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就職や転職といった人生の節目では一生懸命考えるのに、普段の生活の中ではほとんど意識されることがないのが「自分らしさ」。自分らしく働ける会社・職場を探そうと半生を振り返ったりするものの、日々の業務の中では与えられた業務・役割をこなすことに手一杯、というのは誰しも覚えがあるのではないでしょうか。
特に最近の営業では「プロセスや手順を型化して受注確率を高める」「SFAのデータを分析してより上手くいく方法を探す」というように、自分らしさよりも「やるべきこと」にいっそう強く焦点が当たっている風潮があります。
そんな昨今の風潮に一石を投じる営業本が最近出版され、著者が海外の様々な営業系ポッドキャスト番組に呼ばれています。その本のタイトルは『あなたらしく売る』。プロセス化・システム化されている現在のB2B営業において、自分らしく売るとはどういうことなのか。自分らしさを日々の商談の中に取り入れるためにどうすればよいのか。一緒に学びましょう。
2024年下期の話題の営業本「あなたらしく売る」が注目された背景
今回ご紹介するのは2024年下半期に出版された「Selling Your Way IN」という本。日本語にすると「あなたらしく売る」です。この本はAmazonのレビューこそ少ないですが、いくつもの営業系ポッドキャスト番組で繰り返し取り上げられた2024年の話題の一冊なのです。
ちなみに、この本が出版された当時はちょうど、生成AIによるアウトバウンドメールやフォローアップメールの自動化などのブームが一段落し、改めてB2B営業における生身の人間の必要性や存在価値についての話題が増えたタイミングでした。そのような社会のトレンドと、生身の人間そのものである「自分らしさ」を営業活動の軸に据えようというこの本のコンセプトがピッタリとはまって、色々なポッドキャスト番組やYouTubeチャネルで露出することになったのだと思います。
他社と差別化し成長するために不可欠な「自分自身を知る」ということ
なぜ営業に自分らしさが必要なのか、著者は以下の文章から本をスタートします。
営業で最も失敗率が高い要因は、トレーニング、スキル、あるいは規律の欠如ではありません。それは自己認識の欠如です。自分自身を知らない人は、必然的にキャリアの選択を誤ってしまいます。彼らは自分の強みを活かす方法や弱点を克服する方法を知りません。人間としてだけでなく、営業プロフェッショナルとして成長することもないのです。
現代の営業では、AIを使ったり、有料の顧客データベースを購入したり、送付しているメールマガジンの開封状況や自社Webサイトの閲覧状況を追跡したりして、顧客の様々な情報を得られるようになっていますし、それをいかに営業活動に効率的に取り入れるかが営業DXの大きなテーマにもなっています。
そのような状況において、著者のジョーンズ氏は、顧客について知るだけでなく自分自身についてしっかり掘り下げる必要があると言っています。続きを読んでみましょう。
現在の市場では、競合他社との差別化要因となる独自のサービスや製品は極めて少ないです。他社と差別化を図るための重要な要素の一つは、あなた自身です!
見込客はあなたを通じて、あなたの会社への印象を抱きます。つまり、あなたの人となりや振る舞いによって、見込客があなたの会社をどう認識するかが決まるのです。そのため、あなた自身のブランドとそれが会社のイメージや営業の成功に与える影響について、深く考えなければならないのです。
「自分らしさ」を構成する3つの要素
では「自分らしく売る」といういかにもアメリカの自己啓発本に出てきそうな考え方について、もう少し具体的に見てみましょう。
本の中では自分らしさを、以下の3つの要素に分けています。
- 営業活動上での強みである「秘密兵器」
- 得意とする業種や営業内の職種(フィールドセールスやテレマーケティング、カスタマーサクセスなど)を表す「スイムレーン」
- 何によって自分のやる気が上がる/維持できるかの「モチベーション構造」
このうち日本のB2B営業では、自分が得意な業界・職種に転職・起業するというように「スイムレーン」を変えたり、モチベーションが上がる給与がもらえるように「構造」を自ら変えることは難しいので、以下では「秘密兵器」に絞ってその見つけ方と取り入れ方を見ていきましょう。
これまでの成功体験から自分ならではの「秘密兵器」を発掘しよう
残念ながら、著者のジョーンズ氏はこれからの営業に役立つ特定の秘密兵器を教えてくれるわけではありません。それは、私たち一人ひとりの成功体験の中にあるものだからです。
あなたの営業の秘密兵器は何ですか。商談を受注し、競合他社を凌駕し、トップ10%の地位に上るのに役立つスキルや特性は何ですか。秘密兵器とは、人との関わりが上手くなるもの、複雑な商談を組み立てる手助けになるもの、徹底的に丁寧で信頼できる人間になるもの、自身の役割において他社から秀でる手助けになるものなど、何でも構いません。何であれ、それを明確にして実行してください。
ただ、やみくもに自分が優れているものがなにかを思い出そうとするのも難しいもの。そこで、著者は営業活動を以下の7つのカテゴリーに分解し、それぞれのカテゴリーにおいて「秘密兵器」を考えることを推奨しています。
1. リード獲得:見込客を獲得する方法
2. ディスカバリー:情報を収集し、リードを評価する方法
3. セールスサイクル:見込客を顧客にするためのプロセス
4. 交渉:あなたと見込客が合意に至っていない点を解決する方法
5. ナーチャリング:商談化の前から見込客に価値を提供し、意識に留めてもらう方法
6. 評判構築:業界やコミュニティでの評判を築き、影響力、人脈、紹介を強化する方法
7. スキル向上:継続的なトレーニング、教育、内省を通じて専門性を高める方法
秘密兵器をプロセスに取り入れることで、「自分らしく」効率的に売る
この7つのカテゴリーで秘密兵器を明らかにしたら、それを自社の営業プロセスの中のどの場面で、どのように活かすかを考え、実践していこうというのがジョーンズ氏の結論です。
「自分らしく売る」と言われると、どうしても自分の得意技を活かし、自分のやりたいように売るというように考えがちですが、ここではあくまでも自社の営業プロセスを軸にして、その中で自分の得意技を活かすという考え方だということです。そうすることのメリットを以下のように解説しています。
プロセスは作業の優先順位を明確にし、80%以上の意思決定を事前に済ませることができます。これにより、残りの集中力とエネルギーを目の前の顧客へのパーソナライズやカスタマイズ、商談中の予測不能な出来事への創造的な対応、意思決定者や影響力ある人物との関係構築に充てることができます。あなたらしくパーソナライズされたプロセスは、営業目標を達成し新しい挑戦に挑むための自信を与えてくれます。
自分らしさを活かすためには、全体のプロセスをベースにして、自分の秘密兵器を発揮することで効率を上げようということだと思います。
注意:自分らしさを見つけるには3年間の経験が必要
最後に注意点です。この本では秘密兵器などの自分らしさを日々の営業プロセスに取り入れることを勧めていますが、その対象は現在の会社・職種・役割で3年以上の経験を積んだ人のみに与えられた特権であるということです。
まだ営業職を始めたての人や、今の会社に入って間もない人はまず与えられた役割・仕事に一生懸命取り組み、そこで自分らしさの要素を集めなければなりません。「守破離」という言葉があるように、自分らしさを見つけるためには、その会社としての最適なやり方を学びそれを身に付けておく必要がある、ということだと思います。
自らの営業のやり方の進化や部下育成に役立つ「自分らしく売る」の考え方
今回ご紹介した「自分らしく売る」は、営業分野における実用的な自己啓発本だと言えるでしょう。読んでいるうちに、「改めて頑張らなきゃ」と自分に喝が入る部分も何度もありましたし、それだけでなく自分の営業活動のあり方を振り返り、今後のプロセスをどうするかについて考えを深める格好の教材だと思います。また、部下へのコーチングや育成面談の際にも、「秘密兵器を見つけ、プロセスに取り入れる」などの観点は役に立つでしょう。
残念ながら邦訳は出ていませんが、幸いなことにYouTubeにこの本の解説動画が複数アップロードされています。本の内容に興味をお持ちの方は、「Kristie K. Jones Selling your way IN」で検索し、お好きな動画を自動翻訳付きで視聴いただければと思います。
トライツブログでは国内/海外の話題の営業本の内容をご紹介しています。今後も最新トレンドやコンセプト、参考になる考え方などありましたらご紹介しますので、ぜひお楽しみに。
参考:「Selling Your Way IN: The Playbook for Setting Your Income and Owning Your Life」(Kristie K. Jones, Morgan James Publishing, 2024)