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「今日のB2B購買担当者は購買活動にかける時間のうち、17%を売り手企業とのコミュニケーションに、45%を個人での調査活動に使っている」(Gartner社調べ)というデータがあるように、顧客の購買活動のうちWebなどを通じた情報収集の占める割合はとても高くなっています。したがって、顧客の購買活動をスムーズに進められるように支援できるかどうかが、モノが売れるかどうかの分かれ目になっているのです。

このような状況でまた新しいキーワードが登場し、今脚光を浴びつつあります。その名は「バイヤーイネーブルメント(Buyer Enablement)」。

そこで、今回のトライツブログでは注目のキーワード「バイヤーイネーブルメント」についてご紹介したいと思います。セールスイネーブルメントとは何が違うのか、具体的にどのようなものなのか、一緒に勉強していきましょう。

海外調査レポート:2019年のB2B営業のトレンド「バイヤーイネーブルメント」

「バイヤーイネーブルメント」という言葉を使いだしたのは、米国の大手調査会社であるGartner社の2018年10月のレポートですが、つい最近、Linkedin社がよくまとまっている調査レポート「Mastering Buyer Enablement in B2B Sales」を発表しましたので、それをもとに見ていきましょう。レポートは、バイヤーイネーブルメントという考え方が出てきた背景の説明からスタートします。

営業の観点から言えば、営業の支援を必要としていない「自走する顧客」の出現は自然の結果です。実際に、彼らは営業による過剰な支援を不快に感じます。デジタルどっぷりのミレニアル世代がより多くB2B購買の意思決定に関わるようになるほど、この傾向はより現実のものとなってくるでしょう。
(中略)Gartner社のスコット・コリンズ氏はB2B営業トップ向けの2019年の4つの大きなトレンドの1つとして「バイヤーイネーブルメントが重要な営業戦略となる」と述べています。

記事では続けて、バイヤーイネーブルメントの定義について述べています。

Gartner社はバイヤーイネーブルメントのことを「重要な購買活動が成功するのを支援する情報提供」だと定義していますが、私(Linkedin社)としてはより簡潔に「プレッシャーを感じたり、不当に影響されることなしに、購買担当者が良い意思決定をするための見通しをつけること」と言いたいと思います。

「バイヤーイネーブルメントは新種のセールスイネーブルメントだ」というつもりはまったくありません。バイヤーイネーブルメントさえあればセールスイネーブルメントが重要でなくなるということはなく、むしろその逆で、営業組織はこの両方を同程度に重視する必要があります。バイヤーイネーブルメントとセールスイネーブルメントの2つは、現在の営業において核となる差別化要素なのです。

ここで、よく似た用語「セールスイネーブルメント」が出てきたので、簡単に解説します。セールスイネーブルメントとは「営業活動改善のための一連の取組で、各種営業施策をトータルでデザインし、それぞれの施策のパフォーマンスを数値化して管理すること」です。米国ではこの中でも、特に最近のWebマーケティングの隆盛によって、社内に大量にあふれるようになったコンテンツを管理・分析するシステムが導入されたり、営業担当者向けの研修やコーチングを充実させるなど、セールスイネーブルメントがB2B営業分野で重要なキーワードになっています。

セールスイネーブルメントは自社の営業施策の有効性を高めようというものであるのに対し、今回取り上げているバイヤーイネーブルメントは顧客の購買活動を成功させよう(有効性を高めよう)というものですので、よく似ているものの別の概念なのです。

では、バイヤーイネーブルメントとは具体的にどういうものなのか、これについてはGartner社の「A Guide to Buyer Enablement」という記事を引用してバイヤーイネーブルメントの例として7つ挙げています。

分析機能…顧客にデータ分析機能を提供する
助言機能…それぞれの購買活動に対して顧客をコーチングする
診断機能…現状のパフォーマンスを評価、または顧客に必要なオプションを特定する
比較機能…顧客には入手困難な情報を使って他社と比較する
共有機能…顧客社内のステークホルダーと共有できる土台を提供する
実験機能…解決策が顧客の環境でどのように機能するかを模擬実験する
案内機能…顧客の入力内容に応じた具体的な購買タスクの選択肢を提供する

これらのコンテンツや機能を提供することで、顧客の購買の意思決定を容易にしようとしています。
具体的には、Linkedinの子会社であるPointDrive社がバイヤーイネーブルメントに取り組んだ例を紹介しています。PointDrive社のWebページでは商品のオプション以外に、サードパーティによる商品レビューサイトや他社との機能比較などの情報を提供しています。また、それらのコンテンツは閲覧だけでなくシェアされたときに、誰にシェアされたのかをトラッキングする機能がついていて、顧客の購買活動の役に立っているコンテンツが何なのかが分かるようになっています。

営業が進めるセールスイネーブルメント、顧客が進めるバイヤーイネーブルメント

ここまで駆け足でバイヤーイネーブルメントについて紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。

このバイヤーイネーブルメントも、記事の途中で出てきたセールスイネーブルメントも、目指しているのは「顧客の購買活動を前に進めること」に変わりはありません。ただし、その手段が大きく違っていて、セールスイネーブルメントではデータを使って磨き上げた営業施策を営業担当者が対面やWeb/Eメールで顧客に提供しようというもの。それに対し、バイヤーイネーブルメントはその磨き上げた施策の中身をWebコンテンツとして公開し、顧客で勝手に使ってもらおうというものです。

Webを使ってどんどん自走して購買プロセスを進めていく顧客に、自社の商品・サービスを選んでもらうための営業の姿としてある意味では、究極の未来型であると言えるでしょう。このバイヤーイネーブルメントが進んでいくと、営業の仕事は施策を開発してそれをデータをもとにブラッシュアップし続けることがメインになっていき、顧客と直接関わるのは購買プロセスのほぼ最終段階で踏ん切りをつけられない顧客に対し、最後の一押しをするだけということになるのかもしれません。

バイヤーイネーブルメントを阻む「顧客は知識がなく任せられない」思想

このバイヤーイネーブルメントの基本的な思想として、「顧客は勝手に自走するのだから、どうせならドンドン情報を提供して役に立ててもらおう」という割り切りがあります。これまでは営業担当者が個別に顧客に提供していたような情報を、Webを通じて顧客に渡してしまうのです。

とは言え、これを多くの日本企業で実現しようとすると「それは大事なノウハウだから」「顧客には正しく使う知識がないから、任せたら危ない」と言って、これまで通りブラックボックス化されたり、営業担当者によるアナログ対応のまま変わらないということになる可能性が高いでしょう。これだけWebを皆が使い、顧客も様々な情報を手に入れられるようになった現代、「自社は知識があるが、顧客には知識がないので任せられない」という思想を変えないかぎり、バイヤーイネーブルメントを導入しようとしてもきっとうまくいかないことと思います。多くの日本企業にとって、バイヤーイネーブルメントを導入するためには顧客の見方について根本的な思想の転換が必要なのです。

日本のB2B市場でも顧客の自走化は進んでおり、Webを使って調査することが購買活動の中で大きな割合を占めています。そのような中で、今回ご紹介した「バイヤーイネーブルメント」は、自走化する顧客から選ばれるために今後きっと注目のキーワードとなってくることでしょう。
トライツブログでは、今後も「バイヤーイネーブルメント」について定期的にフォローしていきます。また今回のようなB2B営業/マーケティング分野での最新トレンドも引き続きチェックしていきます。

そして、バイヤーイネーブルメントを自社で取り組んだ場合どうなるか、一度考えてみたいという方はお気軽に下記よりお問い合わせください。具体的なご相談にのることができると思います。

参考:
Mastering Buyer Enablement in B2B Sales」(Linkedin, Feb 25, 2019)
A Guide to Buyer Enablement」(Gartner, Nov 30, 2018)