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「歌は世につれ、世は歌につれ」という古い言い回しがありますが、私は「歌」を「本」に変えても意味が通じるのではないかと思っています。本は世相を反映するものですし、その反対に世相を作り出すものだともいえるでしょう。日販調べによると、2019年の総合ベストセラーは「一切なりゆき 樹木希林のことば」(樹木希林著、文藝春秋)で、ビジネス書の一位は「メモの魔力」(前田裕二著、幻冬舎)だったそうです。皆さんの本棚やスマホにこれらは入っていますでしょうか。
その一方で、今年最もB2B営業に衝撃を与えた本は何かと聞かれると、1月末に発売された「THE MODEL(ザ・モデル)」(福田康隆著、翔泳社)がおそらく一位になることでしょう。この本は海外のSaaSビジネスで主流になっている、Webを活用した科学的な営業モデルと、それを実現するためのマーケティング/インサイドセールス/営業(フィールドセールス)/カスタマーサクセスという4つの役割・組織の分業のあり方を解説したもの。この本をバイブルとして営業モデルを設計・再構築したという方も多いのではないでしょうか。
「ザ・モデル」の影響もあって爆発的に拡大しているインサイドセールスですが、ブームになり過ぎていて本来は不向きな事業までがこれに取り組んでいる姿を見ることも増えてきました。そこで、インサイドセールスについて改めておさらいをするとともに、それが向いている営業組織とそうでない営業組織についてチェックしたいと思います。
改めてインサイドセールスとは
インサイドセールスとは、顧客に対面で会わずにリモートで行われる営業活動のことを指します。典型的な流れは以下の通りです。
1. WebサイトまたはEメールによって顧客と接触する
2. 継続的に顧客に情報を提供し、顧客の興味や関心度合の高まり具合を確認する
3. 興味や関心が高まった顧客に電話等を使って連絡し、顧客のニーズとその解決策について話す
4. Eメール等を通じて顧客をフォローし、デモや会議を設定する
5. デモや会議の中でクロージングする
4や5の段階までインサイドセールスの部署が一気通貫しておこなう場合もありますし、途中からフィールドセールスの部署にバトンタッチする場合もあります。
「ザ・モデル」では、1~2をマーケティング部署が行い、3~4をインサイドセールス部署が行い、5をフィールドセールス部署が行うという分業体制の営業モデルの有効性とその構築・運営方法を解説しています。そして、この本に触発されて日本のB2B営業において、インサイドセールスが一大ブームとなっているのです。
国内B2B企業にも広く浸透し始めているインサイドセールス
私がインサイドセールスのブームを体感したのが、12月上旬に東京の虎ノ門ヒルズで開催された「Inside Sales Conference 2019 Tokyo」でした。大勢の方が来場しており、各講演会場は軒並み満席で立ち見が出るほど。講演の内容も、インサイドセールスへの取組事例やそこでの課題についてのディスカッションばかりで、Web系の中小企業はもちろん大企業にも広く浸透してきていることが実感できるものでした。
そのようなイベントの中でも異彩を放っていたのが、インサイドセールスのブームに警鐘を鳴らしていたセッションでした。そこでは、インサイドセールスの導入が目的になっている企業が多くなっており、顧客価値/顧客体験の観点からインサイドセールスに取り組む意味や価値を改めて考える必要がある、ということを強く訴えていました。
不向きな企業までインサイドセールスに飛びついている?
このメッセージが特に響いたのには、その直前にお会いした某社の営業企画の課長さんとの面談の内容を思い返したからです。その企業が扱っている商材は、高単価で個別企業向けの設計・構築が必要になるものが多く、商談の期間も半年から数年と長い傾向があります。その企業も時流に乗って少し前からMA(マーケティング・オートメーション)とインサイドセールスに取り組み始めたものの、ターゲットとなりうる企業が少ないこともあって、なかなか質・量ともに満足できるリードをフィールドセールスに回すことができていない状況になっていました。私はこの話を聞いて、「そもそもこの会社はインサイドセールスに不向きなのでは?」と思っていたのです。
そんな時に見つけたのが、企業がデジタルツールを活用するための情報を提供しているザ・ブループリント社の「What is Inside Sales and How Can it Help Your Company?」(Dec. 12, 2019)同社は個人投資家向けの投資情報会社であるモトリーフール社が2019年9月に立ち上げた子会社で、CRM等のデジタルツールについて公平な立場からレビューを作成していますので、ご興味のある方はぜひ見てみてください。
インサイドセールスが有効な場合と、フィールドセールスが有効な場合
ザ・ブループリント社の記事では、インサイドセールスを導入することがメリットとなる条件を3つ示していますので、順に見ていきましょう。
「低付加価値の商品やサービスを販売している場合」
インサイドセールスは、例えば数千万円もするようなITシステムではなく、消費財のようなものを取り扱っている場合に有効です。多くの人がオンラインで購入する商品を取り扱っている場合は、インサイドセールスが最適でしょう。
「営業にかかる経費を削減する必要がある場合」
交通費など営業にかかっている諸経費の削減に頭を悩ませている場合は、フィールドセールスをゼロにはできなくても、インサイドセールスの人員を増やすことは一考の余地があります。
「営業効率を高めようとしている場合」
インサイドセールスの担当者は移動することなく、より多くの時間を見込客向けの電話に充てられるので、時間当たりの営業効率を上げられます。しかし、対面でのコミュニケーションがなくなることで、新規の受注率や既存の継続率が低下することがあります。
そして記事の中では、インサイドセールスではなくフィールドセールスの方が有効となる場合を、端的に表現しています。
インサイドセールスにかかる経費がフィールドセールスのそれよりもはるかに少ないため、コスト削減のためにフィールドセールスの規模を縮小してインサイドセールスを増強するということがあります。しかし、顧客との密な連絡と信頼関係の構築を必要とする高額な商品・サービスに関しては、インサイドセールスよりもフィールドセールスの方が有効です。
記事の一部を読んでみていかがでしたでしょうか。耳に痛いことでも遠慮なく公平な立場でレビューすることがモットーのモトリーフール社らしい、簡潔で核心を突いた内容だと私は思います。
そして、もしインサイドセールスに向いている4つ目の条件を私が付け加えるなら、「ターゲットとなる見込客が遠隔地も含めて数多くいる場合」としたいです。顧客が首都圏を中心としたごく一部の企業しかいない場合、営業担当者のサービス対応のきめ細かさや小回りの良さが差別化の要素となります。そのような場合に営業担当者をインサイドセールスに置き換えてしまうと、かえってサービス対応の質が低下してしまうことがあるからです。
ブームに踊らされずに、自社の営業に向いているかを冷静に判断しよう
ご紹介した記事にあるように、またイベントのセッションでも言われていたように、インサイドセールスは決して万能なものではありません。低額な商品・サービスを遠隔地も含めた日本中の数多くの顧客に販売するような場合には効率化を見込めますが、そうでないいわゆるソリューション営業と言われるような営業活動をしている場合には、インサイドセールスに置き換えることは適切ではないのです。
2019年初頭の「ザ・モデル」や、2018年末の「INSIDE SALES」など、B2B営業に大きなインパクトを与える本が続けて出版され、それを受けて今までにないインサイドセールスのブームが訪れています。しかし、そのようなブームの時だからこそ、「インサイドセールスの本質は何か」「自分たちが目指す営業、顧客に与えたい価値から見て、インサイドセールスは最適な手法なのか」を冷静に判断することが必要なのだと思うのです。
トライツコンサルティングでは、インサイドセールスの導入を含めた営業およびマーケティングプロセスの設計・再構築からその運用・マネジメントまでをサポートしています。「インサイドセールスも含めて営業プロセスを見直したい」という方、また「現在の営業プロセスの有効性を診断してほしい」という方も、ぜひご相談ください。
参考:「What is Inside Sales and How Can it Help Your Company?」(The Blueprint, Dec. 12, 2019)