える範囲に多くの顧客がいるからだとされていました。対するアメリカではニューヨークやカリフォルニア、シカゴやアトランタなど広範なエリアに大企業が分散しているので、コロナ禍以前からリモートが普及していたのだ、というものです。

首都圏への産業や人口の集積率という観点で日仏両国を見ると、GDPや人口が首都圏に占める割合は両国ともに高く、日本が世界2位、フランスが3位となっているので、一見するとこの理論で説明がつきそうなのですが、GDP集積率と人口集積率の両方がダントツの世界1位の韓国でオムニチャネル化が進んでいて、営業モデルへの満足度も高くなっていることの説明がつきません。どうやら日仏両国のオムニチャネル化を妨げている要因は他にもありそうです。

日本とフランスの共通点としてすぐに思いつくのが、国民全体の英語能力の低さ。日本がアジアの中で英語のスコアが低いのはよく知られていますが、欧州の中ではフランスの英語スコアが低いのも有名です。両国とも国民の多くは母国語しか話しませんし、フランスではトゥーポン法という外来語の使用を規制する法律もあるなど、内向きで閉鎖的な国民性がオムニチャネル化という新しい動きへの対応を遅らせてしまっている可能性がありそうです。

もう1つ、各国の国民性や意識を考える際に参考になるデータとして、通称GEM、グローバル・アントレプレナーシップ・モニターというものがあります。これは世界47か国を対象に22年間継続して実施されている、起業の実態とその背景となる国民性・意識についての広範な調査データです。

このデータによると、フランスが47か国中で最下位なのは「デジタルテクノロジーの活用意欲」でした。「新規事業の始めやすさ」や「失敗に対する恐怖心」などのスコアは低くないのに、この「デジタルテクノロジーの活用意欲」は最下位で、「社会文化的規範」つまり新しいことへのチャレンジを社会的に後押しする文化は下から2番目。新しい取組、特にデジタル関連への取組に対して慎重な国民性が影響しているものと思われます。

一方で日本は「社会文化的規範」と「個人的な知識・スキル」が最下位。新しいチャレンジを良しとしない風潮が強いだけでなく、起業に必要な知識・スキルを習得していないために起業が活発でないというのです。

新しい知識・スキルを習得することから始めよう

東京圏への産業・人口の集積という地理的な要因だけでなく、新しいチャレンジを後押ししない文化と、新しい知識・スキルの習得の消極性、そして内向きで閉鎖的な気質という3つの社会的・心理的な要因が、今の日本企業のオムニチャネル化の遅れにつながっているのではないか、というのが私の仮説です。よそで起きている新しい変化を我が事として捉えず、新たなことを自ら学ぼうとする人があまりおらず、新しいことに取り組もうとする人にはリスクや収益性をじっくり考えて綿密な計画を立てるように促し、結果として取組のスピードを遅らせてしまう。このような光景を見たことがある人は多いのではないでしょうか。

それでは私たちはどうしたら良いのでしょう。先ほどの3つの要因のうち、すぐに変えられるのは「新しい知識・スキルの習得」です。デジタルセルフサービスの導入事例や、そこで使われているツール/テクノロジーについて積極的に学び、自分たちならどのように活用できるかを考えてみる。導入実績が豊富な専門家に相談するのも良いでしょう。そうやって知識・スキルという壁を乗り越えるのが、もう以前のようには戻ることのない不可逆変化の「B2B営業のオムニチャネル化」に取り組む第一歩となるのです。

参考:
The new B2B growth equation」(Arun Arora, Liz Harrison, Candace Lun Plotkin, Max Magni, and Jennifer Stanley, McKinsey & Company, February 23, 2022)
「Global Entrepreneurship Monitor 2021/2022 Global Report」(Global Entrepreneurship Research Association)