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「SFAの入力率が上がらない」「営業DXが現場で止まってしまう」……。営業企画や営業マネージャーの皆さんは、今日もこの壁と向き合っているかもしれません。
説明会を開き、マニュアルを整え、入力項目も減らした。それでも現場は動かない。そして会議室では、今日も同じ結論が繰り返されます。「うちの営業は、意識が低いから……」。
でも、ちょっと立ち止まってみてください。もし現場が「遅れている」のではなく、「意図的に避難している」のだとしたら? しかも、それなりに筋の通った理由があって。
実はこの「避難」の正体を解き明かしてくれる本があります。政治学者ジェームズ・C・スコット氏の『ゾミア』。東南アジアの山岳地帯で、国家から避難し続けた人々の研究です。
営業どころか、ビジネスの本でもありません。でも、ここに「営業改革が進まない理由」と「進める道筋」を考えるヒントがありました。ぜひ最後までお付き合いください。
彼らは「取り残された」のではなく、「避難した」
東南アジアの山奥には、周りの国家に組み込まれずに暮らしてきた人々がいます。平地の国家から見れば「文明から取り残された、遅れた民」。でもスコット氏は、この見方を正反対にひっくり返しました。
- 山の民は「取り残された」のではなく、税や徴兵といった国家の「収奪」から、自分の意思で「避難した」人々である
- 焼畑や口伝えといった一見「遅れた」暮らしの形は、国家に「見つからない」「捕まらない」ための技術である。作物さえ、実りが外から丸見えの稲ではなく、地中に隠れて必要なときだけ掘り出せる芋が選ばれた
- 逃げ込める「山」があるかぎり、この生き方は二千年にわたって合理的であり続けた
象徴的なのが、文字を持たない民が多いことです。スコット氏はこれを、「文字を知らなかった」のではなく「手放した」のかもしれない、と論じます。
文字で記録が残れば、台帳に載る。台帳に載れば、税や徴兵の対象になる。だから知恵や情報は文書にせず、人の頭の中に「暗黙知」として置いておく……。
どこかで聞いたことのある話だと思いませんか。そう、営業現場です。
営業現場で毎日起きている「4つの収奪」
スコット氏によれば、国家が人々から取り立てていたものは主に4つ。「税」「賦役(労働)」「徴兵」、そして「人狩り(働き手そのものの取り立て)」です。これを営業の日常に置き換えてみましょう。
「税」は、収穫の上納。SFAへの案件入力やヨミ報告がこれです。現場は毎週データを上納するのに、多くの会社では、それが現場の役に立つ形で返ってくることはありません。データの行き先は、管理帳票や社内会議の資料だけ。
「賦役」は、タダ働きの徴発。導入事例への協力、展示会の当番、本社アンケート、新施策のトライアル……。「業務命令」ではないけれど断れない。そして、自分の実績数字としてはまったく計上されない。
「徴兵」は、戦への駆り出し。「新規事業検討プロジェクトのメンバーに任命する」。数字目標はそのままに、兼務だけさせられる、あれのことです。
「人狩り」は、人そのものの取り立て。エース営業の本社への召し上げです。お客さんに一番強い人が、ある日突然、現場からいなくなる。
そして営業現場は、山の民とよく似た技術で避難しています。確度が高い案件をぎりぎりまで登録しない「隠し玉」や低めのヨミは、外から見えない「地中の芋」。ノウハウを文書にせず頭の中に置く「属人化」は、文字化しない暗黙知そのものです。
このように考えると、現場は営業DXを「できない」のではなく、「しない」ことを選んでいる、とも言えます。差し出すばかりで何も返ってこないなら、財産を見えないところに隠すのが合理的だからです。
もちろん、すべての現場がそうだとは言いません。でも「意識が低い」という診断より、ずっと実態に近いのではないでしょうか。
「取り立てる改革」から「返ってくる改革」へ
では、営業企画は何をすればいいのでしょうか。入力の義務化や締め付けで「山から引きずり下ろす」やり方に限界があることは、皆さんが一番よく知っているはずです。仮に入力率が上がっても、中身のない「アリバイ入力」という新しい山に立てこもられるだけ。
人が自分から山を降りるのは、統治されるメリットが取り立てを上回ったときだけです。だから、改革が進まないなら、現場の意識を疑う前に、改革の「収支」を疑ってみる価値があります。避難したくなる「収奪」を、参加したくなるメリットへと変換するのです。
例えば、現場から集めたSFAのデータが、商談準備に使える形で入力した本人に返ってくる仕組みを作る。
事例づくりに協力してくれたら、完成した事例を現場で使える資料にしてきちんと戻す。
これらの本人に戻すメリット作りは、最近のAIの進化と普及によって、比較的簡単に、かつある程度の精度を担保できるようになっています。営業改革でのAI活用の1つの観点として、ぜひ取り入れてみてください。
また、全社プロジェクトへの参画に対しては、評価と登用につなげて「片道切符」にしない。
これらを用意しようとすると、これまでの営業改革よりも面倒だと思われるかもしれません。それでも「入力してください」と取り立て続けるよりも、現場から理解してもらいやすいものにするための、大事な手立てだと思うのです。
もし「山の民」の目で、自社を眺めたら
現場がDXから避難するのは、意識が低いからではありません。二千年通用してきた、まっとうで合理的な自衛の手段なのです。
そう見方を変えると、皆さんが日々やっている入力の呼びかけや施策の調整も、違う景色に見えてきます。あれは現場に嫌われる取り立ての仕事ではなく、「降りたくなる平地」を設計する仕事の入り口だったのかもしれません。
今度、自社のSFAの画面を開くことがあったら、少しだけ現場の目で眺めてみてはいかがでしょう。上納されたデータやそこの中にある知恵は、いまどこへ行き、現場に何が返っているか。その答えに、あなたの会社の営業改革の次の一手が隠れているはずです。
参考:「The Art of Not Being Governed: An Anarchist History of Upland Southeast Asia」(James C. Scott, 2009)※日本語版『ゾミア――脱国家の世界史』(みすず書房)

