この記事を読むのに必要な時間は約 11 分です。

先日テレビでたまたま見たのが、世界各国のカップルにインタビューして二人の回答が一致するかという企画でした。「プロポーズの場所」などカップルらしい質問がいくつかあり、最後の質問は「相手に直してほしいところ」。ピッタリ合うカップルもいれば、全然答えが違っていてそれが原因でさらにひと悶着起きてしまうカップルも。ずっと一緒にいる相手のことでも、わかっているようでわかっていないものですね。 

営業においても「わかっているようでわかっていないもの」は色々ありますが、今回はその中から「失注理由」について取り上げたいと思います。私たちはどれくらい失注理由をわかっていないのか、それをわかるようにするためにどんなアプローチがあるのか、一緒に見ていきましょう。 

私たちが推測する失注理由の5~7割は間違っている 

今回ご紹介するのはB2B営業に特化した米国のコンサルティング会社、コーポレートビジョンズ社のCSO(最高戦略責任者)が投稿した記事「Outsmarting Lost Deals」。この記事の冒頭に、私たちが商談の多くで失注理由を正しく把握していないことを示す、驚きのデータが紹介されています。 

営業担当者が挙げる失注理由のうち50~70%は、購買担当者が挙げるものと異なっています。

これとよく似たデータが海外のカンファレンスで発表されていました。同じく営業コンサルティング会社のイグナイトセリング社のCEOの講演の中に、以下のような発言があります。 

当社が実施した調査によると、営業担当者の73%が「価格」を失注理由だと回答しますが、顧客が「価格」を理由にソリューションを選ぶ割合は22%しかありません。  

このように、失注した商談の多くでその理由を営業担当者が把握できていないということが起きています。しかもコーポレートビジョンズ社のレポートでは「失注した商談では顧客の本当の理由を知ることは難しい」と記しています。失注理由を正確にわかるほど顧客のことを理解していて、さらに顧客から率直に他社を選んだ理由を話してもらえる関係を構築できているのであれば、どうしても埋めがたい明らかな欠点がない限りは商談がうまくいっているはず。だから必然的に商談の失注理由を把握するのが困難だというのです。 

個別商談の失注理由は把握不能?営業担当者のスキルから失注理由の傾向を推定 

それでは、どうすれば失注理由を把握できるのでしょうか。レポートでは失注理由を営業担当者が把握するのは不可能なので、別の方法を考えようという提言をしています。その「別の方法」が何かというと、受注率の高い営業とそうでない営業をきれいに分けられる以下の8つの指標で営業担当者のスキルを測定し、それをもとに失注理由を推定するというものです。 

1. 専門家としての洞察(インサイト)を提供する

2. 顧客のニーズを理解し最適なソリューションを開発する

3. 顧客の現状や競合に対する明確な差別化を示す

4. 顧客にとって優先順位高い価値を明確にする

5. 顧客の関係者を説得し、意思決定の正当性を立証する

6. 創造的に交渉する

7. 魅力的かつ説得力のあるプレゼンテーションを行う

8. 顧客の懸念事項を迅速に理解し解決する

確かにどれもが営業にとって重要なスキルだとは思いますが、私個人としては釈然としないものを感じます。これらのスキルに秀でていたとしても失注する商談は存在しますし、劣っているスキルが失注理由になるとは限りません。スキルから失注理由を推定するという考え方で、「3番目のスキルが低い営業担当者は、それが理由で失注することが多い」というおおよその傾向は示せるかもしれませんが、個別の商談の失注理由を特定できるものではないのです。 

「客観的な視点を入れて」商談を読み解くと個別の失注理由が見えてくる 

それでは、どうすれば個別の商談の失注理由について理解できるようになるのでしょうか。私が商談の失注理由を分析するときに心がけているのは、「客観的な視点を入れて」その商談を読み解くというものです。 

例えば、商談の失注理由を分析するときは、自社(売り手)と顧客でエリアを分け、年表形式になるよう時系列で出来事を整理します。特にそれぞれの場面で顧客がどのような発言や反応をしていたのかをできる限り詳細に書き出していくのです。以下にその例を示します。ちなみにこの商談については、営業担当者は失注理由を「見積を出してから反応が悪くなったので、価格が原因だと思います」と報告していました。 

自社の営業の活動と顧客の反応という事実情報を書き出して見ることで、商談の全体像が見えてきました。前半は顧客とキャッチボールができていたのに、12月のプレゼンの場にBさんとCさんが欠席したところでそれが途絶えています。なぜこの二人は提案の場に来なかったのでしょうか。そのような顧客の変化に対し、その理由を掴もうとせず、「待ち」の状態を続けてしまったことで、チャンスを逃してしまったのではないかということが見えてきます。 

このように自分たちとのコンタクトの間に顧客がどのような活動をしていたのか、顧客にどんな動きがあったのかなど、客観的に事実情報を整理することで、我々が逃してはいけないポイントに気づくことができるのです。 

商談を客観視することで認知のゆがみ/バイアスから営業担当者を解放する 

「客観的な視点を入れる」理由は、営業担当者なら自分が行った商談に対してどうしても持ってしまう、認知のゆがみから自由にするためです。例えば「観測選択効果」。これは、観察者の性質や能力によって観測される結果が異なるというもの。過度に自信がある営業担当者や、商談の経験が少ない担当者だと、どうしても正確な失注要因を捉えることは難しいでしょう。また、自分にとって都合の良い情報ばかりを集めてしまう「確証バイアス」によって、受注に関係がありそうな情報ばかりを注目してしまい、失注の兆しを見落としてしまうということもあります。 

これらのゆがみ/バイアスから解放するために役立つのが、商談を客観視すること。上でご紹介した事実情報を漏れなく紙に書き出すというのもそうですし、マネージャーが話をじっくり聞きながらその流れを整理するのも有効です。ただし、マネージャー自身が持論を押し付けてきたり、事実情報をきちんと整理できないタイプだと、かえって本当の失注理由から遠ざかってしまうので注意が必要です。 

失注理由を聞き出せない理由の一端はマネージャーのコミュニケーションにも 

また、マネージャーとメンバーとの関係性によっても、失注理由を正しく分析できない場合があります。 

メンバーが失注した商談について素直に話してくれないような場合は、マネージャー自身に問題があることが多いです。「このマネージャーに話しても意味がない」「どうせ叱られるだけ」と思われてしまっている可能性があります。 

また、マネージャーからの「失注理由を分析してみようよ」という投げかけに前向きに反応しているものの、誰から見ても失注理由が明確で、今さら分析の必要がない商談を持ちだしてきた場合も問題です。マネージャーのメンツをつぶさないように対応しているものの、「このことには意味がないから、さっさと片付けよう」という思いが根底にあります。他にも、「以前からこの会社ってこういう傾向があるんですよね」「このキーパーソンの部長さん、いい人なんですけど決められないんですよね」と、誰も悪者にならないようなふんわりとした結論にメンバーがまとめようとしているときもそう。 

大事なのは、マネージャーが持論を押しつけたりメンバーに落ち度があると決めつけたりせず、冷静に落ち着いて話を聞く人だとメンバーから認識されていること。普段のメンバーとのコミュニケーションの取り方によっては、本当は聞き出せたはずの失注理由が聞き出せなくなってしまうのです。 

よく知っている商談だからこそあえて距離を置いて見てみよう 

ドイツの哲学者ニーチェの言葉に「おおかたの人間は、自分に甘く、他人に厳しい。どうしてそうなるかというと、自分を見るときにはあまりに近くの距離から自分を見ているからだ。そして、他人を見るときは、あまりにも遠くの距離から輪郭をぼんやりと見ているからなのだ」(『様々な意見と箴言』)というものがあります。 

営業担当者が自身の商談について見るとき、特に失注した商談というあまり好んで見たくないものを見なくてはならないとき、どうしても認知のゆがみが生じてしまいます。それから解放されるためには、少し距離を置いてから見る、客観的な視点を入れて見ることが欠かせないと思うのです。 

失注理由を把握するのは、ご紹介したレポートのデータにもあるように困難です。顧客から本当の理由を教えてもらえる関係になれていないでしょうし、そもそも連絡すら取りづらくなっている場合も多々あるでしょう。ただ、この困難さを理解した上で、それでもどうにか理解しようとすること、そして理解したことを今後の営業活動に反映することに大きな意味があるのです。 

参考:「Outsmarting Lost Deals: The Predictive Power of Understanding What Buyers Want」(Tim Riesterer, Chief Strategy Officer, Corporate Visions, Personal Selling Power, Inc., 2024