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歴史の本を読んでいると、物事の流れが大きく切り替わる転換点が出てきます。戦国時代から江戸時代に移る最も大きな転換点は、皆さんご存じの「天下分け目の関ケ原の合戦」ですし、この合戦自体の転換点は、西軍として参戦していた小早川秀秋の寝返りでしょう。また、アフリカ系アメリカ人への差別撤廃を求めた米国の公民権運動の転換点として有名なのが、ローザ・パークスという女性がバスの白人専用席を譲らなかったことに端を発したバス・ボイコット運動でした。

このように、当初は部分的で些細な動きに過ぎなかったものが、後になって歴史の転換点だったとわかることがあります。

今回のトライツブログでは、B2B営業の転換点になるかも知れない最新のニュース「セールスフォースとアクセンチュアのコラボレーション」をもとに、その意味と将来の私たちへの影響について考えてみたいと思います。今まさにB2B営業のあり方が大きく変わろうとしているのかもしれません。SFA/CRMを現在ご活用の方、営業活動の見直しや改善に取り組もうとしている方はぜひお読みください。

最新ニュース紹介①アクセンチュアとセールスフォースがB2B営業を再構築する

今回ご紹介するニュースは、SFA/CRMツールの最大手であるセールスフォースが2021年9月21日に発表した「How Accenture and Salesforce Are Reinventing B2B Sales」(アクセンチュアとセールスフォースがB2B営業を再構築する方法)というもの。戦略立案だけでなくシステム構築・導入やオペレーションの受託までビジネスの幅を広げ、事業規模・組織体制を急拡大しているコンサルティング会社アクセンチュアとセールスフォースがどのようなコラボレーションをしようとしているのか、まずはその背景から見ていきましょう。

コロナウイルスの大流行により、従来のB2B営業のやり方は崩壊し、多くの営業リーダーはリモート化された市場で顧客に接触する方法を再構築する必要に迫られています。(中略)
デジタルツールの活用を好むデジタルネイティブな顧客と信頼関係を築くためのコミュニケーションの種類/機会が少なくなっており、営業担当者はこの限られた機会の中でそれぞれの顧客に対して最高のパフォーマンスを発揮する必要があります。そしてそのためには、単なる営業研修ではなく、それぞれの顧客についての高度なインサイト(洞察)や個別に最適化された提案を、AIによるコーチングを通じてリアルタイムに営業担当者に提供しなければなりません。

「顧客中心営業」や「コンサルティング営業」というキーワードが出てきているように、現在のB2B営業では営業担当者が一方的に相手を説得して売り切るということが難しくなっています。その代わりに、顧客中心営業やコンサルティング営業で大事だと言われているのが、顧客を深く知り、価値のあるインサイト(洞察)を提供すること。顧客の課題や打ち手を知る。顧客の購買の進め方を知る。意思決定をするために悩んでいることや困っていることを知る。そしてその上で、価値のあるインサイトと打開策を提示しなければならないのです。この「顧客を深く知る」「顧客に合わせたインサイトを提供する」という課題に対して、セールスフォースとアクセンチュアはどのような手を打とうとしているのか、続けて見ていきましょう。

最新ニュース紹介②アクセンチュアのAIアルゴリズムがセールスフォースで利用可能に

アクセンチュアのAIアルゴリズムは、社内および社外の膨大なデータセットを解析し、アクセンチュアが持つ各業界のノウハウや営業に関する知識と組み合わせて、営業担当者が潜在的な顧客をより正確に選定したり、その顧客とコミュニケーションするのに適切な情報を探し出したりすることができます。そしてその情報はセールスフォースのシステムに統合され、営業担当者は顧客と話をしながらリアルタイムで参照・活用することができるようになります。

「社内および社外の膨大なデータセット」について、アクセンチュアが独自に発表しているスライドには、「ユーザー企業の社内データだけでなくSNSやWeb上のデータなどの外部データを取り込み」とあります。これらのデータから優先順位の高い顧客を抽出し、各顧客についてのインサイトや、個別に最適化された提案ができる情報をリアルタイムで提供しようというのが、今回ご紹介したニュースの骨子です。

このようなことができるアルゴリズムやプロセスをすぐに使える形で提供できるのはアクセンチュアをおいて他になく、これらを即座に処理できるのはセールスフォースをおいて他にありません。この2社の強みを組み合わせることで、B2B営業を再構築できるようになるのです。

上の言葉は、このプロジェクトのアクセンチュア側のキーマンであるブライアン・ベルマン氏によるもの。このプロジェクトに対する意気込みと、自信のほどがうかがえる発言です。

転換点①B2B営業でのAIテクノロジーの拡大・普及

今回ご紹介したニュースは2つの意味で、大きな転換点となりうるものだと私は受け止めています。

1つ目は、B2B営業におけるAIテクノロジーの拡大・普及、という意味においての転換点です。

これまでも、B2B営業のシステムでAIツールが採用・利用されていました。しかし、そこで実用化されているAIは、セールスフォースのEinsteinのようなSFA/CRMのオプションであったり、SFA/CRMというプラットフォームと連携して動くWeb/電話会議用の音声処理ツールのような部分的なアプリケーションの中に組み込まれているものでした。

しかし、今回のニュースでは、アクセンチュアのAIをセールスフォース全体を動かすエンジンの1つとして、内部化・一体化したものにしようという意思が伝わってきます。通信技術が内部に組み込まれたネットワーク対応家電の広がりによってIoT技術が一気に普及しました。この例のように、先進的だと見られていた技術が既存のシステムの中にシームレスに組み込まれていくというのは、先進技術が一気に普及・拡大する際の1つの大きな特徴です。セールスフォースとアクセンチュアの取組をきっかけに、B2B営業においてAIツールが当たり前に使われるようになる可能性があるのではないかと思っています。

転換点②各社の営業ノウハウの外部移転

そして2つ目の転換点は、営業についてのノウハウが内部から外部に移転する、というものです。

今回のニュースでアクセンチュアが提供しようとしている、見込客の発掘や顧客インサイトの抽出、提案の個別最適化のためのアルゴリズムやプロセスなどは、これまで各企業が営業ノウハウとして社内で蓄積・進化してきたものです。受注した事例をベストプラクティスとして棚卸整理したり、SFAのデータを分析したりして抽出し、それを自社独自の営業マニュアルにまとめ、OJTや営業研修でマネージャーからメンバーに伝える、といった流れで組織内で継承・発展させてきました。

しかし、アクセンチュアはまさにこのノウハウの抽出から伝達までの流れを、SFA/CRMの中で一手に巻き取ろうとしています。しかもそれを、自社内にあるデータだけでなく外部のデータを組み合わせ、多くの企業で実践・検証してきたモデルを使うことで、各ユーザー企業が自前で作り出すよりも高品質なものを提供しようとしています。これまで社内で蓄積・進化させてきた営業ノウハウがアクセンチュア/セールスフォースという外部で生み出され、各企業はそれを利用するようになる。その意味で、ノウハウが内部から外部に移転するのです。

これまでにもAIを活用した営業ツールはいくつも出てきています。しかし、それらは先ほど触れたWeb/電話会議用の音声処理ツールなど営業活動の一部分しかカバーしていないものがほとんどでした。SFA/CRMの広い範囲をカバーしてユーザー企業のB2B営業全般についてのノウハウを提供しよう、というのがこのニュースの大きな特徴です。

「営業ノウハウの外部化」がもたらすメリット/デメリット

この営業ノウハウの外部化によるメリットとして大きいのは、スタートアップ企業など自前でノウハウを持っていない組織でも、短期間で営業ノウハウを利用できるようになることです。試行錯誤にかかる時間や手間を省くことができるので、そのような企業には非常に魅力的なニュースでしょう。

その一方で、ノウハウが外部化されるため、商談のシーンごとに個別のノウハウが利用できるようになるものの、自社の営業活動の成功モデルをユーザー企業が体系的に理解することは困難になります。それぞれの商談はうまく進むようになっており業績も良くなっているのに、「自社の強みを一言で言うと何か」「商談を成功させるためのポイントは何か」などの自社の営業の核心がわからない、というのはデメリットとなる可能性があると思われます。

また、メリットとデメリットのどっちになるかはっきりわからないものの、営業ノウハウの外部化の影響を大きく受けるのは営業企画スタッフと営業マネージャーでしょう。これまで主にこの2者が自社の営業ノウハウを抽出し、マニュアルや研修を通じてメンバーに伝達するという役割を担ってきました。この役割がSFA/CRMに移転すると営業企画や営業マネージャーの仕事はどうなるのか。計数管理や勤怠管理などの管理業務だけにして人数を減らすようになるのか、新たな役割を求めるようになるのか、それぞれの営業組織で考えなければならないテーマになりそうです。

まだ世の中で注目されいない「転換点」トライツブログで継続ウォッチします

このように、考えれば考えるほどこれからの営業組織にとっての影響が大きそうな今回のニュースなのですが、意外なことに今のところSNSなどでの反応が少ないようです。この理由として、以前からアクセンチュアがセールスフォースの有力なパートナーとして連携していたため、企業名の組み合わせとして新鮮味が感じられないこと。また、コロナ禍以降でAI絡みのセールステックに関連するニュースが頻発されており、読み手が食傷気味になっていることがありそうです。

アクセンチュアの営業についてのAIアルゴリズムを自社のSFAデータと組み合わせて、短期間で質の高い営業ノウハウを利用できるようにしようという今回の取組。これが実用化されて市場に受け入れられ、営業ノウハウを外部化することが今後は主流派となるのか。それとも依然として各ユーザー企業が営業ノウハウを内製し続けるのか。現在注目されてはいませんがB2B営業の今後を占う大事な転換点を、トライツブログでは引き続きウォッチしていきたいと思います。

参考:「How Accenture and Salesforce Are Reinventing B2B Sales」(Salesforce.com, inc., September 21, 2021)