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新たなシステムを導入する際、皆さんはそれをフルに活用した姿をどのくらい具体的にイメージしておられるでしょうか。 

この機能があればこんなことに使えるとか、こんなメリットが想定されるとか、箇条書きに整理したものは作成されるでしょうが、実際にそれを活用した営業担当者やマネージャの仕事がどう変わるかまで詳細にイメージせず、現場の要望に応えることを軸にシステムの仕様を決めていることが多いのではないかと感じています。 

また仕様を決めている人は、その機能を使ってどうなるかを頭の中にイメージしていても、そこが共有されず、出来上がった機能の使い方だけを伝えがちで、仕様を決めた人の思いが伝わらないことも多いように思います。結果として使われないものになってしまうケースは少なくないのです。 

そうならないための一つのアプローチとして参考になる手法をご紹介しましょう。今回はこの手法を元に、これからの営業について改めて考えてみたいと思います。 

SFチックに営業のAI活用を書いてみた 

皆さんはSFプロトタイピングSpeculative Fiction Prototyping)という手法をご存じでしょうか。SF的な発想を元にまだ実現していないビジョンを実現するための解決策の「プロトタイプ」を作成することで、他者と未来に向けてどうしていくかを議論・共有していくためのものです。 

これは2010年頃にインテルのフューチャリスト(未来研究者)であるブライアン・デビット・ジョンソン氏によって導入されたメソッドとして有名で、デザイナー、研究者、企業戦略家などさまざまな分野の専門家によって活用されています。 

この手法については、専門書も沢山出ていますので、詳しく知りたいという方はそちらを見ていただければと思います。ここではこの考え方を使ってちょっと未来の営業シーンを作ってみましたので、読んでみてください。 

佐藤はB2Bの営業になって5年だ。今日はHKコーポレーションの購買担当である山口さんと、来年発売の新製品に導入する部品のことについて話をするために訪問してきた。 

顧客との面談はオンラインで行うことが多いが、関係構築のためだったり、難しい話をする際には率先して訪問するようにしている。移動の手間はかかるが、得られるものも多いからだ。 

挨拶が終わり、佐藤がバッグの中からAI端末を取り出して言った。「これ、商談用のAIなんですが、こちらに置かせていただきますね。」 

そう言って佐藤は電源を入れた。目玉のようなパイロットランプが点灯し、「トミーです。よろしくお願いします」と発声。それに山口は小さな声で「はい。よろしく」と答えた。最近では商談時に以前流行ったスマートスピーカーのようなAI端末を置くことが一般化している。 

当初は良い顔をしない顧客もいたが、最近ではそれはなくなった。これがあれば会話の内容を議事録としてまとめてくれるのはもちろん、話の流れに合わせて資料を出してくれたり、専門的な情報を提供してくれたりと、顧客にとってもメリットがあるのだ。 

単に機能だけであればスマートホンでもできるのだが、可愛らしい小さなロボットのような外見の方が受け入れられやすいと最近では各社からデザインに凝ったものがいろいろ出ている。中にはハイブランドとコラボしたものまであるのが実態だ。

「トミー、スペックBの詳しい仕様と、事例のデータを見せて」という佐藤の依頼に対し、トミーはあっという間に会議室のディスプレイにそれを表示させた。以前のように必要な情報がすぐに出てこなくて顧客を待たせるなどということがなく、スムーズな商談ができるようになった。 

商談はそんなトミーのサポートもあり、順調に進んでいたが、導入にあたっては技術的な問題があることがわかった。そこでトミーがこんな提案をしてきた。「今、技術開発本部の小林さんがオフィスにいます。彼に直接相談してみるのはどうでしょう?」 

社員がどんなスキルを持っていて、今何をしているかはAIが把握しているので、このような提案をすることが可能なのだ。AIは資料化されたものを出したり、会話の内容をまとめたりすることは得意だが、判断が必要なことについては判断できそうな人を選定し、その人に情報を伝え、迅速な判断ができるようにサポートするという役割を担うようになっている。 

商談は小林のサポートもあり、仕様をほぼ確定することができた。最後に佐藤はトミーに尋ねた。「トミー、仕様はほぼ確定したと思うけど、何か足りないことはある?」AIは類似の案件と比較し、いくつかのポイントを指摘したが、大きな問題はないことが確認できた。 

佐藤は「ではトミーが作成した議事録を確認し、山口さんにお送りしておきます」商談は無事に終了した。

AIを活用した商談のイメージをストーリーとして書いてみましたがいかがでしょうか。トミーのようなAIがいてくれると、商談の効率化をはかることができそうですね。 

ストーリーを作成してわかった2つのこと 

AIを営業に活用したいという声に対し、あくまでも一つの例ですが、これを読むと「ウチならもっとこうしたい」とか具体的なアイデアが出てくると思います。それがこの手法の大きなメリットです。 

ストーリーを実現させるためには、魅力的で、皆が「それはいいね」とイメージできるものなければなりません。「そんなのなくても営業はできるよ」とか「自分の仕事がなくなってしまうから嫌だ」と思う人が多数であれば、きっとどこかで上手くいかなくなるでしょう。そうならないために、ストーリーの段階でプロトタイプとして皆で検討を進めるのです。 

また、実はこのような状況をつくることは、技術的に難しいことではありません。むしろ社内の体制やナレッジデータベースの整備などの課題解決の方が簡単ではないでしょう。 

商談でのやりとりをAIに入れても、それが何万人ものビッグデータであれば全体として適切な判断ができるようになる可能性があります。しかし、少人数の営業組織ではどうしても人間が判断し、正しい情報のみのデータベースを整備し、それを元にAIが情報を出せるようにする必要があるなど、片づけないといけない課題が沢山あるのです。 

そう考えると、
①ストーリーを皆にとって魅力あるものにすること
②ストーリーを実現するための課題を抽出し、解決すること
この2点が大切だということがわかります。 

ストーリーを描くことで、「ありたい姿」がわかりやすく共有できる 

ではもう少しイメージを持っていただくために、今度はSFAをネタにもう一つ書いてみましょう。 

佐藤はオフィスに戻り、PCを開いた。16時からの部内ミーティングが始まるからだ。メインクライアントの1社であるHKコーポレーションの商談が順調なこともあり、佐藤の気持ちは楽だった。 

以前、ミーティングは個別商談の報告と、数字の進捗確認が主で、決して生産性が高いとは言えなかった。営業はいかにミーティングを乗り切るかということに知恵を働かせ、突っ込まれないことを意識してSFAに入力することが習慣化していた。その頃の営業ミーティングもSFAへの入力も、佐藤にとって苦痛なものでしかなかったのだ。 

しかし、今では数字はSFAの情報から自動的に予測値が出てくるし、個別商談もわざわざ報告しなくてもSFAを見ればわかるようになったので、ミーティングは皆がそれぞれ相談事を持ち込んできて話し合いをする場になった。「この件、どう考える?」などと突然意見を求められることもあり、以前とは違う緊張感を感じる時間になっているが、佐藤は気に入っている。 

また、SFAでは自分の担当している顧客のメルマガの開封状況やホームページのアクセス履歴、売上実践の推移、そして関連する新聞記事などさまざまな情報が集約されているので、それらを分析して戦略を立てることが容易になった。 

その内容は半期ごとにマネージャにプレゼンするようになっており、準備は大変だが、いろいろ考えて仮説を立て、実行、検証を繰り返すことでその精度が向上してきた。今となっては佐藤にとって営業としての成長を感じられる時間になっている。

先ほどのAI活用よりも、更に身近な内容になるようにしてみましたがいかがでしょうか。 

一般的なSFプロトタイピングの手法とは少し違いますが、このように「ありたい近未来像」を書いてみると、そうなるために何が必要なのかが見えてきます。この例では、SFAの機能だけでなく、ミーティングなどのマネジメントのやり方にメスを入れることや、営業担当者やマネージャの教育などが不可欠であることがわかりますね。 

そして何より、組織としての「ありたい姿」をわかりやすく共有できるメリットは大きいと思います。単に機能が説明された資料を見たり、デモを見るのでなく、それを使った人間がどう感じ、どう仕事に活かしているのかがイメージできる、それが大きいからです。 

もし、皆が「こうなったらいいね」と思えるようなストーリーが描けないとしたら、それは大事なピースが欠けているからかもしれません。推進している取り組みが上手くいかないとお悩みでしたら、一度ストーリーを書いてみることをオススメします。