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アメリカで開催された人材育成系最大のカンファレンス「ATD 2025」のレポートも第4弾。今回は、営業現場における人材育成のメインテーマとも言える「コーチング」についてご紹介します。 

今や営業マネージャーにとって、コーチングは当たり前の業務。メンバー一人ひとりに対して毎週30分の1on1をしている、という方も多いことでしょう。しかし、実際のところは普段の打合せの延長線上になっていて、次の商談についての打合せや予算達成見込みの確認について、マネージャーによる指示出しで終始してしまう、ということも多いのではないでしょうか。 

そこで今回は、成果を上げることが科学的に証明されたコーチングの7スタイルと、成果を出すコーチになるために必要な10の能力についてご紹介します。コーチングがどのようなものなのかを改めて確認するとともに、どのような能力がコーチ役を務めるマネージャーに求められるのか、一緒に見ていきましょう。 

AIコーチングシステムが登場する中、参加者を集めていた「AIではコーチの役割を代替できない」セッション 

ATD 2025の展示会スペースで目に留まったのが、AIによる完全自動型コーチングのシステム。単純に悩み相談に乗ってくれるだけでなく、ユーザー企業が「自社の営業のベストプラクティス」「自社で推奨するコーチングのステップ」についての社内資料をアップロードするだけで、まるでその企業のマネージャーのように会話するというもの。 

ChatGPTが出始めたころは、人による音声入力からAIの応答までに1~2秒ほど間が空いていたのですが、その場で見たデモは実にスムーズ。気になる間が生まれることもなく、テンポよく会話が進んでいました。また、コーチング終了後は要約やタスクがメールで自動送信されるなどの機能も備えているなど、AIの実力が遺憾なく発揮されていました。 

しかし、そんな中でも一番多くの聴衆を集めていたセッションのタイトルが、「コーチング・リーダーの台頭:AIが代替できない唯一の役割(Rise of Coaching Leader: Only Role AI Wont Replace)」。AIコーチングシステムが複数企業のブースで披露されている中で、人のモチベーションを動かすコーチングの仕事は人間でなければできないはずだ、という参加者の自負心と希望が寄せられている様子がうかがえました。 

モレリ氏が提唱する7つのコーチングスタイル「RESPECTモデル」とは 

このセッションで登壇していたのは、 OwlHub社のデイビッド・モレリ氏。同氏は学術的なアプローチでコーチングモデルを体系化し、コーチングのスキルを各企業のトップやマネージャー向けに研修することを25年以上続けている専門家。そんなモレリ氏が最初に紹介していたのは、7つのコーチングスタイル「RESPECTモデル」でした。 

推進者(Rallier):結果志向かつパフォーマンスを重視し、メンバーを動機付ける 
例:「このテーマでどんな目標を設定すべきだと思いますか?」 

教育者(Educator):知識とスキルを重視し、そのギャップを埋めるために情報共有し、学習を促す 
例:「その気づきを、これからどのように活かしたいですか?」 

戦略者(Strategist):複雑な問題を解決するための計画や解決策を一緒に考える 
例:「この問題を解決するために大事なことを考えてみましょう」 

挑発者(Provocateur):現状やこれまでの意思決定について質問を投げかけて、新たな観点を提供する 
例:「このプランが上手くいかないとすると、それは何が原因ですか?」 

探求者(Explorer): 好奇心の追求や発想の拡張を促し、創造性/革新性/コラボレーションをはぐくむ 
例:「これまで試していないものの、可能性があるやり方は何だと思いますか?」 

信頼者(Confidant):感情的および心理的な安全を作り出し、共感を示し、耳を傾ける 
例:「本当はどんな気持ちですか?」 

変革者(Transformer):可能性を見出し、内的な資質を引き出して変革を促す 
例:「この取組を成功させるために、どのようなステップアップが必要ですか?」

括弧内のアルファベットの頭文字7つをつなげたのがモデル名のRESPECT。これは後ほど紹介する「成果を出すコーチに求められる10の能力」の2番目「相手に敬意を払う(Respect Others)」にも共通する、モレリ氏が特にコーチングで大事にしているキーワードです。 

モレリ氏は実際に壇上に上がった参加者に対して即興で15分のコーチングを行い、この7つのスタイルをすべて使って参加者の悩み、この時は「成果を発揮できていない部下に対してどう接するべきか」を解決していました。 

ここで大事なのはこの7つのスタイルは、「自分は結果志向タイプだし、営業組織として目標達成が第一だから推進者で行こう」というように、好きなものをピックアップすればよいというものではありません。相手に寄り添い、問題の解決策を探りつつ相手の成長を促すためには、7つのスタイルすべてを必要に応じて使いこなせなければならない、というのがモレリ氏の研究結果の根幹なのです。 

成果を出すコーチになるための10の処方箋 

それでは、この7スタイルを駆使できるようになるためにどうすればよいのでしょうか。モレリ氏による10の処方箋「成果を出すコーチに求められる能力」がこちら。 

1. 自己を知り成長を追求し続ける

2. 相手の価値観/文化/その人自身へ敬意を払う

3. 自分自身がコーチングの場でありのままでいる

4. その場の状況や文脈に配慮する

5. 柔軟に7つのスタイルを使い分ける

6. 直接的・間接的な伝え方を状況や相手に合わせて調整する

7. コーチングの技術やフレームワークを使いこなす

8. 傾聴し相手の反応に合わせながら対話を進める

9. 信頼関係の構築を常に意識する

10. 相手と共に成果創出を実現する(成果を共創する)

この処方箋をよく見ると、4番から9番までのコーチングの技術面だけではなく、コーチ役の人間的な成長やその人自身の人間力とでもういべきものが1番から3番において重要視されていることがよくわかります。 

コーチングの技術だけでは不十分!コーチに求められる3つの人間力 

特に印象的な1番から3番の詳細を見ていきましょう。 

1. 自己を知り成長を追求し続ける 
マネージャー自身がまずは自分の傾向やクセを理解し、その偏りを直しながら成長しなければなりません

2. 相手の価値観/文化/その人自身へ敬意を払う
相手の価値観や文化、その人自身への敬意がコーチングの基点となります

3. 自分自身がコーチングの場でありのままでいる
自分らしさを大事にし、相手にとってどのような存在として見えているかを意識しながら、会話を進めます

これらの項目を見ていると、単にコーチングの技術を勉強するだけでも、営業活動において優れた成果を出すだけでも、相手にとって効果的なコーチにはなれないということがよくわかります。相手をリスペクトし、自分自身を偽らずに、かつ自分自身も変わろうと自ら努力しているマネージャーであることが、成功するコーチとなるための基本的な条件なのです。 

特に1番目については、「自分自身が常に成長しているからこそ、他者の成長も助けることができる」(ダン・クラーク、The Art of Significance, 2023)といった言葉もあるように、マネージャーやリーダーにとって欠かせない素質なのだと思います。 

コーチ役をAIが代替できない理由は生身の人間であるコーチの人間力 

このように考えると、冒頭で紹介したこのセッションのタイトル「コーチング・リーダーの台頭:AIが代替できない唯一の役割(Rise of Coaching Leader: Only Role AI Wont Replace)」にある、「AIが代替できない」の意味がより深くわかってくるように感じます。 

単にこちらが言ったことに対し、上手く返してくれるとか、考えを促してくれるというようなことでなく、生身の人間が「あなたのために」とか「あの人が言ってくれるなら」などと、人が人に対して関わることの意味、価値を提供し、気持ちを動かしてくれることの重要性を語っており、まさに「AIにはできない」ということなのだと感じました。 

当たり前になったコーチングの中で少しずつ「10の処方箋」を取り入れてみよう 

コーチングが日本企業でも取り入れられるようになってから20年ほどが経ちました。当初は舶来の目新しいビジネススキルでしたが、今では多くの企業でマネージャーなどの管理職にとっての必須のスキルであり、普段から当たり前に行う普通の業務となっています。 

ただ、このように普及し「当たり前化」したことで、もともとのコーチングが目指していた「問題解決能力の育成」「自己の成長/変革の促進」といったものが色褪せて、1対1でただ仕事の話をするだけの時間となっている組織が多いように思います。 

モレリ氏の10の処方箋の10番目に「相手と共に成果創出を実現する」とあるように、特に営業組織においては数字の達成が何より優先されるのは大前提です。ただ、その中でも部下の成長のためにどんな会話が必要か、何について考えさせるのが有効かを考える。短期的な目標達成だけでなく、長期的な育成を数回に1度は意識してみる。そんなところから、モレリ氏の10の処方箋を活用してみてはいかがでしょうか。 

参考:「Rise of Coaching Leader: Only Role AI Wont Replace」(David Morelli, OwlHub Inc., ATD 2025, May 20, 2025