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ChatGPTの登場から丸3年が経ち、プライベートの調べものや雑談、仕事の相談やアイデア出し、簡単な資料の取りまとめなど、AIなしの生活には戻れないという方もいらっしゃるのではないでしょうか 

実はこれ、顧客の購買活動でもそうなっているみたいです。最近LinkedIn社が世界7か国の購買担当者を対象に行った調査によると、購買担当者の実に94%が提案書の分析や代替案の探索など、購買活動の全段階でAIを活用しているとのこと。現代の顧客にとっての一番の相談相手はAIになっているのです。 

そこで今回は、AIを活用した購買がどのようになっているのか、その真相をLinkedIn社の調査レポートを使って読み解いていきます。日本企業でも急速に浸透が進んでいるAIによって、私たちの顧客はどう変わろうとしているのか、一緒に見ていきましょう。 

AIは既に購買活動において「一度使うようになるとやめられない」ものだが・・・ 

レポートの紹介に入る前に、AIを活用した購買のイメージを確認しておきます。 

あなたが複数の企業から提案を受けているとします。そこであなたはその提案書のPDFファイルに、自分が感じている自社の課題と提案に対する感想を加え、AIに「これらの提案内容を評価してください」と入力すればあっという間に評価レポートを作成してくれるでしょう。それはきっとそれっぽい、もっともらしい内容になっていると思います。 

それはきっとあなたが購買の意思決定を進める上で参考になるはずですし、「提案各社に追加で確認すべきことを整理してください」とか「この提案を社内で意思決定するための稟議書案を作成してください」など入力すれば、すぐにまたそれっぽい答えが返ってきます。 

このように既にAIは顧客が購買活動を進める上で、「一度使うようになると止められない」便利なものになっています。しかし、同時にそのアウトプットに対して「これは違うな」「この情報はどこから?」などの違和感を覚える方も少なくないように思います。 

購買のすべてのステージでAIが購買の相談相手に 

今回ご紹介しますLinkedIn社の「The Sales Leader Compass: The Trust Advantage: Why expertise wins in the era of AI-driven sales」(営業リーダーの羅針盤:信頼の優位性:AI主導の時代に専門知識が勝利する理由)では、顧客の購買活動の変化について次のように表現しています。 

従来の購買プロセスは根本的に変わってしまいました。問題の特定から最終購入に至るまで、AIは顧客の購買にかかるすべてのメンバーにとって、常に寄り添う存在となっています。その意味するところは明らかです。営業とのあらゆる接点、企業が提供するあらゆるコンテンツやあらゆるメッセージは、人間の購買担当者に届く前に、AIによる分析の対象となっているのです。

このことを明確に示すのが、顧客の購買ステージごとに利用する情報源を集計した以下のグラフです。各ステージで回答が多かったものが左になるように、上位3つの情報源までがグラフ表示されています。 

この図から読み取れる主なメッセージは2つあります。1つめは水色で表示されている「AI」が、いずれのステージにおいても上位1~2位の座を占めているということ。そして2つめはどのステージにおいても「営業担当者」が上位3つまでにランクインしていないということ。多くの顧客は、営業担当者よりもAIのことを相談相手に選んでいるのです。 

AIという新たなフィルターを通過しないと顧客に出会えない 

またこのグラフに関連して以下のようなコメントがレポートに記載されています。 

顧客のほぼ半数が、意思決定前にAIを活用して提案書を分析・検証し、その提案に代わる案を調べています。AIは、検討対象となるために通過すべき新たなフィルターとなっているのです。

この「新たなフィルター」となっているのは、提案書の調査だけではありません。先ほどのグラフによるとステージ2の調査・評価段階やステージ3の比較選定では、AIが一番の情報源となっています。つまり、AIに選んでもらえないと顧客はその会社のそのソリューションの存在すら認識しないまま、購買活動を終えてしまうということ。これまでのトライツブログでも書いてきましたが、AIに選ばれ推奨されるWebページになっていないと、顧客にとっては存在していないのと同じなのです。 

AIは顧客にとって良き相談相手ではあるが、信頼して意思決定できる相手ではない 

このようにAIが顧客の購買担当者にとって良き相談相手となっている一方で、レポートでは生身の営業担当者の重要性についても触れています。 

購買担当者の57%はステージ1~2(問題の特定、調査・評価)での営業担当者による関与を歓迎しており、65%は最終のステージ5(調整・購買)でも関与を望んでいます。しかしステージ3~4(比較選定、試行検証)では、その必要性がさらに高まり、購買担当者の88%が営業担当者による関与を求めているのです。 

なぜなら、ステージ3(比較選定)では、顧客は比較選定している商品ごとのトレードオフを天秤にかけ、専門家による明快な意見を求めています。そしてステージ4(試行検証)では、ソリューションが実際に成果をもたらすという確信を得たいと考えています。どちらの場合も、生身の人間が持つ専門知識が疑念と確信の分かれ目となっているのです。

このことからAIと購買担当者との関係性の限界が窺えます。つまり、顧客はAIを相談相手として常にそばにおいて、質問しているものの、AIの判断に全幅の信頼を寄せているわけではない、ということです。ここに信頼を寄せる相手としての営業担当者の存在意義があります。 

顧客との関係性ではなく業界の専門性で顧客の信頼を勝ち得る 

とはいえ、ただ顧客と接しているだけでは信頼を勝ち得ることはできません。レポートの中では、営業担当者が持つ4つの特性を、顧客にとってより信頼を感じられる順に集計しています。 

1. 専門性:その業界における課題について深く理解していることを示す。 
2. 適合性:顧客の課題に適合するように、ソリューションを選定・カスタマイズする。 
3. 実証性:同じような業種/課題の企業における導入・改善事例を紹介する。 
4. 関係性:ラポール/共感を得るために個人的なつながりを探る。 

購入者の約半数が、事例研究や競合他社との比較といった専門的なアドバイスが信頼関係の構築に有効だと回答しています。その一方で、家族・趣味・休暇といった個人的なつながりについて同様の効果を認める回答者は、そのさらに半分以下にとどまります。

古い営業本を読むと誕生日やクリスマスにグリーティングカードを送ったり、家族の誕生日に花束を贈ったりといった、いわゆるGNP(義理・人情・プレゼント)を大事にしていた頃のエピソードが出てきますが、それは今や昔。顧客から信頼されるためには、業界についての専門性をより高め、顧客の課題を理解してソリューションの適合性を高めることの方が、ずっと重要なのです。 

AIが購買プロセスに組み込まれた一方で、専門知識で信頼を勝ち得る営業が重要に 

このレポートのまとめページがよくまとまっているので、これまでの内容の総括として最後にご紹介します。 

第一に、AIが顧客の購買プロセスに新たに組み込まれました。AIがあらゆる段階で営業のコンテンツやメッセージを分析・評価しています。

第二に、AIが普及している一方で、人間の専門知識が最大の影響力を発揮する購買の段階(比較選定、試行検証)があります。

第三に、情報が溢れる現代において、信頼と専門知識こそが究極の差別化要因であり、最大のビジネスチャンスとなっています。

AI時代の営業に求められるのは「デジタル戦略」と「専門性強化」の二段階 

今回ご紹介したLinkedIn社のレポートは、AI時代の営業の進むべき道を示してくれていると言えるでしょう。顧客はすでにAIを「最初の相談相手」として選び、AIというフィルターを通して提案を選別しています。しかし、そこに決して全幅の信頼を置いているわけではなく、これまで以上に「信頼性」、「専門性」を発揮できる営業担当者が求められるようになっているということだと思います。 

AIに選ばれるためのデジタル戦略」と「人間に選ばれるための専門性強化」。AI時代の営業組織には、この両輪が求められます。Webでユーザーがサービスにログインする際、パスワードだけでなく、もうひとつの確認方法を追加することを「二段階認証」と呼びますが、これからは営業も「デジタル戦略」でAIに選ばれ、人間の「専門性」で顧客に選ばれるという二段階で考えていかねばならないということでしょう。 

そのような視点から、ぜひ一度、自社の現在地を確認してみてはいかがでしょうか。

参考: 
The Sales Leader Compass: The Trust Advantage: Why expertise wins in the era of AI-driven sales」(LinkedIn Corporation, 2025