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2023年の3月期以降の有価証券報告書から人的資源情報の開示が始まりました。三菱UFJ信託銀行がTOPIX100社のうち3月31日が決算日の81社を対象に実施した調査によると、多くの企業が開示している情報のトップ3は「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間の賃金格差の割合」。そして、これに続く第4位は「従業員エンゲージメント」なのだそうです。 

前回の記事でもご紹介した、この「従業員エンゲージメント」。簡単に言うと「会社や組織のために頑張りたい/貢献したい」と思っている従業員がどれだけいるかということで、重要な経営指標の1つとして昨今注目を集めています。 

そこで今回は、従業員エンゲージメントを高められる営業リーダー/マネージャーになるための方法について、海外のカンファレンスでの講演内容をご紹介します。営業メンバーのやる気を引き出したいリーダー/マネージャーの方、営業組織の文化や雰囲気を改善したいとお思いの方には必見の内容ですので、ぜひお読みください。 

今の時代に求められる「メンバーのやる気や貢献意欲を引き出す」営業リーダー/マネージャー 

B2B営業専門の世界的なカンファレンス「Sales 3.0」の場で、営業メンバーのエンゲージメントを高め、会社のために頑張りたい/貢献したいと思うメンバーを育てる営業リーダー/マネージャーになるための方法について、熱く語っていたのはCarew InternationalというB2B営業の育成コンサルティング会社のCEO、ジェフ・シーリー氏です。 

シーリー氏の講演タイトルは「New Dimensions in Selling, Leading, and Communicating」。日本語に訳すなら「営業&コミュニケーション&リーダーシップの新時代」でしょうか。アメリカの映画やドラマで描かれることの多い、力強くメンバーをぐいぐいと引っ張っていくマッチョなリーダー像から脱却し、今の時代に合わせた新しい営業リーダー/マネージャーになることの重要性を提唱していました。 

その新しい営業リーダー/マネージャー像としてシーリー氏が選んだ単語がずばり「エンゲージメント」。つまり、メンバーのエンゲージメントを高め、やる気や貢献意欲を引き出すためには、まずリーダー/マネージャー自身がチームや個々のメンバーに対してエンゲージしなければならない、ということなのです。 

今の営業リーダー/マネージャーに求められる4つの行動 

ではリーダー/マネージャーはチームや個々のメンバーに対して、具体的にどのように関わる必要があるのか。氏が挙げていた4つの行動は以下のとおりです。 

1. 知的レベル(IQ)だけでなく感情的レベル(EQ)でもチームとつながる

2. 個々のメンバーの人となりを知る

3. 戦略とそれを実現する意義/意味をつなげて伝える

4. 自分自身が加わりたいと思えるような組織文化を推進する

この4つの行動の中には、メンバーとの感情や個人を理解しよう、今の仕事が社会的にどんな意義/価値を持っているかを伝えようなど、現代のリーダー/マネージャーにとって大事な要素が含まれているとは思います。 

ただこれだけだと、日々の業務の中で具体的にどんな風にチームやメンバーに関わったらよいかがわかりにくいと思っていたのですが、講演の最後で私たちにもイメージしやすいお話を聞くことができました。 

営業リーダー/マネージャーに授ける10のアドバイス 

講演の最後でシーリー氏が話していたのは、先ほどの4つの行動をより具体的に書きなおした10のアドバイスでした。 

1. 大胆であれ

2. 前向きなエネルギーを身にまとえ

3. 前向きな姿勢でメンバーに接せよ

4. 「どうするか」ではなく「なぜするか」を語れ

5. チームに対して熱い情熱を持て

6. 自ら意見を求めよ

7. 時機を逃さずに決断せよ

8. 自ら積極的にチームに関わり貢献せよ

9. メンバー一人ひとりのことを気にかけよ

10. 健康かつ健全なチームの文化をはぐくめ

居酒屋に貼っている「親父の小言」みたいな文章ですが、日本の私たちにもイメージしやすく、現代の組織にも合った良い格言/アドバイス集だと思います。 

また、この10のリストをよく読むと1つめの「大胆であれ」や2&3つめの「前向きであれ」、7つめの「時期を逃さず決断せよ」のように、従来型のタフで力強くメンバーを牽引するリーダー/マネージャーの要素も含まれています。その一方で、「チームに熱い情熱を持て」や「自らチームに関わり貢献せよ」「一人ひとりを気にかけよ」といった、個々のメンバーやチームに寄り添って感情的なつながりを作ることの重要性を述べている項目もあり、従業員エンゲージメントやダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(包摂性)が重視されている現代ならではの10か条だと思います。 

ちなみに、この10のアドバイスのうちシーリー氏が一番時間をかけて語っていたのは、10番目の「健康かつ健全なチームの文化をはぐくめ」でした。特に精神的に過度なストレスやプレッシャーをかけるのでなく、最近ではウェルビーイングと呼ばれるような健康的かつ健全な文化をリーダー/マネージャーが自ら体現することが、チームのエンゲージメントに大きな影響を与えるのだと熱弁していました。 

決して優しいだけではないアメリカの営業リーダー/マネージャー 

ただ、この10のアドバイスの直後には、「文化に合っていない人を昇進させたり、求めるパフォーマンスを発揮できない人や努力をしない人をそのままにしておくと、チームの中の優れたメンバーを失うことになる」とも警告していて、決して優しいだけではないことには注意が必要です。チームやメンバーのことを気にかけて感情的なつながりはつくるものの、チームに値しないメンバーにはしかるべき手を打つというのが、アメリカのマネジメント思想の特徴だと思います。 

日本の従業員エンゲージメント率が低い本当の理由は 

前回の記事でもご紹介したように、2023年にギャラップ社が発表した国別の従業員エンゲージメント率の調査で、日本はイタリアと並んでの同率最下位。会社や組織のために頑張りたい/貢献したいと思っている従業員の割合はたったの5%だと推計されています。 

ただ、この従業員エンゲージメント率の推計には裏があって、これは「会社のために頑張りたい/貢献したい」と回答した従業員の割合ではありません。「職場に自分の成長を促してくれる人がいる」「職場では、自分の意見が大事に扱われている」「会社のミッションやパーパスによって、自分の仕事が重要だと感じられる」などの12の質問に対する従業員側の満足度データを、ギャラップ社独自かつ非公開の計算方法によって従業員エンゲージメントの推計値を算出しているのです。 

つまり、日本の従業員エンゲージメント率が低いのは、個々の従業員にやる気がないからではなく、従業員のやる気を引き出す組織やリーダー/マネージャーが少ないのがその原因となっているのです。 

まずはリーダー/マネージャー自身がチームやメンバーに対してエンゲージしよう 

人的資本経営というトレンドの中で、一躍脚光を浴びるようになった「従業員エンゲージメント」。やる気のあるメンバーを育てて維持するために、今回ご紹介したシーリー氏の講演の中にヒントがちりばめられていたように思います。 

中でも一番印象的だったのが「メンバーのエンゲージメントを高め、やる気や貢献意欲を引き出すためには、まずリーダー/マネージャー自身がチームや個々のメンバーに対してエンゲージしなければならない」という基本的な考え方。相手に何かを求めるなら、まず自分からそれを相手に与えなければならない。『星の王子様』で有名なサン=テグジュペリの言葉に「愛は求めるものではなく、与えるものである」と言うものがありますが、これは従業員エンゲージメントにおいても同じなのかもしれません。 

参考:「New Dimensions in Selling, Leading, and Communicating」(Jeff Seeley, CEO, Carew International Inc., Sales 3.0 Conference, September 8, 2023