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昨年(2021年)夏に出版されてから売れ行き好調なビジネス書が、日経BP社の『LISTEN—知性豊かで創造力がある人になれる』です。発売当初から長い間Amazonの「環境とビジネス」部門でランキング1位を独走し、2022年2月時点で6.7万部突破と、ベストセラーの目安と言われる3万部を超える数字を叩きだしています。

この本は、2000年に発売された『プロカウンセラーの聞く技術』、2012年に発売されて話題にもなった阿川佐和子氏の『聞く力―心をひらく35のヒント』に続くヒット作であり、およそ10年周期で「聞くこと」を題材とした話題の本が登場しているということになります。「聞くこと」はいつの時代も多くの人が関心を持つ、普遍的なテーマなのでしょう。

「聞くこと」が重要なのは、もちろんB2B営業でも変わりません。そして、『LISTEN』(原題は『You’re Not Listening』)の売れ行きは海外でもすさまじいようで、それに触発されたのかB2B営業における「聞くこと」の重要性や、さらに近年のB2B営業の変化に合わせた新しい考え方や手法を紹介する記事が数多く公開されています。

そこで、今回のトライツブログではその中から厳選した記事を題材にして、B2B営業での新しい「聞き方」を学んでいきたいと思います。『LISTEN』をすでにお読みの方もまだの方も、ぜひお読みください。

調査データ:B2B営業担当者の多くはよい聞き手ではない

新しい聞く技術を学ぶ前に、そもそも私たちの今の聞く技術がどの程度のものなのか、B2B営業全般の聞く力についてのデータを見ることにしましょう。1つ目のデータはLinkedIn社の営業ブログ「Buyers Most Want a Salesperson who Listens Well. Here’s How to Do That.」の中で示されている調査結果です。

何千人ものB2B購買担当者を調査したところ、顧客が最も重視する営業担当者のスキルは「聞くこと」でした。顧客は、営業担当者が自分たちの話を聞いて理解し、それをもとに優れた解決策を提供してくれることを望んでいます。その一方で、そのスキルはB2B営業担当者が最も持ち合わせていないものだとも回答しています。

どうやら多くのB2B営業担当者は、顧客にとって良い聞き手ではないようです。そして、このことは別の切り口のデータでも実証されています。商談時の会話分析サービスを開発・提供しているGong社の調査をご紹介します。

話す量と聞く量の比率が、毎回の商談だけでなく営業成績全体に影響を与えることがデータで明らかになりました。
B2B営業で最も成果につながっている会話の比率は、営業担当者が話している時間が43%で、聞く時間が57%です。しかし、平均的な担当者は68%の時間を自分が話すことに費やしています。

つまり、多くのB2B営業担当者は聞くのが上手くないどころか、そもそも聞くことそのものができていないというのです。そのため、営業担当者向けのアドバイスの第一歩は「顧客の話をちゃんと聞きましょう」という初歩的なものになってしまいます。先ほどご紹介したLinkedInの記事の続きでも、アドバイスは以下のようなものになっています。

1. 次の質問を考えずに、心を無にしてその場にいて、ただ顧客の話を聞く
2. 顧客の話に割り込まずに、耳を傾ける
3. ボディランゲージや表情、声のトーンなどの非言語的なサインに注意を払う
4. 顧客にとっての必要性・重要性・緊急性を明らかにするような質問を投げ掛ける

番号の1から3まではいわゆる傾聴の基本ルールが書いてあります。そして4番目になってようやく傾聴以外の要素が出てきましたが、それこそ30年以上昔から言われ続けている「SPIN営業」のような質問法の話ですので、B2B営業をある程度経験されている方には見慣れているアドバイスばかりになっているように思います。

ヒアリングで顧客の課題を言語化し、ともに思考を深化させる

このような見慣れたアドバイスを紹介している記事が多い中、異彩を放っているのがLeadFuze社の最新記事「Less Speaking, More Listening in Sales: Secret for Success」。単なる傾聴のスキルだけでない、もう一歩踏み込んだ要素が含まれています。

・顧客が抱いている感情や考えを明確な言葉にする
(中略)
・顧客の課題を顧客よりも正しく表現する
・顧客の課題の核心を突く的確な質問をする

ご覧いただいてお分かりのように、LeadFuze社のアドバイスは先ほどのLinkedInのものとは異なります。しっかりと傾聴することを前提としつつ、顧客の感情や課題を明確な言葉で表現・説明し、核心を突く質問によってさらに思考を深めていこうというもの。LinkedInで紹介された傾聴を受けた顧客の商談後の感想は、「しっかり話を聞いてもらえた」という満足感どまりでしょうが、LeadFuze社で紹介されているヒアリングを受けた顧客は、「自社が直面している課題と、それへの解決策が明確になった」というビジネスに直結する価値を感じるのではないでしょうか。

ヒアリングを通じて顧客のセンスメイキングを促進する

私がこのLeadFuze社の記事に大きな価値があると考えている理由は、最近のB2B営業でのトレンドになりつつある「センスメイキング」とつながるものがあるからです。B2B営業でのセンスメイキングとは、顧客が自分で情報を理解して意思決定を行えるように支援すること。具体的には、顧客が持っている情報に優先順位をつけた上でその中身をシンプルにまとめ、顧客が自分で納得して意思決定できるような思考のフレームワークを与えることを指しています。

Webなどを通じて顧客が自ら様々な情報を集めて、主体的に購買活動を進める「顧客中心営業」が主体の現在において、センスメイキングは極めて重要な営業活動です。そして、LeadFuze社が紹介している「顧客の感情や課題を明確な言葉で表現・説明し、核心を突く質問によってさらに思考を深める」というヒアリングは、顧客が自分自身のことを理解するのを促進する、センスメイキング的なヒアリングであるとも言えるのです。

ちなみに、トライツがクライアント企業のヒアリング力向上の支援をする際に、傾聴の技法や質問話法だけでなくヒアリング用のツールを新たに作成することが多くあります。このツールは、顧客が抱えている課題をヒアリングの場で一緒に整理しながら、課題解決策を一緒に組み立てていくというもの。よく「顧客の思考に補助線を引く」という言い方をしていますが、出来の良いヒアリングツールもセンスメイキング的ヒアリングを実施するのにとても役立つものです。

プロフェッショナルとしてのヒアリングの手法を考えよう

「インサイダーにとって自らの世界の包括的地図を描くのは難しい」
「彼らの世界をはっきり見るには、アウトサイダーであると同時にインサイダーである必要がある」
これは、社会人類学の博士号を持つ国際的なジャーナリスト、ジリアン・テット氏の言葉です。日本語で岡目八目という言葉もありますが、組織の内側にいる人間にとって、その組織がどのような課題に直面しているかを正しく理解するのは難しく、外側から見てくれるアウトサイダーの存在が必要だということです。

これはB2B営業においても同じで、困っている顧客・悩んでいる顧客は自分たちが直面している課題が何か、どのような構造になっているのかを正しく理解できていない、ということが多分にあります。そのような際に、今回ご紹介したセンスメイキング的なヒアリング、つまり顧客の感情や課題を明確な言葉で表現・説明し、核心を突く質問によってさらに思考を深める、という関わりが大きな価値を発揮することになります。

顧客が自ら様々な情報を集めて、主体的に購買活動を進めるようになっている現在、営業担当者には単なる情報提供者や注文窓口だけではなく、顧客の課題を理解して適切な解決策を考えてくれる、外部(アウトサイダー)のプロフェッショナルであることが期待されています。そしてそのためには、顧客にとって良い聞き手であるだけでなく、ヒアリングを通じて顧客の思考に補助線を引き、課題と解決策を顧客が理解するのをサポートするセンスメイキング的ヒアリングの妙手である必要があるのです。

「聞くこと」の重要性にスポットライトが当たっている今、それぞれの営業組織は自らの専門分野のプロフェッショナルとしての、ヒアリングの手法・姿勢を改めて考え、カタチにすることが求められているのではないでしょうか。

参考:
Buyers Most Want a Salesperson who Listens Well. Here’s How to Do That.」(Paul Petrone, LinkedIn Sales Blog, January 10, 2022)
Less Speaking, More Listening in Sales: Secret for Success」(Justin McGill, LeadFuze, December 31, 2021)