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トライツではセミナーやブログを通じて、B2B顧客の購買活動の変化とそれに対応する営業の考え方についてご紹介してきました。その中心となるのが、「顧客中心営業(Customer-Centric Sales)」です。これは、WebやAIを使って自ら主体的に情報を集めて購買活動を進めるようになっている顧客に対し、その良き支援者として購買活動を支援するのが営業の役割だというものです。

この言葉が使われるようになったのは、まさにコロナ禍によって顧客の購買活動が激変した2020年ごろ。そして、最近では顧客中心営業をさらに発展・具体化させたコンセプトが頻繁に発表されています。このトライツブログでも今年(2024年)の9月に「新たな営業コンセプト『コラボラティブ・セリング(共創型営業)』とは」にて、問題や解決策、購買プロセスを顧客と共創するという考え方をご紹介しています。

今回はさらに劇的に顧客中心営業を進化・発展させることに成功した書籍、その名も「Selling With」(共に売る)のエッセンスをご紹介します。営業が一人で必死になって売り込む時代はもうおしまい。顧客中心営業が当たり前になった現代において、顧客と共に売るとはどういうことなのか、一緒に学んでいきましょう。

2023年に発売され1年後の今じわじわと話題になっている営業本「Selling With」

今回ご紹介するのは「Selling With: The art of selling with champions to shape internal buying conversations & close enterprise deals」。営業コンサルタント兼起業家のネイト・ナスララ氏が2023年に出した書籍です。出版当初は話題にならなかったのですが、1年ほど経過した今になって営業の大御所が運営しているボッドキャスト番組に呼ばれ始めるなど、じわじわと話題になってきています。

「顧客のチャンピオンと一緒に顧客の社内会議をリードして大規模案件を受注する」という副題にあるとおり、営業担当者は顧客の担当者を通じて顧客社内での購買プロセスを支援することで、顧客の購買活動を成功させようというのがこの本の主なメッセージ。皆さんも、「担当者と話を詰めていたら、知らないうちにとんとん拍子で話が進んで受注できた」という経験をしたことがあるのではないでしょうか。まさにそのような営業を意図的に実施するための考え方や手法がこの「Selling With」の中に詰まっています。

「商談をまとめるのは顧客自身で、営業担当者ではない」Selling Withのキーメッセージ

早速中身に入っていきましょう。1章からこの書籍の根幹となる考え方をダイジェストでご紹介します。

商談の成否を左右する瞬間には、営業担当者はほとんど同席していません。企業幹部が自社の問題や優先順位について議論して決定を下すのは、通常、営業担当者との打合せの場ではなく社内会議の場です。(中略)

有能な営業担当者は、顧客に対して(To)営業するわけではありません。彼らと共に(With)営業するのです。
彼らは顧客の問題に対する考え方に影響を与えます。顧客が明確で説得力のある物語を語れるようにし、チームが次に何をすべきかについて足並みを揃えます。しかし、それでも営業担当者が取引をまとめるわけではありません。取引をまとめるのは顧客自身です。(中略)

それでは、営業担当者の仕事とは何でしょうか。それは顧客を支援することです。顧客が現状(問題)から望む状態(成果)へ移行できるように手助けすることです。

長々と引用しましたが、この本の一番の特徴は、「顧客の社内会議」にフォーカスしているということ。これまでの多くの営業本は目の前の担当者や関係者という「人」を対象にして、どう理解してもらうか、どう動いてもらうか、を軸にしていたのに対し、ここでは関係者が集まって意思決定する会議という「場」を対象に考えるということがポイントです。

「本件はどの会議で検討されるのですか?」「その会議には誰が参加されるのですか?」「検討にはどんな資料が必要ですか?」などを伺った上で、目の前の担当者と一緒に意思決定が成功するように考えるというようなイメージです。

従来のバイヤーイネーブルメントは真のバイヤーイネーブルメントではない?!

そして、この本では顧客のキーパーソンを通じて顧客社内での意思決定が上手く進むように支援するという営業のことを、 バイヤーイネーブルメント(顧客の購買促進)と表現しています。つまり、「Selling With」の営業手法を一言で表現するならばそれは「バイヤーイネーブルメント」だというのです。

ただ、多くの営業系の書籍や記事では、バイヤーイネーブルメントのことを顧客がWeb上で購買活動を進められるようにするためのホワイトペーパーや、標準提案書にケーススタディ、デモ動画にROI計算ツールとして説明しています。

これに対し、ナスララ氏はデモ動画やケーススタディをWebページ上に大量に用意することだけがバイヤーイネーブルメントなのではないと断言しています。

営業担当者がするべき顧客の支援活動の例

ではどのような手法やツールで顧客の購買を促進すればいいのか、書籍の中から主だったものをピックアップしてみました。

ビジネスケース…顧客が直面している問題とそれへの解決策、そのために必要な資源(費用、人員)の投下量といった、顧客が意思決定するために必要な情報を顧客の観点から簡潔にまとめたシート

アカウントマップ…顧客が購買を実現するために必要な関係者とその影響力や関心事項を整理し、理想的な社内コミュニケーションの流れをまとめたシート

相互アクションプラン…顧客の購買プロセスを漏れなく列挙し、顧客のチャンピオンと共有した購買予定日から逆算して設定した顧客内および自社のアクションプランの一覧

他にも、問題の実態や目指す成果、進むべき購買プロセスを明確にするための質問手法や、デモ/PoC(実証実験)の設計の仕方など、実際の営業活動に使えそうなエッセンスが色々含まれています。

ただ、正直に言うと、ここに挙げられている手法やツールは斬新で目新しいものではありません。ビジネスケースはいわば提案書のサマリーページですし、アカウントマップは先日のトライツブログ「顧客の組織を一目で把握!『つながりマップ』で営業を成功に導こう」とほぼ同じもの。また、顧客の購買プロセスからタスクを逆算する相互アクションプランも、思わず膝を打ってしまうようなアイデアではなく「たしかに必要だよね」というもの。

このように個々の手法やツールに新奇性はないものの、バイヤーイネーブルメントという観点から必要なものを教科書や基本書のように漏れなく揃えてくれていることにこそ、「Selling With」という本の価値があるのだと思います。

今後も顧客中心営業の新しいコンセプトを引き続きご紹介します

ご紹介した「Selling With」は、これまで顧客の「人」を説得して動かすものだと考えられがちだった営業を、顧客の社内会議という「場」が上手く進められるように支援するものだと再定義したもの。顧客が主導権を握るようになった現在の購買状況に即した、顧客中心営業の1つの有効なコンセプトだと思います。

今回ご紹介した「Selling With」以外にも、海外では顧客中心営業の進化系となるコンセプトが数多く発表されています。このブログでも継続してご紹介していきますので、引き続きお読みください。

参考:「Selling With: The art of selling with champions to shape internal buying conversations & close enterprise deals」(Nate Nasralla, 2023)