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SDGsという言葉がこのように社会全体に普及する前までは、多くの企業の調達ルールは「コンプライアンスの遵守」「公正で誠実」というものでした。贈収賄の禁止や反社会的勢力の排除はもちろんのこと、2003年に改正された下請法で、不当に安い値段を強要する「買いたたき」や、買い手という立場を利用して購買する商品やサービスとは関係のない仕事をさせる「不当な役務の提供要請」などが厳しく罰せられるようになったのは、皆さんもご存じでしょう。
それに加えて近年ではSDGsへの取組が当たり前のものとなり、特に大企業では人権や環境に配慮した「サステナブル調達」や「エシカル調達」のポリシーを定めて公表するところが増えてきています。例えば、サントリーグループでは、サプライヤーガイドラインを制定してサプライヤー企業への方針順守を求めるだけでなく、第三者調査機関と提携してコーヒーや砂糖などの主要原料に強制労働や児童労働のリスクがないか評価する活動を行っています。
このように企業の調達のあり方は、「コンプライアンスの徹底」や「SDGsの推進」といった環境の変化によって大きく変容しています。今回のトライツブログは「B2B営業と値上げ」の第2回として、調達の変化の観点からB2B営業が価格交渉に臨む際のあるべきスタンスや意識について考えてみたいと思います。敵対的で緊張感が張り詰めているシーンとしてイメージされがちな価格交渉の場面を、協力的なパートナーシップ関係に転換するにはどうすれば良いのか、一緒に学んでいきましょう。
調査レポート①B2B調達で重視されるポイントの変化
今回ご紹介するのは、かなりマニアックな専門誌「Journal of Revenue and Pricing Management」に昨年掲載された記事「Value first, then price: the new paradigm of B2B buying and selling」(価格より価値が大事:B2B購買・営業の新パラダイム)です。この記事では、スウェーデンの金属部品メーカーやフィンランドの産業機械メーカーでの実証実験と、欧州のB2B企業数百社を対象としたアンケート調査に基づいて、買い手企業と売り手企業の双方にメリットのある調達・営業のあり方を述べています。
まずは、B2B調達で起こっている変化について、おさらいすることから始めましょう。
従来のB2B調達で重視されていたのは「価格」「品質」「納期」の3つのみでした。(中略)
GMやクライスラーといった業界のトップ企業であっても、サプライヤーとの関係は敵対的かつ短期的なものであることが一般的でした。
特にメーカー企業では調達がいわゆるSCMの一部となっていますので、QCD(品質、価格、納期)の3つが重視されるのは、よく理解できるのではないでしょうか。続けます。
現在の調達・SCM部門は、これまでのコンプライアンス遵守から、良き企業市民としての社会貢献へと積極的に自身の役割・責務を広げつつあります。(中略)
現在の経営トップは調達において、「価格」「品質」「納期」の3つ以上に「イノベーション」と「サステナビリティ」を重視するようになっています。そのため、持続可能性、リスク管理、アジャイルな対応、協働してのイノベーション開発、サプライチェーンの透明性やサプライヤー企業各社の労働環境などは、現在の調達責任者がサプライヤーを選定する際に極めて重要な評価基準となっています。そしてこのことによって、サプライヤーとの関係性が「短期的な敵対関係」から、共同での価値創造を目指した「長期的な協力関係」へと移行しつつあります。
調達部門における環境変化によって、調達で重視されるポイントがQCDの3つからイノベーションとサステナビリティへと変わりつつある、というのはこの記事の中でとても重要なテーマなので詳しく解説します。
調査レポート②顧客とサプライヤーの関係は長期的・協力的に
品質を高めようとするとコストや納期が増えてしまう、コストを改善しようとすると品質が下がってしまうというように、QCDの3つ組は片方を上げようとすると残りが下がってしまうというマイナスの相互作用があります。そのため、買い手がQCDの改善を求めると、売り手側のどこかに必ず無理が生じてしまうのでどうしても交渉が敵対的になってしまいます。また、買い手の値下げ圧力が行き過ぎると下請法でも禁じられている「買いたたき」になりますし、売り手が取引や事業そのものを継続できなくなることも起こり得ます。これらが原因となって「短期的な敵対関係」になるのです。
しかし、新しく重視されるというイノベーションやサステナビリティには、そのようなマイナスの相互作用はありません。売り手がこれらの要素を高められれば、それはそのまま買い手の価値となります。そのため、継続的なパートナーシップを結んで高め合うことが両者にとってのメリットとなるので、長期的な協力関係へと移行しやすくなる、ということなのです。記事では続けて、買い手と売り手が長期的な協力関係へと移行する要因を、別の観点からも解説しています。
この背景には、競争は個々の企業レベルだけでなく、各企業のサプライチェーンやエコシステム(生態系、ここでは関係する企業群の意)のレベルでも起こるようになっている、ということがあります。
これはつまり、買い手企業が競争に勝つ強い企業となるためには、サプライヤーや取引先企業まで含めたエコシステム全体として強くならなければならないということ。この観点で見ると、QCDで圧力をかけてサプライヤーを疲弊させる従来型の調達方針は、自社のエコシステムそのものを痛めつける行為だということになります。
調査レポート③これからは「価格」ではなく「価値」に焦点を当てよう
では、QCDではなくイノベーションやサステナビリティが重視されるこれからの時代では、買い手と売り手はどのように会話すれば良いのでしょうか。その答えが、この記事のタイトル「価格より価値が大事」だと言うのです。続けてこの記事の結論を見てみましょう。
今回調査した高業績企業では、顧客との交渉を従来の「価格」から「可視化された価値」へと転換し、調達担当者の誰もが理解できる言葉、すなわちお金、を使って自社の価値および顧客メリットを定量的に示していました。(中略)
顧客価値に焦点を当てることで、高い市場シェアと競合他社より高い「プレミアム価格」の両方を実現しているのです。(中略)価値に焦点を当てて交渉している企業は、価格で交渉している企業よりも収益性が高く、価値を基準にして調達する企業は、価格を基準にして調達する企業よりも収益性が高い、という傾向が複数の調査で明らかになっています。
つまり、顧客とサプライヤーそして社会全体が価格よりも価値に焦点を当てることで、従来は敵対的で短期的であった関係が、利益とイノベーションを生み出す協力的で長期的なパートナーシップへと変化するのです。
やっと「価値」「協力的で長期的なパートナーシップ」が求められる時代が来た
「価格で競争するのではなく価値で戦おう」「顧客との協力的な関係を構築しよう」という掛け声は、ずっと昔からありました。2000年ごろに話題になったロイヤルカスタマー戦略などをご存じの方もいらっしゃるでしょう。しかし、このロイヤルカスタマー戦略は売り手企業にとっての価値は明確なものの、買い手企業が依然としてQCDを重視して調達していたために普及せず、掛け声倒れになったきらいがあります。
それから20年の時が経ち、世界中の企業で調達についての考え方が変化してきました。もちろん、いまだに「1回は見積を突き返す」「2回値下げした証拠がないと発注・契約しない」などの、わざわざ敵対的な関係を助長するルールで調達している企業もあります。しかし、多くの企業がサステイナブル(持続可能的)で、エシカル(人権に配慮)で、自社のイノベーションの源泉となるようなイノベーティブな商品/サプライヤーを選ぶようになりつつあります。今回ご紹介した記事が言うとおりの世界にB2B調達・営業が変わってきており、「価値」や「協力的で長期的なパートナーシップ」を重視する顧客が増えつつあるのです。
もちろん、これは売り手企業にとって値下げ圧力が軽くなるから交渉が楽になる、という話ではありません。顧客のサステナビリティやイノベーションに貢献する商品/企業だということを金額で示さなければならず、これはこれで極めて高いハードルです。
今回ご紹介した内容を一言でまとめると、「顧客が何を調達で大事にしているか、それに変化が起きていないかを注意深く確認しよう」ということ。「あそこの顧客は値下げ要求ばっかりだから」と決め込んでいると、イノベーションやサステナビリティに調達の軸足を移していることに気づかず、その顧客のエコシステムの中に入り込む機会を失ってしまう可能性があります。顧客の変化に注意を払い、しっかりとそれに追随しなければならないのです。
これからの営業の仕事は自社の顧客価値を金額で示すこと
紹介した記事の中に「これからの営業の仕事は、顧客にとっての価値を創造し、数値化し、文書化すること」という一文があります。ぜひ皆さんも、自分の会社が提供している価値を、顧客から見た金額で表現してみてください。そして、自分の会社が顧客のエコシステムの一員として共存共栄するに足る存在であることを、どうすれば立証できるかも考えてみてください。その答えがイノベーションやサステナビリティが重要視される、これからの時代の営業戦略の核となります。今回紹介した記事は、単に価格交渉に臨むスタンスだけでなく、営業戦略そのものを見直すヒントでもあると思うのです。
参考:「Value first, then price: the new paradigm of B2B buying and selling」(Andreas Hinterhuber, Todd C. Snelgrove & Bo-Inge Stensson, Journal of Revenue and Pricing Management, 24 March, 2021)