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「営業心理学」という言葉にどんな印象をお持ちでしょうか。「人たらし」や「言葉巧みに」「相手をその気にさせる」「買うつもりがなかったのを、上手に言いくるめて買わせる」など、相手に付け入って操作するようなイメージをお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。このような営業パーソンがドラマや映画で登場することも多いため、営業という仕事そのもののイメージを損なってしまっている一因にもなっているように思います。 

ところが、最近はこのような操作的な手法から脱却しようという動きが少しずつ出てきています。そこで今回は「現代の営業心理学」について取り上げてみたいと思います。一緒に学んでいきましょう。 

相手を操作しようとしてきたこれまでの営業心理学 

これまで、営業における心理学の主流は、人間の心理学的な特性をうまく使って、相手の気持ちや行動を操作しようというものが多かったように思います。 

行動心理学をビジネスに広めるきっかけとなった『影響力の武器』(ロバート・チャルディーニ著)や、ノーベル賞を受賞した経済学者による『NUDGE 実践 行動経済学』(リチャード・セイラー著)など、書店で手に取ったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。他にも、80年以上前に出版された『人を動かす』(デール・カーネギー著)なども有名ですね。 

しかし、最近はそのような操作的な考え方を良しとしない記事や書籍が増えてきています。このテーマについて特に良くまとめられている記事「The psychology behind successful B2B sales」(成功するB2B営業に隠された心理学)がつい最近発表されましたので、この記事をもとに営業心理学の変化を見ていきましょう。 

緊急性や恐怖/不安を使って顧客を煽り立てていた過去の営業モデル 

まずは過去の営業心理学についてです。 

以前は多くの営業モデルが操作的な手法を採用していました。「期間限定」や「ラストチャンス」などという表現を使うことで、緊急性を煽り立てて顧客にその場で判断させるようにトークが設計されていました。感情の操作も広く用いられていて、必要不可欠な製品やサービスを逃してしまう可能性を強調したり、購入しなかった場合に起こりうる悲惨な状況を克明に表現したりするなど、恐怖や不安を利用した売り込みが行われていました。

不誠実な操作は見抜かれている!現在では信頼が営業の一番の売りに 

しかし、現在ではそのようなやり方が通用しなくなっている、と記事では続けて述べています。 

現代では、信頼が一番の売りになっています。顧客はより多くの情報を持っているため、営業担当者による不誠実な操作を簡単に見抜くことができます。顧客は自社のニーズや価値観に真摯に向き合ってくれる企業/担当者との関わりを好みます。顧客から信頼されるためには、誠実なコミュニケーション、顧客の懸念に耳を傾けること、顧客のニーズを真に満たすソリューションを提供することが必要です。

先ほどご紹介したような『影響力の武器』『NUDGE』などの書籍が広く読まれるようになったこともあり、営業担当者だけの秘策だった操作的な手法について、顧客もまた知るようになっています。現にこれらの書籍では「この手法を使って思いのままに相手を操作しましょう」ではなく、「私たち人間にはこのような特性があるので気を付けましょう」というスタンスで書かれています。 

信頼をもとに長期的な関係を構築するのが現在成功している営業 

記事の引用を続けます。 

現代の効果的な営業戦略は、顧客との間に真のつながりを生み出し、信頼を築くことです。そのためには、明確なコミュニケーション、製品や価格の透明性、目先の売上よりも長期的な顧客との関係に重点を置くことが必要です。営業チームは、顧客にとってのアドバイザーやコンサルタントになるよう訓練されており、価値ある情報やガイダンスを提供することで、顧客のニーズや目標に沿った十分な情報に基づいた意思決定を支援します。(中略) 
今日、成功している営業担当者は、自分の役割は顧客を操作することではなく、情報を提供し、導き、支援することだと理解している人たちです。今日の営業は、信頼と相互尊重に基づいた関係を構築することなのです。

相手を操作して購買に至らせようとするのではなく、信頼をもとに長期的な関係を構築することが必要だとあります。私が記事で一番面白いと思ったのは、この記事を書いているのがイギリスのテレマーケティングの会社だということ。操作的で狡猾な営業の代表のように思われることのあるテレマーケティングの会社が、操作的な手法を排して信頼関係の構築を説いているというのが、非常に印象的でした。 

誠実に振る舞って生涯にわたる顧客を生み出すのが営業の仕事 

この記事の締めの一文は「営業とは、もはや単に取引を成立させることではなく、生涯にわたる顧客や自社の支持者を生み出す関係を築くことなのです」とあります。 

もう二度と出会うことがないであろう観光客を食い物にする、観光地の悪質なタクシー運転手や写真撮影詐欺業者のように相手に付け込んでいると、その顧客から二度目の注文はもらえないでしょうし、SNSなどを通じて社内外に自社の悪評が広まってしまうことでしょう。そうではなく「この顧客と生涯にわたる関係を構築しよう」と思うなら、おのずと誠実な振る舞いをするように意識するはずです。 

信頼が現代の営業のキーワードに 

この記事以外にも、信頼を営業の根幹とする考え方が最近増えてきています。日本で出版されている書籍だけでも「圧倒的信頼が手に入る営業PDCA」「オンライン営業は信頼が9割」など、信頼をタイトルにしているものが増えています。海外ではそのものズバリの「Sales Cred」(CredはCredibility(信頼)の略語)など、CredibilityやTrustをタイトルに含める書籍が数多くあります 

この変化はコンサルタントのように関わって顧客の購買活動を支援する現代の営業にも合致しているように思います。 

求められているのは「誠実な人」でなく「誠実な顧客対応」 

ここで注意が必要なのが、これまでの話は決して「根っから誠実な人でないと現代の営業は務まらない」と書いてあるわけではないことです。 

購買の意思決定が仕組み化/手順化され、多くの関係者が関わるようになっている現在では、言葉巧みに目の前の人を口説くだけでは購買に至りません。そうではなく、きちんと相手の話を聞いて最善な策を一緒に考える。それが顧客社内で合意を得られるように必要で正確な情報を提供する。普段の生活では誠実とは言えないような人であったとしても、誠実な人だと思われるような営業活動をしていれば売れますし、信頼関係を構築できるようになるということなのです。 

テクニックを使わないのが現代の営業心理学のテクニック 

現代の営業で成功するためには、相手を操作しようとするのではなく、アドバイザーやコンサルタントとして誠実に真摯に価値を提供し続ける。緊急性を煽り立てたり買わなかった場合に起こりうるマイナスのイメージを植え付けたりといった表面的なテクニックを排することこそが、現代の営業心理学における一番のテクニックなのだと思います。 

参考:「The psychology behind successful B2B sales」(The Telemarketing Company Ltd., May 18, 2024