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せっかくの高い技術や優れた機能が日の目を見ない使われ方をしている、ということがあります。AIや自動化といったオプション機能も使えるのに、単なる電子日報や管理帳票の入力・集計画面にしか使われていないSFA。顧客ごとに細かくスコアリングしてリード育成ができるのに、メールマガジンの自動配信システムでしかないMAなど、皆さんの身近にもそういった「宝の持ち腐れ」になっているものが結構あるのではないでしょうか。

その原因を探ってみると、専門家からの知識、いわゆる「専門知」を上手く活用できていないというものがあるように思います。手の届く範囲で自己流の安易な意思決定を行い、表面的に取り入れてしまうので、結果としてそもそものポテンシャルを活かせないのです。

今回のトライツブログでは、営業活動においても昨今重視されている「専門知」について改めて考えてみたいと思います。

営業現場にも客先にある「宝の持ち腐れ」

「専門知」が活かされないのは、営業から顧客を見ても同様のことが起こっています。
「高スペックの商品なのに、他の商品と変わらない使われ方をされている」
「しっかりとした技術情報を提供したのに、顧客の社内資料を見るとデータが適当に使われてしまっている」
営業から見るともったいない「宝の持ち腐れ」状態なのですが、肝心の顧客はそれで納得していたりもするので、「顧客がそれでいいなら、仕方ない」と考えていたりします。

なぜ顧客や私たちはそのようなもったいない意思決定をして、せっかくの商品や情報を「宝の持ち腐れ」にしてしまうのでしょうか。そんなことを考えていたら面白い本に出会いましたのでご紹介します。それは米国の国際政治学・社会学の学者トム・ニコルズ氏の著書「専門知は、もういらないのか」です。

道具化する専門家と専門知識

この本が大きく取り上げているのが、題名通りの「社会全体における専門家の価値の下落」です。インターネットを使えば誰もが大量の情報にアクセスできるようになったことで、専門知識ではなくてもそれらしい情報を簡単に手に入れられるようになっていることをその理由としています。

また、研究者や官僚といった専門家の失敗がメディアで大きく取り上げられているため、専門家の地位そのものも低下していると。そのために今や専門家は一般の人々にとっての都合の良い道具でしかなくなっていると問題提起しています。

骨太の名著なのでお時間がある方はご一読いただきたいのですが、ここでは特に印象的だと私が感じた部分を抜粋してご紹介します。

専門家を技術者として頼っているだけだ。専門家と一般の人々の対話ではなく、確立された知識を、必要なときに、自分の欲しい分だけ、手軽かつ便利に使っているにすぎない。(中略)あらゆる選択には、人々と専門家の対話が必要になる。ところがどうやら人々は、以前にもましてその対話をしたがらなくなっている。彼らとしては、十分な情報を集めたから、そうした決定は自分で行いたい。

ここに書いてあることは、まさに顧客の購買活動で起こっていることそのものではないかと、私は思うのです。

B2B営業でも起こっている「自己決定する顧客」と「道具化する専門家」

顧客は営業担当者に相談する前に、長い時間をかけてインターネットで情報収集しています。そのため、商品・サービスの専門家である営業担当者が顧客と会うときには、顧客は商品の事例や評判などについて情報武装している状態で、わざわざ営業担当者から知りたい情報は価格と納期くらいだけになっています。

B2B顧客が「必要なときに自分の欲しい分だけの情報をくれ、あとは自分で決定する」というようになってきているということです。

その結果として、せっかくの技術や機能を十分に使ってもらえない、しっかりした情報を提供しても、都合の良いところだけをかいつまんで使われて、安易な意思決定がなされた結果「宝の持ち腐れ」になっている、ということが起こっているのではないかと思うのです。

自己決定する顧客への2つの提供価値の高め方

では、このようなトレンドは、営業をどのように変えてきているのかということを考えてみると、2つの流れがあると言えるでしょう。

1つ目は、手軽に必要な情報を求める顧客にテクノロジーを使ってどんどん効率的に提供していこうというものです。見積や設計、投資対効果の分析などこれまで専門家に頼っていた情報を、顧客自らが簡単に手に入れられるようにしようという「バイヤーイネーブルメント」や、営業活動を顧客で完結できるようにする「EC化」が、これに当ります。

もう1つは、専門家としての価値を今まで以上に高めて、営業活動で積極的に活用していこう、というものです。顧客がインターネットで情報収集しているだけでは得られない知見(インサイト)を提供する「インサイト営業」や「ソート・リーダーシップ」が該当します。

このどちらのアプローチにおいても、バイヤーイネーブルメントにEC化、インサイト営業にソート・リーダーシップのそれぞれの有効性を示す調査データが発表されています。つまり、結果だけを見るとどちらも正しいということになります。

求められるから提供するだけでなく、本当に顧客に役に立つ専門知の活用を考えよう

ただ、この本はそんな流れに一石を投じています。本の結論を簡単にご紹介しますと、「民主主義のためには分業が必要で、そのためには専門知が欠かせない。だから一般の人々と専門家とのそれぞれで改めるべきところがある。一般の人々は、認識にバイアスがかかっていて、情報の捉え方に偏りがあるので、それを意識して情報の取り扱い方を改めるべき。専門家は、専門家としての矜持・自制心を持って情報発信するよう、スタンスを改めるべきだ」ということでした。

専門知というものは、人々の生活を豊かにしたり、仕事の生産性を向上させたりするために活用できるものですし、そうなるようにそれを提供する方も活かす方もスタンスを改めよ!専門知をムダ使いするな!と言っているように思いました。

トライツとしてもこれまで顧客の購買プロセスの変化に対応した営業改革を!と言ってきましたが、この本を読み、改めて単に顧客の購買活動に適合させたり、ニーズに応えるだけでなく、それぞれの企業の持つ専門知が本当に顧客やその先にある家庭や企業に役立てられるように考慮して営業活動を組み立てることも、大切な視点として持っておかねばならないと感じました。決して簡単ではないですが、そのようなスタンスを大切にすることで、結果として専門知が顧客のためになり、お互いのWin-Winにつながっていくように思います。

トライツコンサルティングでは、顧客の変化に合わせた営業のあるべき姿/提供価値の見直しから、その実践サポートまでご支援しています。「これからの自社の営業はどうあるべきか」でお悩みの方は、ぜひご相談ください。

参考:「専門知は、もういらないのか――無知礼賛と民主主義」(トム・ニコルズ著、高里ひろ訳、みすず書房、2019年)