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ここ数年、営業の世界でも「PoC」という言葉を聞くことが増えてきたように思います。PoCとはProof of Conceptの略で、日本語では「概念実証」という訳語で使われていることが多いようです。
営業におけるPoCとは、顧客が導入しようとしているソリューションが本当に想定通りに動作するのかを、小規模・短期間、かつ場合によっては無償で試行検証した上で、うまくいくという確証を持って顧客が購買の意思決定ができるようにすることです。以前から食品の「試食」やソフトウェアの「お試し無料」などがありますが、それとの最大の違いは試してみた上でしっかり数値で評価・検証した上で、その結果を材料に顧客の社内説得を進めよう、というところです。
そのため、PoCの期間だけ受注までの期間が延びますし、それができる環境を準備したり顧客の担当者に操作説明したりと手間も増えてしまいますが、ソフトウェア業界や新しいテクノロジーを搭載した機械関係の業界では顧客の意思決定のために不可欠なものになりつつあります。そこで今回は、このPoCに営業として取り組む上での大事な教訓を学びたいと思います。すでにPoCが当たり前になっている方もそうでない方も、ぜひお読みください。
PoCの例:電話の自動応答システムの場合
PoCがどういうものかよくわからないという方にもイメージを持っていただくために、例をご紹介します。その会社は最新テクノロジーを活用した電話の自動応答システムを販売しています。顧客となる企業は代表電話や各店舗/拠点の電話、コールセンターなどの効率化につながることを期待して導入を検討します。ただ、一気に切り替えるのはリスクが大きいため、ほとんどの商談でPoCを実施するそうです。
PoCでは夜間や休日などのコール数が比較的少ない日付・時間帯に限って導入し、導入前と比較して応答できた割合がどれだけ伸びたか、録音された音声データを分析して顧客が満足/納得して電話を切った割合がどれだけ増えたかなどを調べます。そしてその結果から、全体に導入した際の改善効果と導入費用を比較して購買するかどうかの意思決定の参考にする、というのが一般的な流れだそうです。
このように、営業の立場からすると面倒な工程としてのPoCですが、顧客からするとソリューションの導入に失敗しないためのとても大事なステップ。このPoCを成功させられるかどうかが、商談受注における試金石となっているのです。
SAS社の営業担当上級副社長が語る「営業としてPoCに取り組む上での4つの大事な教訓」
このPoCに営業として取り組む上で大事なポイントについて話していたポッドキャスト番組がありましたので、その要点をご紹介します。その番組とは30 Minutes to President’s Clubという、営業分野で一番の聴取者数を誇るアメリカの番組。そこに昨年末に呼ばれたゲストが、SASというデータ分析に強みを持つシステム会社の営業担当上級副社長のデレン・レア-デイビス氏。同氏はSASで体験してきた数々の実績から、営業としてPoCに取り組む上での大事な教訓を4つ話していました。
教訓1「前提条件の確認」と教訓2「現実的な終了目標の設定」
内容をわかりやすくするために、順番を入れ替えてご紹介します。1つめと2つめの教訓は、PoCを開始する際の基本的なポイントです。
1. PoCの前提条件を確認しよう
PoCを始める前に、問題について顧客社内で合意が得られているか、顧客の誰がPoCの結果をもとに購入の判断ができるのか、導入しようとしているソリューションの価格をその人が理解しているか、といった点について確認し顧客内での意見の不一致を防ぎます。2. 現実的な終了目標を設定しよう
PoCの期間内に達成可能な指標を用いて目標設定します。PoCの期間を超えるような指標、PoCでは達成困難な野心的な指標、導入しようとしているソリューションではコントロールできない指標は用いないようにします
これらはいわばPoCの基礎のキソ。営業であるかどうかにかかわらず、大事なポイントです。
2つめの終了目標について補足すると、目標は単なるシステムのパフォーマンススコア、例えば電話応答システムであれば稼働率ではなく、顧客にとって価値を感じられるもの、例えば応答できた架電の割合が以前からどう改善したかといったものにするべきです。このように顧客にとっての価値を指標化することをPoV(Proof of Value)、「価値実証」とも呼びます。レア-デイビス氏もこのことについて以下のように述べています。
少なくともこの5年間ほどで、PoCからPoVへの変化が市場に起こっています。これは非常に大事なことで、顧客が「これは既存の業務フローにピッタリ合っている」「期待通りの価値が得られるぞ」「実際に使ってみたい」と思える目標設定にしなければなりません。
教訓3「顧客の経営陣をPoCに巻き込む」
続けて3つめの教訓を見てみましょう。
3. 顧客の経営陣をPoCに巻き込もう
PoCには副社長(訳注:日本の大企業では取締役から本部長、部長相当)に参加してもらいます。経営陣が参加しないことにより意思決定が進まない事例を伝えて参加を促し、参加した経営陣とは問題意識を共有し、信頼関係を構築するための手段としてPoCを活用します。
担当レベルと話をしている中で、PoCは顧客のキーパーソンや意思決定権者にアプローチできる大きなチャンス。逆に言えば、経営陣が参加しない、経営陣を巻き込めないようなPoCは実施しない方がよい、とも言えます。これについてレア-デイビス氏は以下のように語っています。
顧客がどのような人をPoCに関与させようとしているかを見れば、その顧客にとってのPoC、ひいてはソリューションに対して感じている価値がよくわかります。そして、適切なキーパーソンを投入しようとしていない場合は、顧客に「ノー」と言わなければなりません。自分のことをカスタマーサービスだと思っていて、「申し訳ないのですが、その条件では受けられません」と伝えるのを過度に恐れている営業担当者が多すぎます。
これをまとめると、PoCが成功したらちゃんと購買の意思決定をできる権限を持った人をPoCに巻き込もう、ということ。言われてみれば当たり前の話なのですが、PoCの準備でバタバタしていると失念してしまいがちなので注意が必要です。
教訓4「PoCの勢いを商談に活用する」
最後に4つめの教訓をご紹介します。
4. PoCの勢いを商談に活用しよう
PoCの盛り上がりが最高潮に達したタイミングで、ベンダー選定のプロセスを開始します。計画した期限まで待つ必要はありません。PoCを継続しつつ、ベンダーの評価や財務部門からのチェック、法務部門との契約に関するチェックなどの作業を並行して進めます。
これぞまさに営業向けという教訓です。営業および顧客にとってのPoCの目的は、PoCを完了させることではありません。PoCによって顧客の社内で購買の意思決定ができるようになることが、PoCの目的。そのため、成果がでて顧客が盛り上がっているそのタイミングを逃さずに、顧客の購買プロセスへと進めなければならないのです。
一見すると面倒なPoCでも、上手に活用すれば商談を一気に加速させられる有効な手段に
これまでご紹介した4つの教訓のうち、特に後半の2つは顧客の購買プロセスを推進するための手段として上手にPoCを活用しようというもの。一般的なPoCの解説にはないようなユニークな視点が含まれていて、営業の皆さんに参考にしていただけると思っています。
冒頭でも記載したように、商談におけるPoCは意思決定までの期間が延びて、さらにそのための準備も必要で面倒なものではあります。しかし、今回ご紹介したような教訓を活用することで、顧客のキーパーソンを商談に参加させられたり、顧客の意思決定を一気に加速させることもできる、有効な手段の1つともなり得るのです。
ぜひ次のPoCの際には今回の4つの教訓を参考にしてみてください。そして、その結果についても教えていただけますと嬉しいです。
参考:「How to Run a Perfect Proof of Concept」(Deren Rehr-Davis, 30 Minutes to President’s Club, Episode 274, December 24, 2024)