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ゲーム理論では、完全情報ゲームと不完全情報ゲームというものがあります。完全情報ゲームとはプレイヤー同士がお互いの情報を持っていることで、将棋や囲碁、トランプの神経衰弱などがこれに当てはまります。一方、不完全情報ゲームはお互いの情報の一部または全部が隠されているゲームのことで、麻雀やトランプの七並べ、ポーカーやババ抜きなどがそうです。

このように考えると、一般的なB2Bの商談は売り手の要望をヒアリングで聞き出して具体化して提案するという、不完全情報ゲームだと言えるでしょう。官公庁や自治体による競争入札の場合は、要求仕様や提案書提出方法、評価基準などが公示されてからは完全情報ゲームになりますが、公示される前に課題を聞き出し、自社の強みが要求仕様に含まれるように事前に提案しておくなど、落札確率を高めるための動きは不完全情報ゲームだと言えます。このように、B2B営業の多くは不完全情報ゲームなのです。

今回のトライツブログでは、B2B営業を完全情報ゲームに変えてしまう最新の購買支援ツール「BuyerAssist」をご紹介します。もし将来のB2B購買の多くで「BuyerAssist」が使われ、売り手と買い手が同じ情報を持ってやり取りするようになったらどうなるのか?そんなことを考えながらお読みいただけたらと思います。

ソフトバンクビジョンファンドの投資先からスピンオフしたBuyerAssist社

BuyerAssistの話に入る前に、手短に背景となる情報をお伝えします。

2021年5月の決算説明会で、ソフトバンクグループが日本企業としては過去最高の純利益額、4兆9879億円(2021年3月期)を発表しました。この原動力となったのが、同社の投資事業ソフトバンクビジョンファンドで、投資利益として6兆2920億円を計上しています。このファンドは多くの新興企業へ投資しており、例をあげるとTikTokで有名なByteDance社、タクシー配車アプリのDiDi、半導体メーカーのNVIDIA、ビジネスチャットツールのSlackなど、身近な企業がずらりと並んでいます。2019年には投資先の1つであるWeWorkで、不正会計や杜撰な経営が明るみになって上場延期となるなどの出来事もありましたが、2020年度は素晴らしい実績を上げたと言えるでしょう。

そんな同社のファンドの中には、B2B営業に関係する企業も含まれています。その1つがインドとサンフランシスコに拠点を持ち、B2B営業向けの教育プラットフォームシステムを開発・販売するMindTickle社。ファンドは2020年11月に1億ドルの投資を決め、それがソフトバンクインディアによるSaaS系企業への初の投資案件となりました。

そのMindTickle社の立ち上げメンバーがスピンオフして設立したのが、今回取り上げるBuyerAssist社です。このBuyerAssist社は2020年に創業したのですが、なんと2021年6月8日に早くも200万ドルの資金を獲得し、これを元手にベータ製品を公開・提供開始し、2021年後半に正式リリースを予定しているとのこと。ベータ版の運用企業もすでに決まっており、SAP社などの大企業が含まれていることも話題になっています。

BuyerAssistがB2B購買を変える?

BuyerAssist社が早期の資金調達や大手企業とのベータ版運用開始に成功した理由として、2020年で180%増収という急成長を続けるMindTickleの立ち上げメンバーが経営陣だということもあります。ただそれだけでなく、斬新でB2B購買のゲームの構造を変えるであろう画期的なシステムにも注目が集まっています。

BuyerAssistというシステムの最大の特徴は、買い手と売り手が同じプラットフォームを使って購買活動を進める、というもの。このプラットフォーム上で、買い手は購買のロードマップや提案を評価する項目と各社への評価状況、RFPなどの資料を売り手に共有し、売り手は提案書や見積書、補足資料などを買い手に提供します。つまり、今までは共有されていなかった買い手の情報を売り手にも共有することで、B2B購買/営業活動を不完全情報ゲームから完全情報ゲームに変えようというものです。これによって売り手が買い手のことを推測するために使っていた無駄な時間や、買い手の要望とズレている提案などの無駄な活動をなくし、スムーズで効率的な購買活動の実現を目指しているということです。

買い手企業が使いたくなるBuyerAssistの魅力的な機能

「より効率的・効果的な購買活動ができるようにする」という意味で、このBuyerAssistはいわゆるバイヤーイネーブルメント・ツールだと言えます。これまでのバイヤーイネーブルメント・ツールは、売り手が買い手に成り代わって購買ロードマップを作成し、それに合わせて進捗状況を管理する、という売り手の中だけで閉じていたものでした。これに対し、BuyerAssistは買い手と売り手が情報を共有し合う協業型のツールなので、買い手が好んで使うようになるとその案件に参加する売り手全員がBuyerAssistを使わざるをえなくなります。

そのため、買い手が使いたくなる魅力的な機能がBuyerAssistに搭載されています。電子メールやチャットに埋もれている情報をキーワード検索で簡単に収集することができます。テンプレートの中から適する購買ロードマップを選んで、自社流に加工できます。設定した評価基準ごとにそれぞれの売り手の提案内容を評価し、各社の進捗や評点を一覧で見ることができ、どの提案が最適かを自動で計算することも可能です。これらの機能により、今までそれぞれの売り手と個別にやり取りせざるをえなかった購買活動が、システマチックかつ効率的に進められるようになるのです。

B2B購買/営業は「完全情報ゲーム」になり、より高度で専門的な仕事に

これまで、購買/営業活動は買い手が自らの情報を部分的に出し、部分的に隠しながら進めるという、不完全情報ゲームでした。そこには引いたカードの良し悪しで勝負が決まってしまうというような運の要素もあり、そこが営業の面白さと感じることもあったでしょう。

しかし、このシステムを使うということは、これまで「営業力」として評価されてきた、いかに本音を引き出すかというヒアリングの技や、顧客の上位層に働きかけるトップ営業などの作戦を考えたりするスキルが不要になったり、とりあえずぶつけてみた仮説が当たった!というような運の要素もなくなり、完全に売り手からの提案内容とそれを評価する購買担当者の目利きの勝負になっていくということになります。これは営業と購買に携わる人にとって、これまでと違うより高度で専門的なスキルが求められることになり、なかなか大変な変化だと思います。

このBuyerAssistという斬新なツールがこれから広がり、定着するかどうかはまだ分かりません。「いつも任せている企業に特命で発注したい」「グループ企業など、発言力の強いベンダーがツールの利用を嫌がっている」など、システマチックで合理的な購買が不向きな案件も一定の割合で残るでしょう。しかし、リモートでの購買/営業活動の浸透とそれに伴う効率化への要求や、多くの関係者が関わる組織的な購買の普及、カスタマーサクセスなどにも表れている売り手と買い手はコラボレーションすべきだという最近の風潮など、世の中の流れは確実に売り手と買い手が情報を共有し合う方向に進んでいるように思います。

何よりも、要望と合わない提案や、関係性を高めて意思決定を有利にすることを目的とした頻繁で時間のかかる商談など、お互いに情報を共有しないでいることから生じる、無駄や非効率がなくなるというメリットは大きいのではないでしょうか。

今回の記事で興味をお持ちになった方は、ぜひBuyerAssist社のWebページを見てください。公開されている情報はまだ限定的ではありますが、今までにないタイプの営業/購買支援ツールであることは、きっと感じ取っていただけると思います。そして、自分たちの顧客がこのようなツールを使うようになったとしたら、自社が高評価を獲得して最終的に選ばれるのだろうかと考えてみてください。もし顧客から選ばれないのであれば、その選ばれない理由こそが、顧客がより主体的になり、リモートでのやり取りが増え、顧客とのコラボレーションが求められるこれからの営業において、一番に手を付けなければならない課題なのです。

トライツブログでは、引き続きBuyerAssistやそれ以外の最新の営業/購買支援ツールについて情報収集していきますので、これからも楽しみにしてください。