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「提案書の作成から、技術的な質問への回答、デモの準備、受注後の調整まで……全部一人でやっていて、正直キャパオーバーです」日本のB2B営業の現場では、こんな悲鳴をよく耳にします。実はこれ、あなたが「一人二役」をこなしているからかもしれません。 

そこで今回は、ドミトリー・リー氏の著書『The Presales Navigation System』(プリセールス・ナビゲーション・システム)を参考にしながら、日本の営業組織が抱えている「プリセールスという見えない役割」について考えてみたいと思います。ご自身がプリセールスを行っているという方も、そしてプリセールス活動が必須の営業組織をマネジメントしているという方も、ぜひお読みください。 

そもそも「プリセールス」って何? 

一般的にはIT業界や製造業などで商談がある程度進むと出てくる「技術やそれに関する業務に詳しい人」のことをプリセールスとされています。「技術営業」などと呼ばれることもあります。 

顧客の業務や課題を分析する。顧客に適したソリューションを設計する。そして必要に応じて試作品を作成・開発したり、顧客データを使ったデモをしたり、機械系であれば実機を貸し出すといったPoCを設計したりもする。知識豊かな専門家というのが、多くの人が持つプリセールスのイメージではないでしょうか。 

このような「プリセールス」に対して抱いている先入観をリー氏は鋭く否定し、プリセールスの真の役割を次のように定義しています。 

  • 「成功」の定義を顧客と合意すること(何がゴールかをハッキリさせる) 
  • 他社が強みを語る裏で、リスクを見つけ出すこと(落とし穴を先に教える) 
  • 社内政治や部署間の対立をまとめ、意思を統一させること(「みんなでやろう」という空気を作る) 

つまり、プリセールスとは「知識を伝える人」ではなく、「顧客の視点を変え、意思決定をサポートするアドバイザー」だというのがリー氏の主張なのです。この考えに基づき営業との違いをシンプルに整理すると以下のようになります。 

  • 営業:受注を勝ち取り、売上を作る人 
  • プリセールス:提案の「中身」が正しいか、リスクはないかを検証する人 

本来、この二つは別の人が担い、セットで動くものです。しかし、多くの日本の会社では、営業担当者がこの二つの役割を「一人二役」でこなしているのが実情です。 

あなたの中にいる「アクセル役」と「ブレーキ役」 

営業担当者の皆さんは、常に「早く契約が欲しい!」とアクセルを踏んでいると思います。しかし、それだけでは事故が起きてしまうこともあります。そこで重要なのが、あえて商談を「減速(スローダウン)」させるプリセールスの視点です。表にまとめてみました。 

役割  マインドセット  メインの動き 
営業(アクセル)  「今期中に受注したい」  商談を加速させ、最短距離で進める 
プリセールス(ブレーキ)  「導入後に失敗させたくない」  立ち止まってリスクを洗い出し、深い課題を掘り下げる 

 

一人二役の営業担当者には、一人の中にこの二人が同居している状態と言えます。「早く売りたい」のに「本当に大丈夫か心配で確認したい」。この矛盾に挟まれるから、営業は疲れるのです。でも、この「ブレーキ(慎重に確認する目)」こそが、実はお客さんから最も信頼されるポイントになります。 

PoCは「製品テスト」ではなく「安心の証明」 

また、リー氏の著書の中には最近よく行われるPoC(概念実証)についても、面白い視点があります。 

  • 成功したPoCとは、製品の機能を証明するものではない。意思決定が顧客にとって安全であることを証明するものだ 

顧客が「試したい」と言うのは、単に機能を知りたいからだけではなく、「これを導入して失敗したら、自分の評価が下がるかも……」という不安を消したいということなのです。従って、「動きますね!」と機能をアピールするだけでなく、「これなら御社の組織でも安全に運用できますね」という心理的な安全を届ける必要があるということになります。 

今日からできる「一人二役」のコツ 

営業として大切なのは、自分の中に「2人の自分」がいることを自覚し、バランスを取ることです。そのためのコツを以下に示します。 

「今はどっちのモード?」と自分に問う
「前向きに進める営業モード」なのか、「冷静にリスクをあぶり出すプリセールスモード」なのか。今自分がどっちの役割で動いているか意識するだけで、頭が整理されます。 

あえて「ゆっくり進む」時間を作る
急いで契約を取りたくなる時こそ、一回立ち止まって「お客さんの社内で反対しそうな人はいないか?」「使い始めて困ることはないか?」を考える時間を持ってください。その一歩引いた視点が、大きなトラブルを防ぎます。 

社内の詳しい人に頼むときは「お題」を変える
エンジニアなどの専門家に協力してもらうとき、「説明をお願いします」ではなく、「お客さんが不安に思っていそうなところを見つけて、アドバイスしてあげてください」と頼んでみてください。これだけで、商談の質がぐっと上がります。 

名もなき仕事に名前をつけよう 

あなたが日々苦労している「根回し」や「調整」は、決して雑用ではありません。それは「プリセールス」という、B2B営業において最も付加価値の高い専門スキルです。 

自分が今「加速」させているのか「減速」させているのか。これを意識するだけで、あなたの営業スタイルは「売り込み」から、顧客に頼られる「ビジネスパートナー」へと変わっていくはずです。そのためにまずは自分たちの中に眠っている「プリセールス的な名もなき機能」を言語化してみてはいかがでしょう。確実に商談を受注するためのポイント、受注後に取引が拡大・継続する顧客に共通の要素がきっと見えてくるでしょう。 

参考:「The Presales Leadership System」(Dmitri Lee, 2025