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「人の振り見て我が振り直せ」や「他山の石」などと言われるように、成功事例からだけでなく失敗事例からも多くのことを学べます。20年ほど前に「失敗学のすすめ」という本がベストセラーになってからは、失敗学という言葉もよく使われるようになりましたし、また最近では「失敗図鑑」などという本が売れたりもしています。

そんな中、今多くの企業が取り組んでいるDX分野での「失敗」本が出版されました。「なぜデジタル政府は失敗し続けるのか」(著:日経コンピュータ、出版:日経BP)です。そこで、今回のトライツブログでは、この本を題材に、DXを進める上でのヒント・注意点を探ってみたいと思います。DXに取り組んでいる方は必見ですので、ぜひお読みください。

重要だが難しい、行政のデジタル化

5年間で30兆円。これはつい先日政府が発表した「科学技術・イノベーション基本計画」に描かれていた数字で、5年間でDX/デジタル化や脱炭素などの科学技術に、政府として総額30兆円の投資を目標とするというものです。今年の9月にはデジタル庁が新設されるなど、国としてデジタル化の推進・加速は重要なテーマとなっています。

その一方で、新聞やニュースでは、行政のデジタル化がなかなか思うように進まないという話が頻繁に取り上げられています。最近ですと、マイナンバーカードの保険証利用の本格運用の延期や、新型コロナウイルスの接触確認アプリ「COCOA」の不具合などがその代表格でしょうか。1年ほど前の10万円の特別定額給付金の申請受付では、オンラインを途中で取りやめて郵送のみ受け付けるという自治体がいくつか出たりと、国・自治体を問わず、行政のデジタル化というのは重要かつ難しいテーマのようです。

なぜデジタル政府は失敗し続けるのか」は、ここ20年の行政デジタル化の失敗例と成功例について、関係者への取材をもとに、その経緯や理由を行政事業やITについて詳しい知識がない人でも分かるように簡潔に整理したものです。取り上げられているテーマには、先ほど触れたCOCOAや特別定額給付金以外にも、感染者情報管理システム「HER-SYS」やマイナポータルなど、最近の事例が多く掲載されています。そのため、それぞれの事例が失敗に至ってしまった真因や、今後に向けた提言を深く考察するというタイプの本ではありません。コンパクトにまとめられた取材レポートとして本書を読み、どこに原因があるのか、この失敗は自分たちにも起こりえるのか、自分たちならどう対策するのかを考える、という読み方が良いのではないかと思います。

デジタル行政失敗の4パターン

内容は皆さんでお読みいただきたいですし、著作権法上、本の内容を直接引用することはできませんので、ご参考までに私の読書メモの一部をご紹介します。メモの内容は、本に出てくる事例をもとに失敗の原因を自分なりに整理・分類してみたものです。

失敗原因のパターンは4つ。1.システムの調達方法・能力。2.システムの設計内容。3.業務プロセス。4.システムの調達・導入についてのマネジメントの方法・体制。

1つめの「システムの調達方法・能力」とは、いわゆるベンダーへの丸投げであったり、要求仕様に対して期間が短すぎる/工数が少なすぎるといった契約内容の無理難題に関するもの。

2つめの「システムの設計内容」は、入力項目が多すぎる、人の目でチェックする必要がある、などのように運用の手間がかかりすぎるものや、法律や縦割り行政による煩雑さなど、現実の運用にそぐわないシステム設計が、失敗の原因となっているもの。

3つめの「業務プロセス」は、現在の紙の運用をそのままシステムに置き換えただけというように、業務プロセスの合理化・標準化をせずにデジタル化してしまったり、既存業務の棚卸・整理を自分たちでやらずに業務知識に乏しい外部ベンダーに一任したり、というもの。既存業務の棚卸・整理をベンダー任せにするのは、パターン1にも該当しますね。

そして4つめの「マネジメントの方法・体制」は、システム調達・導入の陣頭指揮を執る人的リソースが質・量の観点で不足している、デジタル化がうまくいっているかどうかのPDCAが回っておらず、後からチェックがされないなどといったもの。

この4つが、私なりに整理したデジタル行政の主な失敗パターンです。

なぜ初歩的な失敗を繰り返してしまうのか

これら4つの失敗原因のパターン分類について「初歩的なものばかり」「新鮮味がない」などとお感じになった方も多いのではないでしょうか。確かに、この本で紹介されている失敗事例の中には、これまでに見たことが無いような斬新な失敗原因というものは出てきません。受発注や設計・構築、活用促進など、業務用システムに関わったことがある人なら、誰もが想像できるような初歩的な原因で失敗したものばかりです。

だとすると、なぜこのような初歩的な失敗をしてしまうのでしょうか。それも、霞が関の官僚や日本の大手SIerなど、学力優秀でさらに寝食を惜しんで一生懸命働いている人たちが大勢いるはずの組織が、なぜこのような失敗を繰り返してしまうのでしょう。

ここから先は書評の域を超えてしまうかもしれませんが、そこに初歩的な失敗を誘発してしまう環境があったのだと思っています。デジタル化することが目的となっていた、過去の前例や法律など様々な制約条件の中で最適化せざるを得なかった、関係部署が多く指揮・責任の所在があいまいになっていた、そもそもシステムの設計・構築・運用に明るい人が少ない上に慢性的な人手不足だったなど、初歩的な失敗に気づきにくかったり、気づいても軌道修正しにくかったりするような環境が一連の事例の背景にあったのではないか。あまりに初歩的な原因で失敗している事例を見ていると、そう考えないと辻褄が合わないのです。

営業DXに取り組む私たちへの教訓は

ここまで、「なぜデジタル政府は失敗し続けるのか」について簡単にご紹介してきましたが、営業DXに取り組む私たちは何を教訓として学べばよいのでしょうか。

教訓の1つは、初歩的で典型的に見える原因で組織は失敗してしまう、ということです。私がメモに書いた4つの項目「調達方法・能力」「システム設計」「業務プロセス」「マネジメント」は、斬新な分類ではありませんがこの本に紹介されている失敗事例をほぼ漏れなくカバーできています。これと同じように、私たちがDXに取り組むに一番気を付けなければならないのが、誰もが知っていて当たり前に見える失敗原因なのです。知っているからといって回避できるわけではない、むしろ回避するのが難しいからこそ、初歩的な失敗原因として皆に知られているようになっているのです。

そしてもう1つの教訓は、初歩的で典型的な失敗原因に気づけなくする、または気づいても軌道修正しにくくするような組織環境がある、ということです。この本で取材を受けた人たちが、それぞれの失敗原因を知らなかったとはとても思えません。システムの調達・導入で起こりがちな失敗の原因として知っていたはずで、さらに言うと各事業のどこかしらの段階では失敗しつつあることに気づいていたはずなのに、失敗に至ってしまった。デジタル化することが目的化、指揮・責任の所在があいまい、人的リソースの質・量の不足など、初歩的な失敗を誘発してしまう環境が組織にないか、そして自分がその環境に馴染みすぎてしまって気づけなくなっていないかについても、意識する必要があるのです。

デジタル行政の失敗事例から学ぼう

失敗学という言葉が出来てから20年余りが経ち、失敗に関する書籍や記事も増えてきました。以前は華々しく喧伝される成功事例からしか学ぶことができなかったのですが、今回ご紹介した本のように生々しい失敗事例について知り、学習することができるようになっています。

私たちが納めた大事な税金を使っての失敗事例ですから、そもそもの話としてとてももったいないのですが、営業DXに取り組む私たちがこれらの失敗からいくばくかでも取り返すためには、この本に載っている事例を読み、同じ轍を踏まないことが一番だと思います。どこに原因があるのか、この失敗は自分たちにも起こりえるのか、自分たちならどう対策するのか、そんなことを考えながら「なぜデジタル政府は失敗し続けるのか」を読んでみてはいかがでしょうか。

参考:「なぜデジタル政府は失敗し続けるのか」(著:日経コンピュータ、出版:日経BP、2021年2月)