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「By failing to prepare, you are preparing to fail(準備を怠ることは、失敗の準備をしていることだ)」。これはアメリカの独立宣言作成者の一人で、建国の父とも呼ばれるベンジャミン・フランクリンのことわざ。日本でも「備えあればうれいなし」などと言われますよね。
今回は営業のベーシック編として、商談の事前準備について見ていきましょう。特に初回訪問のときにどんな準備をしていけばよいのか、そして面倒な準備作業を楽にできるAIの使い方についてもご紹介します。商談の準備の仕方をパワーアップしたい方も、後輩やメンバーに対して商談準備のアドバイスをしたい方も、ぜひお読みください。
「ぶっつけ本番は禁止!」絶対やるべき商談の事前準備5項目
本筋に入る前にいきなり脱線するのですが、皆さんはWingという英語の動詞をご存じですか?
名詞だとだれもがご存じの「翼」なので、動詞なら「羽ばたく」とか「飛ぶ」という意味だろうと思われた方は大正解です。では、「Don‘t wing it!」という使い方ではどんな意味になるでしょう。一見すると、「羽ばたくな!」とか「飛ばすな!」とかになりそうな気がしますよね。実はこの「Don’t wing it!」と言うのはカジュアルな使い方で、「準備せずにぶっつけ本番でやるな!」という意味なのです。
この「Don’t wing it!」を決め台詞として多用していたのが、以前(2022年)にアメリカで開催された営業専門のカンファレンス『Outbound 2022』の中でのドナルド・ケリー氏の講演でした。ケリー氏が講演の中で挙げていた「絶対にやるべき商談の事前準備5項目」がこちら。
1. アジェンダ(式次第)
2. ゴール(商談終了時にどうなっていたいか)
3. 成果(商談で何を得たい/実現したいか)
4. 想定される顧客からの質問/反論
5. 次のステップ
とても分かりやすいですし、抜け漏れもなく、どの業界でも当てはまるリストだと思います。ただ、1つ注意すべきなのが上記の順番と考える順番は別だということ。「ゴール」と「成果」、「次のステップ」を考えてから「顧客からの質問/反論」を想定し、最後に「アジェンダ」を具体化します。そして、この5つをできる限り詳細に考えよう、「Love the detail!(細部を好きになろう!)」というのがケリー氏が20分ほどの短い講演で強く訴えていたことでした。
この講演があったのが2022年の9月下旬。そしてその数か月後の2022年11月末に登場したのが、ChatGPTをはじめとする生成AIでした。その結果、誰もがこれまで以上に簡単により詳細に事前準備をできるようになっています。
生成AIの活用法へと話を進める前に、商談の事前準備の現代史を少しだけ振返ってみましょう。
どんどん楽になってきている商談の事前準備
インターネットが普及する前の商談の準備は大変でした。私は2000年に新卒で入社したのですが、その当時はWebで見られる情報にはまだ限りがあり、専門的な情報の多くはまだ紙媒体でした。会社情報を定期的に更新している会社四季報という分厚い本がどこの会社にもありました。また、業界ごとに専門誌(雑誌)や専門紙(新聞)があったので国立国会図書館などに行ってそれを読み込んだり、業界地図という本を読んで業界の成り立ちやメインプレイヤーとその関係性を理解するといったことをやっていました。
が、今ではそんな必要はまずありません。各企業の有価証券報告書や業界ごとのニュースといった情報はWebで見られるようになっているため、まずはそれらの情報をWebで調べておけば基本的なラインはクリアできるようになりました。むしろ、事前にWebでこれらについて情報収集することが営業訪問の際の最低限のマナーとなっています。
そのようなトレンドの中登場したのが生成AIです。その代表格であるChatGPTは、少し前までは1年半前までの古い情報しか使えなかったのですが、2024年の10月末から無料版でもリアルタイムでのWeb検索ができるようになり、情報収集目的での使い勝手がさらに良くなっています。
商談準備を効率化する生成AIの使い方
この生成AIを使った情報収集や商談準備のやり方について詳しく書かれているのが、「The AI Edge」という本。テクノロジーに詳しい人がタイトルを見ると「エッジAIのことかな?」と思ってしまいそうですが、これはれっきとしたAI時代に即した営業本。特に役に立つのが、商談準備に役立つ生成AIの使い方として挙げている「顧客理解」と「質問文の作成」。著者であるアンソニー・イアナリーノ氏とジェブ・ブラント氏は、以下項目/プロンプトでの生成AI活用をおススメしています。
顧客理解:
・顧客企業がどのような事業をしているか、強みと弱みは何か、事業戦略は、直面している課題は、これまでの足跡は、どのように競合企業と差別化しているか
・業界のトレンド/バズワードは何か、業界全体として直面している課題は何か、何が追い風になっていて何が向かい風になっているか、リスクは何があるか、ビジネス拡大のチャンスは何か
・顧客のキーパーソンは誰か、どのような役割か、どのような職歴と学歴か、何に関心を持っているか
・競合企業の大手はどこか、どのように競合するか、差別化戦略は何か、強みと弱みは何か
質問文の作成:
・課題を聞く質問文を作成するプロンプト
「○○業界の大手企業に対して[商品]を営業しています。次回の商談で事業部長と会うことになっています。その場で○○業界について理解していることを示せて、かつその業界の課題を把握するためのオープンクエスチョンを10個作成してください」・課題の根本原因を聞く質問文を作成するプロンプト
「○○業界の大手企業に対して[商品]を営業しています。次回の商談で事業部長と会うことになっています。これまでにその企業の関係者から[課題]という課題があると聞けています。この課題の根本原因を明確化するためのオープンクエスチョンを5個作成してください」・達成したい成果を聞く質問文を作成するプロンプト
「○○業界の大手企業に対して[商品]を営業しています。次回の商談で事業部長と会うことになっています。これまでにその企業の関係者から[課題]という課題があると聞けています。[商品]を[課題]に活用することでこの企業が得られる成果を具体化するための生産的な質問文を5個作成してください」・ベンダーの評価/選定基準を聞く質問文を作成するプロンプト
「○○業界の大手企業に対して[商品]を営業しています。次回の商談で事業部長と会うことになっています。この事業部長は[用途]のための[商品]の導入を検討しており、複数の競合企業とも面会をしています。この事業部長がベンターを評価し選定する基準を理解するための質問を作成してください。ただし、ベンダーの評価/選定基準がこの業界の企業に特有の価値観に沿ったものになるようにしてください」
本の中ではこれらの結果として、ChatGPTからの回答も併せて掲載されていますが、十分に使えるものになっていると思います。ぜひ皆さんも試してみてください。
ただし、事前準備目的でのChatGPT活用には注意しなければならないことが2つあります。
1つは「情報源の限界」。Webにある情報の中でも有料情報にはアクセスできませんし、それ以外にもChatGPTがアクセスできない情報源があることが確認されています。ChatGPTの回答を参考にしつつ、Google検索を併用するなどの裏取りが欠かせません。
そして2つめは「無料版と有料版の性能/機能差」です。有料版の方が巨大な言語モデル(LLM)を用いているために、無料版よりも回答精度が高いですし、使える機能にも違いがあります。自分が使っているのがどちらのバージョンなのかを意識して、特に無料版を用いている場合は内容をより詳細にチェックするようにしましょう。
生成AIを用いつつ自分だからできる質問/メッセージを込めよう
ただし、この本の著者であるブラント氏が運営しているポッドキャスト番組(The Sales Gravy Podcast “Outbound Strategies for Authentic Sales Success”)の中で、このように述べています。
AIは、「平均的な知能(Average Intelligence)」でもある。まんべんなく調べてくれるから商談準備を開始するツールとしては最高だが、AIが生成したものをそのまま使ってはいけない。最後に必ず人の手を加えて最終化しなければならない。
これはこの番組にゲストとして呼ばれたマーク・ハンター氏という人の発言ですが、まさにその通りだと思います。AIを使うことで、スピーディーに広範な情報を集めることができますし、商談時に使える質問文のバリエーションを増やすことも可能です。しかし残念ながら、AIが生成する文章は他の人も同様に手に入れられるものでもあります。AIにベースを作ってもらったうえで、自分の経験や知見から得られた質問やメッセージを最後に込める。ここまでできれば、商談の事前準備としてベストだと思います。
生成AIを臆せず活用して商談準備を漏れなく/効率的に
ここまで、アメリカのカンファレンスでの講演内容から「絶対にやるべき商談の事前準備5項目」と、最新の営業本から生成AIを使った商談準備の進め方をご紹介しました。前者は商談準備の基本として、後者はAIを使った効率化の方法としてぜひ参考にしてください。
ちなみに、「5項目は分かったけど、自分は生成AIを使っていないから後者を試すのはどうもなぁ」と及び腰の方にお伝えしたいのですが、今回ご紹介した「The AI Edge」の著者二人の年齢は70歳と57歳。そしてポッドキャスト番組のゲストのマーク・ハンター氏も74歳の大ベテラン。このようなベテランでも果敢に生成AI活用に挑戦し、このように書籍やポッドキャストで発信してくれているのですから、どうか臆せずにどんどん使っていただければと思います。
参考:
「Spend Time with Research, Roleplaying and Preparations」(Donald Kelly, OutBound 2022)
「Outbound Strategies for Authentic Sales Success」(Jeb Blount, Jeb Blount Jr. and Mark Hunter, The Sales Gravy Podcast, 2024)
「The AI Edge: Sales Strategies for Unleashing the Power of AI to Save Time, Sell More, and Crush the Competition」(Jeb Blount, Willey & Sons, Inc., 2024)