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営業マネージャーは、メンバーと会話をする場面がたくさんあります。毎週の営業会議に、一人ひとりとのコーチング。半期ごとのMBO(目標管理)やキャリアについての面談。そして、個別の商談の進め方や提案書づくりについての打合せ。そのため、多くの企業では新任管理職向けに「コーチング研修」を用意しています。実際に受講した、という方もいらっしゃることでしょう。

リモート化でのメンバーのモチベーション向上は難しい

外出自粛が呼びかけられて多くの企業でリモート勤務が半ば強制的に導入された2020~2021年には、TeamsやZoomを使ったコーチングでメンバーの心に寄り添う体験をした方も多いのではないでしょうか。

コーチングに取り組んだマネージャーから、その当時に聞いた感想です。
「見よう見まねでもコーチングで学んだことを意識して会話してみたら、メンバーの不安や悩みに寄り添えて良かった」
「一人では動けないメンバーもいれば、長時間働き過ぎてしまうメンバーもいた。両方に共通していたのはリモートの孤独感と不安感。自分も少なからず不安を感じていたので、そのようなメンバーのモチベーションを高めるのは難しかった」

コーチングを体験できたのは良かったけど、リモート環境下でのモチベーション向上に特に苦労した、という声を本当によく耳にしました。そして、一部の企業では全面出社に戻していますが、少なくない企業でリモートと出社のハイブリッド勤務が定着しつつあります。リモートで働くメンバーのモチベーション向上という課題は、ハイブリッド勤務が継続する企業のマネージャーにとって、これからも大事な課題であり続けるでしょう。

そのような課題を抱えているマネージャーに参考になる記事を見つけました。それは、コーチング研修などで学んだメンバーとの会話の仕方を、今の時代に合わせてアップデート/再構築しよう、というものです。メンバーと日々会話している営業マネージャーはもちろん、マネージャー育成に取り組んでいる方にも役立つ内容ですので、ぜひお読みください。

心理的安全性に、リモート勤務でのモチベーション維持、マネージャーとしてやるべきことが増えている

そもそも、なぜ以前にコーチング研修で学んだことをアップデート/再構築しなければいけないのでしょうか。それには、コーチングが普及した2000年代以降に起きた様々な変化が影響しています。

ここ数年で「心理的安全性」という言葉が広まりました。これは、職場で自由に意見を述べても、それを理由に評価を下げられたり、接し方を変えられたりといった不利益を受けないと思える職場にしようというもの。このような安心できる雰囲気を作り出すには、日々のマネージャーの言動がそうなっていないといけないですよね。

また、冒頭でご紹介したように、リモートでの勤務が続くと孤立しているように感じてしまい、組織への帰属意識が薄れたり、一生懸命に頑張り過ぎて燃え尽き症候群に陥ったり、という事例が出ています。そうならないようにメンバーと会話をし、メンバーのモチベーションを維持するのが、マネージャーの役割としてこれまで以上に重要になっているのです。

Googleのマネージャー教育からヒントをもらう

これらに役立つヒントが記載されているのが、Googleのリア・ガービン氏が経営者向けの情報サイトChief Executive.netに寄稿した記事「Reframing The Conversations At Work」(職場での会話をアップデートしよう)です。

この方はMicrosoftやAppleでも働いた経験があり、現在はGoogleでマネージャーのチーム運営のやり方を設計・教育するという仕事をしています。最近はTEDにも登壇しましたし、2022年の4月には最初の著書を出すなど、現在注目のインフルエンサーです。

メンバーとの会話の基本はコーチング

ガービン氏が考えるマネージャーとメンバーの会話の大前提は、以下のとおり。
「マネージャーはメンバーの代わりにメンバーの問題を解決してはいけない。メンバーが自分で何が問題なのかを言語化し、解決のための方法をより広い視野で大きく考えられるように手助けするのが、マネージャーの仕事だ」

日本でのコーチング普及の立役者であるコーチ・エィ社は、コーチングのことを次のように表現しています。
「対話を通して対象者に目標達成に必要なスキル・知識・考え方を備えさせ、行動を支援し、成果を出させること」
ガービン氏の表現と瓜二つです。このことから、同氏が考えるマネージャーの会話の基本はコーチングであると言えると思います。

過去の失敗の追求ではなく、新たな可能性を探求しよう

では、そのコーチング的なコミュニケーションをどうアップデートするのか。1つ目のキーワードは「可能性の探求」です。

メンバーが問題や行き詰まりを感じているとき、すでに知っていることや試したことに目を向けるのではなく、より広い視野で考えられるような質問をしましょう。(中略)
「なぜなのか(Why)」で始まる質問は、私たちがすでに知っていること、考えたこと、やってみたことにどんどん深く入り込んでしまいます。そうではなく、「他に何があるか(What)」から始まる質問に変えるのです。すると、メンバーはすでにある視点以外にどんな可能性があるか、を考えられるようになります。

「なぜ」「なぜ」と問い詰めるマネージャーと防戦一方のメンバー。営業会議やコーチングなどの場面でこれまでに目にしたことがある人が多いのではないでしょうか。心理的安全性を保つためにも、そして前向きな雰囲気の中で創造的な解決策を考えるためにも、過去の失敗を追求するのではなく、新たな可能性を探求することが大事ですよね。

メンバーのチーム/会社全体への寄与を気づかせせよう

続けて2つ目のヒントを見てみましょう。こちらのキーワードは「寄与への気づき」です。

マネージャーは、メンバー個人のスキルと、チームの中での役割、会社全体での役割、という3つの点を結ぶ手助けをしなければなりません。メンバーが自分は会社にとって重要な存在であり、自分のスキルや知識、役割が会社全体の成功に寄与しているのに気づくことが大切なのです。(中略)
そのために最初にやるべきは、メンバー一人ひとりが持っている独自の強みを引き出すこと。そして、それを仕事にどう活かすのか、そしてそれが会社の目標や成功にどう寄与しているのかを、メンバーと一緒に結び付けるのです。

組織に単に帰属しているだけでなく、自分は組織にとって重要な存在だと思える。自分の仕事や存在そのものに意味と価値があると思えたら、単純に嬉しいですしモチベーションが高まります。

今の時代に合わせた会話にはカウンセリングの要素が必要だ

マネージャーが会話する際に焦点を当てるべきポイントは、「可能性の探求」と「寄与への気づき」の2つ。これは単なるコーチングのテクニックではないと私は見ています。この2つに焦点を当てるべきという主張には、従来のコーチングにカウンセリング的な要素を追加しよう、という意図が働いているように思えるのです。

過去の問題と原因を掘り下げるのでなく、新しい可能性に目を向ける、というのはソリューションフォーカスや短期療法(ブリーフセラピー)の大原則です。そして、組織への寄与を通じて自分の仕事や存在そのものの意味・価値を見出そうというのは、論理療法(ロゴセラピー)の基本的な考えの1つです。

最近のマネージャーにより強く求められている、「心理的安全性を感じられる職場づくり」と「リモート環境での孤立や燃え尽き症候群を防ぎ、メンバーのモチベーションを維持・向上させること」。これらには従来型のコーチングでは不十分で、カウンセリング的な「可能性の探求」と「寄与への気づき」という2つの要素が必要なのだ、というのがガービン氏が伝えたかったことなのではないかと思います。

「可能性」と「寄与」に焦点を当てて会話してみよう

リモート環境下でメンバーと会話をした際に、コーチング的なスキルが役に立つということを多くのマネージャーが体験されたことでしょう。そこからさらにステップアップする方法の1つとして、今回ご紹介した2つの要素に焦点を当ててみるのをおススメします。きっと、会話の中で見つかる答えやメンバーの反応が、今までよりも前向きで意欲を感じられるものになることでしょう。

参考:「Reframing The Conversations At Work」(Elizabeth Harris, Chief Executive Group, LLC., May 13, 2022)