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数年前には「AI」がビジネスでのバズワードでしたが、今年一番のバズワードは「DX(デジタルトランスフォーメーション)」ではないでしょうか。DXを冠した書籍も多く出版され、セミナーやイベントも頻繁に開催されていますので、見聞きしたことがあるという方も多いことでしょう。ちなみに、今年の初めに弊社の角川も「営業デジタル改革」という営業版DXについての書籍を日経文庫から上梓しております。

このDXという言葉が途方もない勢いで広がっているのに併せて、その意味合いも広がってきています。例えば経済産業省が2018年に発表したレポート「デジタルトランスフォーメーションに向けた課題の検討」では、DXを「新しいデジタル技術を活用することによって、既存のビジネスから脱却して、新たな価値を生み出していくこと」と表現しています。しかし、既存のビジネスの単なる効率化であってもデジタル技術さえ使っていればDXだという企業もあり、混沌としています。

そこで、今年のバズワードである「DX」について簡単におさらいをした上で、B2B営業でのDXへの取り組み方について考えてみたいと思います。

DXの本質は既存事業の省力化ではなく「新規事業の創出/事業変革」

今回DXについて考える上で、ヒントを与えてくれる本は「ソフトウェア・ファースト あらゆるビジネスを一変させる最強戦略」(及川卓也著、日経BP、2019年)です。タイトルにこそDXは含まれていないのですが、内容ではDXのあるべき姿とそれを実現するために何が必要なのかを明快に述べています。

この本では、DXの本質を「ITシステム技術による新規事業の創出/事業変革」と述べ、既存事業の省力化やコスト削減はDXではないとしています。つまり、経費精算の自動化や業務報告の効率化/デジタル化は、それだけではDXの本質ではないということです。

そして、新規事業の創出や事業変革という本質的なDXに取り組むためには、「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」の2つが必要だとしています。よく似た言葉が2つ出てきて紛らわしいのですが、デジタイゼーションとは今あるアナログ情報をデジタル化するということで、デジタライゼーションとはデジタルデータを用いて業務プロセスを組み立て直すということです。

例えばビルや橋といった建造物の保守管理をするとき、これまでは専門家が現場に出向いてビルや橋脚に振動を与えるなどして強度をチェックしていたとします。これを、センサーを使ってデジタルにデータを収集できるようにしようというのがデジタイゼーションで、その収集したデータをもとに簡易的に建造物の安全性を診断して既存顧客に定期的に配信するというのがデジタライゼーションです。ここまでくれば、専門家が現場に出向く回数は大幅に削減されるので、かなり省力化やコスト削減に貢献できていると言えますが、まだ既存事業の枠内にとどまっています。

これをさらに推し進めて、上記のセンサーを使った建造物の簡易診断キットを、これまでは遠隔地なのでアプローチしてこなかった地域の顧客に提供して新しい収益源とする、というところまでいくと「新規事業の創出」という本質的な意味でのDXとなるという考え方です。

本質的なDXの敷居は高いが・・・

そして、この本ではDXの持つ大きな可能性を具体的に示した上で、それを全く活かせていない多くの日本企業に警鐘を鳴らすとともに、これから必要な組織のあり方や人材育成、現在のソフトウェア開発の手法に基づいた商品・サービス開発の考え方などにも踏み込んで問題提起しています。

この本を読んで私が思ったことは、今多くの企業で考えられているDXと比較するとかなり敷居が高いということです。これを読むことで「DXの本来の価値」を考えることにつながる反面、あまりに本質的なことであるがゆえに「そんなこと言われても・・・」と思考停止状態に陥らせてしまうのではないかと感じてしまうのです。

DXブームの中、多くの企業がこのキーワードに刺激され、デジタルツールの導入をきっかけにした事業変革に期待を持っています。営業においてもそれは例外ではなく、あまり厳格にその範囲を規定することは逆効果になってしまいかねません。

そこで、私は営業におけるDXを、経済産業省と「ソフトウェア・ファースト」の考えを組み合わせ、営業DXとは「新しいデジタル技術を活用した、営業に関する情報のデジタル化とそれをもとにした業務プロセスの再構築によって、既存の営業活動から脱却し、新たな価値を見出していくこと」と定義してみました。この「新たな価値」には、新規ビジネスの創出だけでなく、既存ビジネスの飛躍的な効率化も含めています。また、新規ビジネスの創出は、新規顧客の開拓、新規商品の開発、新規チャネルの開拓などを意味します。

少なくとも、単にSFAなどのデジタルツールを導入するだけではDXではないと思いますが、必ずしも新規事業の創出や事業変革にならなくとも、デジタルツールを活用して既存ビジネスの飛躍的な効率化を実現することも営業DXとしても良いのではないかと思うのです。

では、そのような営業DXにどのように取り組むべきなのか、改めて考えてみましょう。

営業DXのポイントは「目的の明確化」と「業務プロセスの再構築」

1つ目のポイントは、自分たちが見出そうとしている「新たな価値」とは「既存事業の効率化」のことなのか、それとも「新規ビジネスの創出」なのか、目的を明確にすることです。例えば電話やチャットを活用したインサイドセールスを導入するのであれば、実現しようとしているのは既存顧客へのフォロー活動や問合せ対応を集約することによる効率化なのか、それともフィールドセールスではこれまでアプローチできなかった遠隔地にある新規顧客の開拓と維持なのかを、はっきりとさせる必要があります。

2つ目のポイントは、「ソフトウェア・ファースト」で言うところのデジタイゼーション(情報のデジタル化)だけでなくデジタライゼーション(業務プロセスの再構築)にも取り組むことです。これまでアナログでやっていた業務をデジタル化するだけでなく、業務プロセスから見直さない限りは、新規ビジネスの創出も、既存ビジネスの飛躍的な効率化も難しいことでしょう。目指す業務プロセスがないままでは、既存の業務プロセスを今まで通りになぞることや、顕在化している不満に対応することがDXの評価基準になってしまい、DXとはとても言えない代物になってしまいます。

このデジタライゼーションの重要性について、「ソフトウェア・ファースト」では自らでITシステムをコントロールできる状態をつくる、という言い方で繰り返し強調しています。デジタル技術はよく分からないからと外注に丸投げしてしまうと、中身が分からず自分の手で修正することもできない面倒なレガシー・システムを組織の中に生み出してしまいます。DX成功のためには、外部のベンダーになんでもかんでも任せてしまうのではなく、業務プロセスをどのように変えるのかを自ら考えなければならないのです。

DXブームの今だからこそ活用目的・活用方法を自ら考える力が問われている!

これまで多くの営業組織がデジタルツールを導入するのを見てきた経験から、私は営業DXのポイントを「デジタルツール導入の目的を明確にすること」と、「業務プロセスを自ら考え再構築すること」だと考えています。こうまとめてしまうと単純で分かり切ったことのように見えますが、これまで営業のデジタルツール活用と称して、目的が不明確なまま業務プロセスまで踏み込まずにベンダーに丸投げし、価値の創出どころか現場で使われなくなってしまったITシステムを数多く見てきた経験から、とても大事なことだと感じています。

ここ数年で営業やマーケティング向けのITシステムの種類は格段に増え、機能も長足の進歩を遂げ、SaaS化・クラウド化によって簡単に導入しやすくなっています。そのため「ウチの営業もDXに取り組んだらいいことがありそうだ」「デジタルツールを入れたら便利になって、売上も拡大するのでは?」と期待してしまうのも仕方のないことかも知れません。しかし、導入しやすくなっている今だからこそ、その活用目的や実際の業務プロセスについて自ら考える力が問われている。今回取り上げた「ソフトウェア・ファースト」はそのようなことを、DXブームに沸いている日本市場に大きな警鐘を鳴らしていると同時に、ITシステム活用による日本企業の飛躍への希望を込めているのだと思うのです。

トライツコンサルティングでは、DXのための営業・マーケティングプロセスの再設計からデジタルツールの選定・運用までをサポートしています。「営業DXに取り組みたい」「デジタルツールを武器にして、自社の営業に新たな価値を見出したい」という方は、ぜひご相談ください。