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「デモをしていた時や提案書を出した時までは、顧客の担当者が乗り気だったのに、その後の顧客社内での調整が始まってからは急に進みが遅くなった」
苦労して提案書や見積書を出したのに、顧客社内での意思決定が思うように進まず、メールも返ってこないし電話にでも出てもらえない、という体験をされたことがある方は多いのではないでしょうか。
この場合の多くは、顧客の担当者のやる気がなくなったわけではありません。ただ、上司や関係者の巻き込みが上手くいかなかったり、意見の相違をまとめ切れなかったり、次に進めるステップが明確でなかったりと、どうにも上手く進められない。ただ、社内の問題でもあるし、そもそも上司がその問題の一部だったりもするため、周りに相談できる相手もいない。そんなときに、一緒に盛り上がってしまった営業担当者から連絡が来るので、ついつい避けているということが多いように思います。
今回は、そんな顧客社内の意思決定をどう支援するかについて考えてみたいと思います。「提案書には喜んでくれるのに、その先が続かない」「『今社内で揉んでいるので時間が欲しい』と言われるだけで、その後はなしのつぶてになってしまう」という方は必見です。営業としてどんな支援ができるのか、一緒に見ていきましょう。
2025年最良の営業本(候補)なのに翻訳の見込薄な「レッドゾーン・セリング」
今回ご紹介するのは、個人的に2025年の最良の営業本だと思っている「Red Zone Selling」(レッドゾーン・セリング)。8月に出版されたのですが、もちろん2026年1月現在で翻訳されていませんし、今後されることもまずないでしょう。というのも、失礼ながら無名の著者の第一作であり、日本人にとって馴染みの薄いアメフトの例えが満載だからです。
そもそもタイトルにあるレッドゾーン自体がアメフト用語。アメフトでは中央のラインから攻撃を繰り返して相手の陣地に進み、中央から約45メートル先のゴールラインでタッチダウンして得点します。このゴールライン手前の約18メートルのエリアを、得点につながりやすい危険なエリアということで「レッドゾーン」と呼びます。
先ほどから約45メートルなどの表記になっていますが、これはアメフトがヤードポンド法に則っているため。1ヤードが約91センチメートルなので、50ヤードを約45メートル、20ヤードを約18メートルという書き方になっています。このヤード表記も、アメフトおよびこの本が日本では馴染みにくいであろう要因の1つだと思います。
話をもとに戻しますと、この本は商談プロセスの中でも特に終盤戦のレッドゾーンでの攻略の仕方、提案書提出以降の顧客社内での意思決定の支援の仕方に多くのページが割かれている、特徴的な本なのです。それでは、まずこの本の基本的な考え方から見ていきましょう。
前向きな顧客でも停滞してしまう購買の意思決定を支援するのが優れた営業担当者
顧客が自社の提案に関心が高い場合でも、次に進めるべきプロセスの不明確さ、関係者の不在、社内関係者の意見の不一致などにより、商談は停滞してしまいがちです。これは決して顧客が後ろ向きになってしまったわけではありません。単に、購買を前に進めるためのやり方明確でないだけなのです。
優れた営業担当者は、ここで真価を発揮します。単にソリューションを提案するだけでなく、顧客の意思決定プロセスに秩序をもたらします。購買を止めてしまう障害が発生する前に、その原因となる摩擦点を特定し、顧客が回避できるよう手助けをするのです。
このように、この本では顧客として意図していない購買の停滞を防ぐために、営業担当者としての支援の仕方を解説しています。著者がアメフトの選手を目指していたため、その支援の仕方をアメフトのプレイブック的に端的に整理しているので、その中から特に面白く、日本の営業でも使えそうなものを3つ選んでご紹介します。
レッドゾーンでの支援方法①:購買完了に必要な「相互行動計画」を作る
最初の支援方法は、購買を完了するために必要な顧客と自社の行動を、1つの計画にまとめた「相互行動計画(Mutual Action Plan)」を作成することです。
内容:顧客と共同でスケジュールを作成し、システムレビューや関係者承認、法務審査、調達部門の承認、最終署名までの主な工程を明記します。
目的:顧客が計画策定に参加することで、顧客の関与度が高まります。責任の共有は自然な緊迫感を生み、関係者間の認識を一致させ、遅延や直前の不測の事態のリスクを低減します。
作成手順:
1. ゴール設定:顧客に「このソリューションをいつまでに稼働させ、関係者に価値を提供したいですか?」と尋ね、その日付から逆算します。
2. 主要なマイルストーンの特定:主要な社内手続、技術レビュー、法務審査、予算承認、トレーニングなどについて共同で検討します。
3. 責任者の割当:それぞれのマイルストーンの責任者を確認します。名前がまだ確定していない場合は、役職(例:「財務部部長」)を記載します。
4. 目標期日の設定:目標は推測ではなく、両者合意の上での約束です。期日は推進力を生みます。
5. 計画の共有:双方がアクセス・編集可能な共通ツール(例:Googleドキュメント、Notion、または御社のCRM)に保存します。
6. 生きている文書として運用:計画は毎週見直します。商談の進行管理、責任の明確化、遅延の早期対応に活用します。
そして、この相互行動計画に名前が挙がった顧客の責任者とは、可能な限り早いタイミングから連携できるように、接点を持つことが大事だとも書かれています。顧客の担当者一人に社内調整の全責任を負わせるのではなく、一緒になって関係者との合意形成に取り組むのが大事だという考え方なのです。
レッドゾーンでの支援方法②:購買の阻害要因を事前に発見する
相互行動計画が出来上がったら、その次に取り組むべき支援は「購買の阻害要因を事前に発見」することです。
内容:内部の潜在的な阻害要因を探るため、顧客の担当者との打合せを設定します。
質問例:「この件について懸念を持つ可能性のある方はいらっしゃいますか?」「このプロセスを遅らせたり、拒否する可能性のある方はいらっしゃいますか?」理由:あらゆる購買活動には、懐疑的な人やリスク回避的な人、あるいは単に方向性が合わない「反対者」が存在します。これらを早期に特定すればするほど、その人たちの負の影響力を中和できる可能性が高まります。事前にこれらを発見できなければ、商談が停滞したり消滅したりした後でしか判明しません。
これらの阻害要因を特定し、それに対処できたとしても、最後の最後まで気を抜けません。最終の意思決定のタイミングで顧客がひるんでしまうことが往々にしてあるからです。そんなときは、「顧客の意思決定を後押し」する必要があります。
レッドゾーンでの支援方法③:顧客の最終意思決定を後押しする
内容:契約締結が近づくにつれ、購買担当者は不安を感じることがありますが、これは自然な反応です。リスクや購入後の後悔、後々の効果検証が心配になってくるからです。営業担当者の役割は強引に押し進めることではなく、より賢明な方法で安心感を与えることです。導入の具体的な流れと得られる価値を再確認させ、意思決定を後押ししてください。
効果的な戦術:
• 事前に構築したビジネスケースとROIを再提示する
• 関連する事例研究や顧客の声を紹介する
• 満足している顧客を紹介する
• 導入プロセスとサポート体制を詳細に説明する理由:購買の決断に確信を持てれば、購買担当者はより迅速に、スケジュール通りに購買プロセスを進めます。たとえ無意識であっても不安があれば、彼らは引き延ばしたり、新たな意見を求めたり、決断を迷い始めたりします。営業担当者の役割は、不確実性を排除し、信頼を再構築し、彼らをゴールまで導くことです。
営業担当者の価値は顧客の意思決定の道筋をつけて後押しすることにあり
今回ご紹介した「レッドゾーン・セリング」のエッセンスを1文であらわしたのが、「営業担当者が顧客にもたらす最大の価値は、ソリューションではなく、意思決定への道筋をつけることにある」という文章。社内の関係者が増え、諮る会議体の数や必要な承認の数が増え、複雑化・長期化する顧客の購買活動を最後まで支援し、顧客と一緒にゴールラインを越えてタッチダウンすることの重要性を再認識させてくれる、良いプレイブックだと思います。英語が得意な方、そしてアメフトの話がなんとなくでも分かる方はぜひご一読ください。
購買の意思決定支援はAI&競合からの差別化の大事な要素
顧客にとって自分たちの問題を分析したり、それに合ったソリューションを探したり、提案書を比較選定したりするのにAIは格好の相談相手です。しかし、社内の関係者を巻き込んで合意形成を取るとなると、途端に顧客の担当者にとって孤独な闘いが始まります。そのような戦いで担当者を孤立させず、購買プロセスを停滞させず、一緒に購買の意思決定をさせることが、今の営業にとって重要な役割であり、AIにはできない差別化の要素でもあると思うのです。
顧客の購買のレッドソーンで自社ならどんな支援ができるのか、その支援の仕方が営業組織内で共有されているか、考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
参考:
「Red Zone Selling: The Ultimate Playbook for High-Performing Enterprise Sellers」(Vince Beese, Jones Media Publishing, 2025)

