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コーチングがビジネスでも使われるようになってきたのが2000年ごろ。それから約四半世紀が過ぎて、営業育成において仕事の進め方や商談対応について相談に乗る「営業コーチング」は、育成業務に携わる人にとって知っておきたいスキルになっています。 

特に営業マネージャーにとっては不可欠なものになり、管理職研修などの場でそのやり方が教えられるようになっていますが、後輩の指導にあたる先輩営業にとっても武器となるものです。 

そこで「営業コーチング」の基本について改めて考えてみたいと思います。やるべきことを明確にしてさらにそれに取り組むモチベーションを高めるために、そして限りある育成担当者の時間を有効活用するために何がポイントなのか、一緒に見ていきましょう。 

マネージャーにとって不可欠なものとなった「コーチング」 

まずはコーチングが求められる背景から振返ってみましょう。コーチングが浸透する以前の育成は上司・先輩社員による指示・命令に従って仕事を進めるのが主流でした。しかし、ここ十数年の間に、上司・先輩社員は積極的に育成対象者と対話し、その人の考えを引き出し、それに取り組むためのモチベーションを高めるべきだという考え方が広まってきました。 

そのような考え方の変化と並行して、多くの企業でコーチングが重要視されてきました。ここ数年ではマネージャーがメンバーと定期的に1対1で向き合う1on1という言葉も広まり、大手企業を中心に日常的な業務/スキルになっています。 

営業組織で起きている「コーチング過多」という問題 

しかし、そのコーチングを業務に取り入れてもうまくいかない、という事象が色々な営業組織で起きています。コーチングの導入が始まった2000年代のころは、コーチングを行う側がコーチングを自分では体験してこなかったため「何をしたらよいかわからない」という状態が頻発していました。しかし、最近の営業組織を見ていると、コーチングを受けてきた人たちが徐々に育成側になってきており、「何をしたらよいかわからない」という人は減ってきているようです。その代わりに、やり方はわかっていて実施できるものの「次にやるべきことが筋良く決まらない」「時間ばかりかかってしまう」という問題をよく見聞きします。 

このような営業コーチングに同席することがあるのですが、その場で起きていることを一言で言うと「コーチング過多」。育成対象者から一生懸命に話を引き出しているのですが、何が問題の原因なのか、次に何をすべきかがなかなか具体的にならずに、時間切れになって「続きはまた来週」となっていたのです。 

若い営業メンバーには自分の中に「参照できる知識・経験」が少ない 

このような状況になってしまう理由の1つに、コーチングの本や研修の中で書かれたり言われたりしている、「コーチングでは教えることやアドバイスは厳禁」という考え方を強く守り過ぎてしまっていることにあると思います。それらではコーチの役割は、相手の中にある理想や目標、成功体験などからメンバーがやりたいことを引き出して明確にするのを手伝うことだとされているため、ついつい育成対象者から引き出すだけになってしまうのです。 

このようなコーチングは、ビジネス経験豊富な経営者向けのエグゼクティブ・コーチングや、幼少期からの体験や自らが関わってきた周りの人を参考に考えられるキャリア・コーチングでは、コーチングを受ける側にある程度の知識・経験があり、それを本人が参照しながら考えたり、発言したりできるので有効だと思います。しかし、特に若手営業メンバー向けのコーチングでは、過去の成功体験や将棋で言うところの定跡といった本人が参照できる知識・経験が少ないために、いくら引き出そうとしても何も出てこず「コーチング過多」となってしまうことが多いのです。 

事例「コーチング時に参照できる情報を組織として整備し、メンバー&マネージャーにインプット」 

ある会社でマネージャー層のコーチング力を高める研修を設計する際に、議論になったのがまさにこの「コーチング過多」の問題でした。メンバーが自ら考える力を伸ばせるようにしたいためコーチングは不可欠だが、メンバーから引き出すばかりではなかなか次の打ち手が筋良く決まらない。そこで出た結論は、営業活動の基本手順やスタンス、組織として顧客にどんな価値を提供したいかという、営業として参照すべき基本情報をその営業組織として整備し、メンバーとマネージャーの両方にインプットすることでした。 

つまり、先に組織としてメンバーをティーチングした上で、日々の営業活動で発生する相談事に対してマネージャーがメンバーにコーチングする。そして、経験が少ないなどの理由でメンバーが自力で次の打ち手にたどり着けなかった場合は、マネージャーが責任を持って「これをやってみよう」とティーチングする。この『ティーチング→コーチング→ティーチング』の構造を取り入れたのです。 

この話で大事なのは、メンバーがコーチングの中で参照できる情報を前もって与えておく「事前のティーチング」です。そしてそれを営業マネージャー個人に任せるのではなく、営業組織として整備すること。実際には業務手順やツール、基本スタンスを型化してプレイブックにまとめましたし、半期ごとの評価で使う業務要件にも反映させました。そして、それらの業務手順を実行できるように、メンバーとマネージャーのそれぞれに対する研修も実施しています。 

これによって、営業コーチングの中で、短時間で効率的に筋の良い打ち手にたどり着けるようになりましたし、数多くいる営業マネージャーのコーチング品質を底上げすることができました。 

コーチングとティーチングを組み合わせて Ready, Willing & Able を実現する 

この事例のポイントは、営業コーチングの中でティーチングを上手く組み込んでいるということです。 

実は真ん中のコーチングの中でも、一時的にティーチング・モードに切り替えて、育成担当者が過去の体験や他のメンバーの成功事例を紹介する。その後でまたコーチング・モードに戻して、それを今の状況にどのように応用できるか考えさせるという工夫もしています。このようにコーチングとティーチングを組合せて、行き来しながら進めるようにしているのです。 

海外の営業コーチングに関する本を読んでいると、よく「Ready, Willing & Able」という言い回しに出会います。これはコーチングの結果として育成担当者は
・Ready:アクションを具体化し、必要なツールなどを用意して、準備ができた状態にする
・Willing:個人目標や組織ミッションに紐づけたり、その打ち手が必要な理由を腹落ちさせて、取り組む意欲をもたせる
・Able:成功体験から学んだり、事前にロールプレイをしたりして、実現可能にする
という3つの状態を目指すべきだという考え方です。 

育成対象者からただ事実情報や個人の考えを引き出すだけでは、なかなか次の打ち手にたどり着きませんし、それが組織として目指す方向性からずれてしまう可能性があります。結果的に「Ready, Willing & Able」を実現できなくなってしまうのです。効率的にかつ組織のミッションや目標に沿った打ち手にたどり着くためには、コーチングだけでなくティーチングを上手に組み合わせることが大事なのだと思うのです。 

営業育成にお悩みの方、ぜひティーチングとコーチングの組み合わせを取り入れてみてください。ただし、大事なことはしっかりモードを分けること。混ぜるな危険です。