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マーケティングの大家フィリップ・コトラーの古くからの名言の1つに、「最高の広告は満足した顧客である」というものがあります。また、2017年に出した新刊では、顧客の購買体験を「5つのA」で表現し、5番目のAを「推奨(Advocate)」としています。昔も今も、満足した顧客がほかの顧客に自社の商品・サービスを推奨してくれるというのは、嬉しいことですし、とても効率的な顧客獲得手法の1つだというのは間違いないでしょう。
既存顧客からの推奨によって顧客を広げていくことを、最近はリファラル(紹介)マーケティングと呼び、その手法もデジタルを活用するなど進化しつつあります。
そこで、今回のトライツブログでは、ここ数年でさらに注目度が高まりつつあるリファラルマーケティングについて学んでいきます。リファラルマーケティングとはどういうものなのか、そして紹介されるようになるために何が重要なのか、早速見ていきましょう。
リファラルマーケティングとは
リファラルとは、既存顧客が「あそこの会社いいよ」「あそこの会社の○○がお勧めだよ」などと特定の新規顧客に直接紹介することをきっかけとして顧客を獲得する手法のこと。そのため、人づてに噂として伝わってくる評判や不特定多数に向けた情報発信であるSNSやネットショップでのレビューなどの、いわゆる「クチコミ」とは別のものです。
このリファラル(紹介)は自然発生的で、「棚ぼた」の要素が強いものです。以前一緒に仕事をした顧客の担当者が異動や転職した先で自社のことを推奨してくれて、そこから問い合わせが来る。一緒に仕事をしている顧客担当者が業界の集まりに出かけて、そこで自社のことを紹介してくれる。これらのように、自然発生的で予測することが難しい紹介を、手順化・ツール化して計画・管理できるものにしようというのがリファラルマーケティングです。
リファラルマーケティングと書くと何だか新しくて小難しそうに見えますが、紹介によって顧客を広げるというビジネスモデルは昔からあります。例えば、小中学生の頃に誰もが一度は漫画のダイレクトメールを受け取ったことがあるであろう進研ゼミでも、「紹介されたお友達が入会したら、入会した子と紹介した子の両方にキャラクターものの文房具セットをプレゼント」というキャンペーンを私の子どもの頃にやっていました。これなどもリファラルマーケティングの1つだと言えるでしょう。
計画的に紹介を生む?リファラルプログラムとは
リファラルマーケティングを実施する際に用意する手順・ツールのことをリファラルプログラムと呼びます。これが一体どのようなものなのか、米国のB2B向けリファラルツールのリーディングカンパニーであるReferralRock社のブログ記事「How to Build a B2B Referral Program [The Ultimate Guide]」の内容がよくまとまっているので、引用して紹介します。
リファラルプログラムでは、自社のWebサイトの中に紹介専用のページを作成してあり、既存顧客が紹介先企業・担当者の情報を入力してボタンをクリックすると、メールによって自社の紹介が紹介先企業の担当者に簡単に届きます。既存顧客の紹介による案件をSFA上で自動的に追跡し、最終的に受注につながった場合に紹介元の顧客に報酬を支払います。
このように、Webページの問い合わせフォームの技術を用いて、さらに紹介によって発生した案件をSFA上で追跡管理する、というのがリファラルプログラムの根幹です。そして、Webサイト内の紹介プログラムページをSNSや自社のメールマガジンなどを通じて宣伝することで、多くの既存顧客にプログラムを知ってもらい活用してもらおうというもの。DMや会員向け冊子といった紙媒体が主だった30年以上前の進研ゼミと比べ、デジタル化によってとても便利で簡単に始められるようになっている、というのが現代のリファラルプログラムの大きな特徴なのです。
先ほどの記事「How to Build a B2B Referral Program [The Ultimate Guide]」の後半には、成功する紹介ページの作り方として、14の指針が紹介されています。
- 紹介したらどのような報酬を得られるのか、その報酬を得るためのルールは何か(受注を条件とするのかなど)、というプログラムの概要を明確に記載する
- フォームの記入項目はシンプルかつ最小限にする
- 紹介者が自然な流れで紹介できるよう、FacebookやTwitterなどのSNSでシェアできるようにする
など、具体的なアイデアが記されていますので、具体的な内容に興味をお持ちの方はお読みください。
リファラルプログラムは日本市場で受け入れられるのか?
このようなリファラルプログラムなのですが、米国でも導入されているのは30%程度とのこと(ThinkImpact調査「B2B Referral Statistics」より)。米国市場でさらに普及が進むのか、そして日本のB2B市場でも受け入れられるのか、私はやや懐疑的に見ています。
その理由が2つあります。1つ目は自発的な善意の行為である紹介というものを、システム化することに対する違和感です。今までに紹介を受けてきた際も、私自身が紹介をした際もそうなのですが、紹介する側には「この会社の○○さんにお世話になったから、その感謝の気持ちを表したい」という思いが大なり小なり含まれています。人間的なコミュニケーションであり、自然発生的に起こるはずの紹介がシステム化・手順化されていることで、紹介する側が興醒めしてしまうのではないかというのが最初に気になったことです。
そして、2つ目に気になっているのが、報酬の存在です。紹介してくれた人に何らかの形で報いたいというのは理解できるのですが、それが金銭的な報酬や賞品・ノベルティなどで本当に良いのでしょうか。感謝の気持ちや善意で紹介しようという人の中には報酬が支払われると言われると、「そんなのを当てにして紹介しようとしているんじゃない」と腹を立ててしまう人もいらっしゃるでしょう。個人的な善意である紹介を、金額という世俗的な物差しで評価することにつながってしまう、という危うさがあるのです。
また、金銭などの報酬を用いるとその行為の頻度や回数を増やすことはできるものの、その行為によって本人が得られる満足度やそれ以降にその行為を自発的に行うモチベーションが低下する、という心理学の実験が数多く行われています。この観点からも、紹介という行為と金銭的な報酬を紐づけることの危うさがあるように思います。
今後リファラルプログラムが普及していくためには、
- デジタル化の利便性は活用しつつ、人間的なやり取りをいかに残した運用にするのか
- 相手に気持ちよく受け取ってもらえる(金銭的な報酬ではない)謝礼をどのように設定するのか
の2点をクリアにする必要があるでしょう。
プログラムを使わなくても押さえておきたい、「紹介」を増やすための要素
ここまで見てきたように、現在海外で導入が始まっているリファラルプログラムをそっくりそのまま導入するのは難しいでしょう。しかし、紹介による新規顧客獲得を活性化するというリファラルマーケティングの本質の重要性には変わりありません。そこで最後に、リファラルプログラムを利用するかどうかにかかわらず、紹介を増やすために何が大事なのかについて考えてみたいと思います。
私は、ビジネスで紹介が発生するために必要な要素が3つあると考えています。
1つ目の要素は「わかりやすい強み/専門性があり、顧客に認知されていること」です。既存顧客が紹介先の人に「○○さんは□□のプロだから」と簡潔に伝えられる強み/専門性が不可欠です。
2つ目の要素は「紹介できるアウトプット/成果があること」です。「この仕事でお世話になった」と伝えられて、そのものを見るだけで仕事の質が伝わるような成果物や、端的に伝わるような成功事例のストーリーがないと、紹介先の人は「自分たちの役に立ちそうだ」と具体的にイメージすることが難しいものです。
そして3つ目の要素は、当たり前のことではありますが「満足している顧客担当者がいること」です。
これら3つの要素をクリアする仕事/顧客を増やすことができれば、プログラムがなくても有機的・自然発生的な紹介の数が増えるでしょう。反対に、これらの要素がないままプログラムを導入しても紹介が増えることはありません。冒頭のコトラーの話にもあるように、推奨(Advocate)を生むためには、顧客を満足させる専門性と成果物が不可欠なのです。
そして、これら3つの要素のさらに上流に位置する、紹介を生むための最重要の要素が「自分が□□のプロである」というものです。
自分が何のプロでありたいのかを常に意識し、その専門性を高めるための努力をし、それが顧客に伝わるような仕事をする。当たり前のことではありますが、「自身のプロ意識・技能を培う」ということが、紹介してもらう人材になるために、決して欠かせないのです。
顧客から紹介される企業・担当者であるために
海外のデータではありますが、紹介には大きな威力があります。
顧客の83%は、他社に紹介することに前向き。
米国の企業の購買の意思決定のうち81%は、SNS上での友人や知人の投稿に影響を受けている。
紹介によって生じた商談は、ほかの商談と比べて受注に至る割合が4倍。
紹介された顧客は、そうでない顧客と比べて維持率が37%高い。
このように、効率的かつ安定的な事業を運営するにあたって、紹介はとても重要な役割を担っています。そして、この紹介のメリットを最大化するために、海外ではリファラルプログラムの導入が始まっています。今のリファラルプログラムがそのまま日本でも普及するのは難しいように思いますが、これは決してリファラルマーケティングが日本のB2B市場では不要だということではありません。皆さんもよくご存知のように、紹介がビジネスにおいてとても価値のある顧客獲得の手法だということは、日本でも同じなのです。
今の私たちがやるべきことは、リファラルマーケティングの動向を注意深く観察するとともに、顧客から紹介される企業・担当者であるための一番の源泉である、私たち自身の専門性を高めることだと思います。専門性を高めるよう学習・工夫を怠らず、それが顧客に伝わって満足されるような仕事をする。この本質を常に意識している必要があるのです。
参考:
「How to Build a B2B Referral Program [The Ultimate Guide]」(Jessica Huhn, Referral Rock Inc., September 10, 2021)
「B2B Referral Statistics」(ThinkImpact.com, March 23, 2021)