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ユーキャンが年末に発表している「新語・流行語大賞」とは別に、大辞林などの辞書メーカーである三省堂が「辞書を編む人が選ぶ 今年の新語」というものを発表しています。ちなみに昨年(2024年)の対象は「言語化」。確かにビジネスの場面でもここ数年よく使われるようになっているように思います。そして、この企画がスタートした2015年に入選したのは「刺さる」。こちらも「深く納得したり、共感したりできる」という意味合いで、普段から当たり前に使われるようになっています。 

このブログのネタを探そうと海外のカンファレンスや国内外の書籍に営業系ポッドキャストなどで情報収集していると、たまに自分がぼんやりイメージしていたことを「言語化」してくれていて「刺さる」ものに出会うことがあります。最近私に刺さった営業本が「The Innovative Seller」。現在における営業プロセスについて、とても共感できる考え方が詳述されています。 

そこで今回は、この本をもとに顧客中心営業時代の営業プロセスのあるべき姿について、ご紹介します。WebやAIを駆使して情報収集できるようになった現在の顧客に対応するために、どのようなプロセスで営業活動を進めればよいのか、一緒に学びましょう 

これからの時代に求められる「顧客一社一社に合わせてカスタマイズする営業プロセス」 

今回ご紹介する営業本は、ジェイク・ダンラップ氏の最新作「The Innovative Seller」。この本の副題は、「AIと顧客中心の時代についていく」となっています。 

ダンラップ氏の主張がわかりやすくまとまった一文がこちら。「これからの時代で勝利する営業プロセスとは、画一的な営業主体のプロセスではなく、カスタマージャーニー(訳注:顧客の購買プロセスおよび購買体験のこと)に焦点を当てカスタマイズすることを前提としたプロセスなのです」。つまり、組織として決められた営業プロセスをもとにすべての商談を判で押したように進めるのではなく、個々の顧客の購買プロセスを把握し、それに合わせて一社一社テーラーメードの対応をするべきだ、ということ。 

ここで言う「営業プロセス」は、本の中で「顧客の課題の探索、商談として対応するかの評価、顧客による解決策の評価、導入準備、初回利用、利用促進、継続更新」という例で示されています。このようなプロセスとその中でやるべきことを押し付けるのではなく、顧客が望む買い方に合わせて手直ししながら商談を進めようということなのです。 

もう少し詳しくダンラップ氏の主張を見ていきましょう。 

静的・固定的だった営業プロセスから動的・適応的なプロセスへの変化が起きている 

歴史的に、これまでのB2B セールス戦略は静的かつ固定的で、どの顧客に対しても同じような商談のプロセスで対応してきました。しかし、デジタル革命は適応力が鍵となる新たな時代をもたらしました。このダイナミックで可変的な営業プロセスへの移行は、単なる一過性のトレンドではなく、現代の購買者のニーズと選好に基づく必然的かつ永続的な変化です。古い静的な営業プロセスに固執する企業は、機敏な対応とカスタマイズが必要な現在の競争から脱落するリスクがあります。(中略)異なる顧客には異なる購買プロセスがあるので、それぞれの顧客のプロセス焦点を当てて適応しなければならないのです。

確かに、これまでの多くの営業組織では決められたプロセスを、半ば顧客に押し付けるようにして商談を進めていました。しかし、顧客はすでにWebやAIを通じて、必要な情報の多くを自ら手に入れられるようになっています。生成AIが普及する前の調査データにおいても、顧客は購買プロセスの85%を社内メンバーとの打合せや購買担当者個人の情報収集に使っており、営業担当者との接触時間はほんの15%しかありませんでした。また、平均して購買プロセスの70%まで到達してから営業担当者に声を掛ける、というデータもあります。 

このため、営業担当者としては顧客の購買プロセスの全体像と現在のポジションを確認した上で、それを後押しする「顧客中心営業」へと転換しなければなりません。そしてそのためには、ダンラップ氏が言うように個々の顧客の購買プロセスとニーズに応じてカスタマイズした対応が求められるのです。 

現代の顧客は迅速でカスタマイズされた体験を求めています。このため、カスタマージャーニー全体を通じてのカスタマイズと最適化、顧客が自主的に学習し購買プロセスを進める手段/ツールの提供、購買に前向きな顧客の購買プロセスを迅速に進める営業手法、のそれぞれを確立しなければなりません。

カスタマイズされた営業プロセスによって購買に至る割合が2.4倍に! 

ちなみに、このカスタマイズした営業プロセスの有用性を立証するデータもあります。 

Salesforceの調査では、カスタマイズされた営業プロセスを体験した顧客は、実際に購買に至る可能性が140%も高い(2.4倍)ことが示されています。現代において、企業は適切なタイミングで適切な購買体験を提供するプロセスを構築できない場合、競争に勝って顧客に選ばれることはできません。

生成AIの登場によってカスタマイズが手軽かつ迅速に実現できるようになった 

とはいえ、個々の商談で顧客に合わせてカスタマイズしたテーラーメードの対応をするのは手間がかかって大変そうです。ですが、このカスタマイズを生成AIによってより便利にできるようになっていると、ダンラップ氏は述べています。 

生成AIの登場によってカスタマイズが手軽かつ迅速にできるようになっています。 
例えば、自社の商品・ソリューション情報と顧客のWebサイトを読み込ませたり、商談相手の情報がLinkedInなどのSNSにある場合はそれも読み込ませて、ChatGPTなどの生成AIに営業メールの文面を考えてもらったり、初回訪問の進め方を相談することもできます。また、SFAデータも読み込ませれば、次の商談の進め方のパターンを複数考えてもらい、その中から最適なものを選んでもらうことも可能です。

ここにある「LinkedInなどのSNS」こそ日本では当てはまりませんが、顧客のWebサイトやSFAデータを読み込ませるというのは、日本のB2B営業でも役立てられそうです。ただ、このようなカスタマイズ方法を著書の中で紹介はしているものの、なんでもかんでもAI任せにすることの危険性についても警鐘を鳴らしています。 

企業が犯す大きな間違いの一つは、最初から多くのプロセスを自動化したりAIチャットボット化したりしようとして、大規模な顧客の離反を引き起こしてしまうことです。最初は顧客中心の営業プロセスを構築することに専念しましょう。適切な手厚いサポートを提供し、できるだけ多くの人が購買に到達できるようにしてから、テクノロジー活用やプロセスの自動化へと進めていくのです。

AIなどによる営業活動の自動化や効率化が主張されているものの、最初からそれを目指すのではなく、まずは顧客対応をカスタマイズして顧客の購買体験の質と受注率を高めてから、それらを落とさないように自動化・効率化を進めるというところにこの本の妙味があるように思います。 

営業プロセスのカスタマイズに不可欠な「購買プロセスの可視化」 

トライツの支援においても、営業プロセスの最初の部分で「顧客の購買プロセスの可視化」というセッションを行い、顧客が自力で進めてきた購買プロセスの経緯を教えてもらうとともに、これまでに顧客が行ってきた購買経験などから、今後の購買プロセスを明らかにすると共に、以降の営業プロセスを必要に応じてカスタマイズするようにしています。具体的には、それぞれのプロセスに登場する社内の関係者やプロセスを先に進めるための条件に、ソリューションの選定基準、そしてそれらを乗り越えていくための課題を顧客と一緒に整理していくようなイメージです。 

これによって、クライアントの営業担当者と顧客との間に一種の連帯感のようなものが生まれますし、顧客社内での動きや困りごとなどをリアルタイムで教えてもらえるようにもなります。顧客の購買プロセスに合わせるための有効な手段だと思いますので、具体的な手法・進め方に興味がある方はぜひご相談ください。 

これからの顧客中心営業では「営業プロセスのカスタマイズ」が当たり前になる? 

WebやAIによって顧客が自分で購買を進めるようになっている現在。それに対応するコンセプトとして、トライツでは以前から「顧客中心営業」をセミナーやこのブログでご紹介してきました。今回ご紹介したダンラップ氏の「The Innovative Seller」における、カスタマージャーニーに合わせた営業プロセスのカスタマイズという考え方は、今後顧客中心営業の基本的な進め方になるように思います。 

トライツでは引き続き営業プロセスのカスタマイズについての情報収集を継続します。どうぞお楽しみに。 

参考:「The Innovative Seller: Keeping Pace in an AI and Customer-Centric World」(Jake Dunlap, John Wiley & Sons Co., 2024