この記事を読むのに必要な時間は約 13 分です。
突然ですが、営業のヒアリングのフレームワークについて本やセミナーなどで学んだことはあるでしょうか。ここで、「学んだことがある!」とお答えの方に質問です。あなたが今頭の中で想像しているのは「SPIN」ではありませんか。
冒頭からメンタリングのまがいものをしてしまって恐縮ですが、日本でB2B営業経験がある方にとって、それくらいに「SPIN営業術」という本は有名ですし、これを解説した営業研修やセミナーも多数あります。そのため、「営業ヒアリングのフレームワークといえばSPIN!」という方も多いのだと思います。
それでは続けての質問なのですが、このSPIN営業はいつ頃生まれたものかご存じでしょうか。実はこれ、40年近く前の1988年、和暦では平成元年に発売されたものなのです。ちなみに、翻訳版は1995年に出版されていますので、言葉の海を渡るのに7年かかったことになります。
ただ、日本語訳こそされていないものの、世界ではSPIN以降に著名なヒアリングのフレームワークが開発されています。そこで今回はSPIN以降の営業ヒアリングについて解説します。営業ヒアリングの質を高めたい方も、今お使いのヒアリングの項目を見直したい方も、ぜひお読みください。
改めてSPIN営業術のおさらい
ここまで、SPIN営業術についての説明をしておりませんでしたので、ご存じの方には復習も兼ねて確認しておきましょう。このSPINというのは、営業において有効な4つの種類の質問のことで、S→P→I→Nの順番で実施するように設計されています。
- 状況質問(Situation Questions):定量的なデータや定性情報といった事実を収集し、顧客の状況を理解する
- 問題質問(Problem Questions):顧客が直面している問題やビジネスチャンスを明らかにする
- 示唆質問(Implication Questions):問題が引き起こしている痛み、損失を明らかにする
- 解決質問(Need-payoff Questions):問題を解決することで得られる利益を明らかにし、変革(購買)の必要性を認識させる
約40年前に設計されたものではあるものの、今でも十分使うことができる、まさにB2B営業の基本と言える4項目だと思います。
ただ、唯一難点があるとするなら、この4項目に沿って顧客が抱えている問題を明らかにし、解決の必要性が明らかになりはするものの、「で、ここからどうしたらいいんだっけ?」となってしまうこと。解決策を具体化したり、購入までの顧客のプロセスを明確にしたりして、この先の商談の流れを組み立てるための情報がSPINの4つだけでは得られないのです。
10年前に登場した海外では定番の「DISCOVER」
そんなSPINの短所を補ってくれるのがDISCOVERというフレームワーク。これについて解説している「DISCOVER Questions™ Get You Connected」という本は、2013年に出版されていますが翻訳されていません。このフレームワークもSPINと同様に質問の種類の頭文字をとったもの。ちなみに、日本語で「課題ヒアリング」「ヒアリング」と呼んでいる営業プロセスのことを、海外特に米国では一般にDiscovery/Discovering(発見、探索)と呼んでいます。そのため、海外の人にとっては覚えやすいというのがこのフレームワークの大きなメリットだったりします。では、DISCOVERのそれぞれを見ていきましょう。
- データ質問(Data Questions):事実情報を収集する
- 課題質問(Issue Questions):現在起きている問題やそれによる痛み、取り組むべき課題を理解する
- 解決策質問(Solutions Questions):複数の解決策案を明らかにし、新しいアイデアを探る
- 帰結質問(Consequences Questions):行動をせずに、問題が解決されない場合のリスクや損失に注意を向けさせる
- 成果質問(Outcome Questions):問題/課題の解決によって期待される成果を明らかにする
- 価値質問(Value Questions):顧客社内の利害関係者にとってのその問題/課題の優先順位を整理する
- 実例質問(Example Questions):問題や痛みの実例を明確にすることで、取組の必要性を認識させる
- 合意形成質問(Rationale Questions):顧客社内で解決策選定と購買の意思決定がどのようにされるかを明らかにする
SPINの4項目と比べて7項目と数は多いものの、B2B営業においてどれも重要な項目だと思います。「解決策」や「合意形成」といった、ヒアリング以降につながるテーマもカバーしていますし、課題解決のための行動をしなかった場合の「帰結」を言語化することで、課題解決が立ち消えになってしまうのを防ぎやすくもなっています。ぜひ参考にしていただき、皆さんが現在使っているヒアリング項目で漏れているものがあれば追加してみてください。
2年前に登場した「共創型営業」向けヒアリング項目
このDISCOVERも十分に使えるのですが、2023年に出版された「Buyer First」という最近の本では、問題の探索や解決策の具体化について顧客と一緒に明確化する「共創型営業(コラボラティブセリング)」のための質問項目が体系的に整理されています。こちらは英語の頭文字で整理されていませんし、ちょっとわかりにくいため長めに引用します。
- 問題は何か
・その問題にどうして気づいたのか?
・何がきっかけで解決策の探索がスタートしたのか?
・なにがきっかけでこの問題が起きたのか、何が原因なのか? - なぜこれが問題なのか
・この問題でどのような影響/インパクトがあるのか?
・過去の解決策を選んだ理由は何か?
・過去の解決策でうまくいったものとそうでないものは何か?うまくいかなかったのはなぜか? - なぜ解決しなければならないか
・解決しないことのコスト/損失はなにか?
・いつまでに成果を上げる必要があるか?そしてそれはなぜか?
・解決することの組織的/個人的な意味/価値は何か? - どのように意思決定するか
・意思決定者にとって何が重要なのか?
・意思決定者はどのタイミングで、どのように意思決定に関わるのか?
・意思決定にどれだけの期間がかかるのか? - 意思決定の準備はできているか
・あなたが問題について深く理解していると確信を持っているか?
・あなたの専門性について信頼しているか?
・あなたの支援を望んでいるか?
このうち5番目の「意思決定の準備はできているか」だけは、直接顧客にする質問ではありません。顧客の状況を確認するために営業担当者が自省したり、同行している営業マネージャーが客観評価したりするためのものです。
このようにSPIN以降も様々な営業ヒアリングのフレームワークが開発され、英語圏では広まっています。「SPINしか知らなかった」という方はぜひアップデートに活用してください。
自社/顧客に合ったオーダーメードのヒアリング・フレームワークの作り方
ただ、ここで改めて確認しておきたいのが、これらのフレームワークをそっくりそのまま使ってはいけない、ということです。顧客の業界や業務内容、課題に解決策と、営業を構成する要素は様々。そのため、市販の「吊るし」のフレームワークをただ使うのではなく、自社や顧客に合わせてピッタリのフレームワークを「オーダーメード」で作り上げていかなければならないのです。
このオーダーメードのフレームワークの作り方について解説しているのが、当代随一の営業コンサルタントであるジェブ・ブラント氏の「Sales EQ」。2017年に出版されたもので、これももちろん翻訳されていません。
- 社内の高業績な営業担当者にインタビューし、彼ら/彼女らの優れた質問を収集する。声の抑揚やボディランゲージ、トーン、文脈など、どのように質問しているかにも注目する。
- 顧客の心に響いた質問を見聞きしたら、または自分で思わず発したら、それを文脈も併せて書き留める。
- それぞれの質問に対して想定される顧客の答えを考え、それぞれの答えに対する続きの質問を設計する。これによって、一問一答形式ではなくより深く顧客のことを理解できるようになる。
- 同じ質問を様々なバリエーションで試し、自分のスタイルに最もフィットした、より効果的なフレームワークを自分で組み立てる。
- 商談が終わったら、自分がした質問とその結果を振返る。上手くいったものはそのままに、上手くいかなかったものは変更・調整する。
このブラント氏が主張する「自分に最もフィットしたフレームワークを自分で組み立て、常に見直す」という考え方は、トライツがプロジェクトでクライアントにお伝えしていることそのものです。トライツでも様々な既存のフレームワークを参考にしつつも、それぞれのクライアント企業での過去の成功事例やプロジェクトメンバーのアイデアをもとに、その企業ならではのフレームワークを開発しています。
営業の魔法は優れたヒアリングの中で起きる!
最後にブラント氏の「Sales EQ」での名言をもう1つ。
「営業の魔法は、クロージングで起きるのではない。それは優れたヒアリングの中で起きるのだ」
優れたヒアリングでは顧客が問題や課題への理解を深めたり、斬新な解決策に出会ったり、課題解決に向けたロードマップが鮮明になったりします。そして、そのような魔法がその商談を受注まで運んでくれる推進力を生んでくれるのです。
ぜひ今回ご紹介したフレームワークを参考にしながら、皆さんにとってベストフィットなヒアリングのフレームワークを作ってみてください。そして作り方のアドバイスが欲しいという方は、ぜひトライツまでご相談ください。ぜひ一緒に魔法を手に入れましょう。
参考:
「Spin Selling」(Neil Rackham, McGraw-Hill, 1988)
「DISCOVER Questions™ Get You Connected」(Deb Calvert, Winston Keen James Publishing, 2013)
「Buyer First: Grow Your Business With Collaborative Selling」(Carole Mahoney, Page Two Strategies Inc., 2023)
「Sales EQ: How Ultra High Performers Leverage Sales-Specific Emotional Intelligence to Close the Complex Deal」(Jeb Blount, John Wiley & Sons Inc., 2017)